技術資料
リチウムイオン電池のインピーダンス測定 EC-Lab®ソフトウェアの測定条件最適化
本内容はBiologic社が発行するApplication note #23を2020年7月時点で翻訳したものです。今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。
1.導入
ノイズやその他の問題を排除したインピーダンススペクトルを得るためには、実験条件を慎重に設定する必要があります。ユーザは各パラメータの機能を理解し、場合によっては測定結果に及ぼす影響を確認する必要があります。
さらに、すべての電気化学測定システムは異なる思想で設計されており、ユーザは各装置およびソフトウェアの特性を理解して条件設定する必要があります。
本内容の目的は、ユーザがEC-Lab®ソフトウェアで良好な測定結果を得ることをサポートすることです。そのために、いくつかの重要なポイント(接続方法、ケーブル長、実験条件など)の詳細を以下に記載します。
2.実験
称容量が10Ahのリチウムイオン電池を用いて、開回路電位(今回は3.3V)で実験を行いました。
注意:今回の実験は、EC-Lab®ソフトウェアの電圧制御モードで行いました。
2-1.接続方法
電極への接続方法は2種類あります。
(1)2端子接続
正極にCA2とRef1、負極にCA1、Ref2とRef3を一緒に接続
(2)4端子接続
正極にCA2とRef1、負極にCA1、Ref2とRef3を別々に分けて接続
4端子接続は、正確な電圧測定を行う場合に推奨されています。図1に示すように、2端子測定(1)の場合は4端子測定(2)と比較して実軸との交点が約2.5mΩ大きくなっています。
この例は、抵抗が小さいサンプルの場合は接続方法が非常に重要であり、測定結果に大きな影響をあたる可能性があることを示しています。そのため、測定ケーブルの接続によって発生する浮遊容量、浮遊インダクタンス、または抵抗[1]の値を最小限に抑える必要があります。また、この影響を小さくするために、サンプル近傍まで可能な限り各測定ケーブルを分けて配線する必要があります。
図1 ナイキスト線図による2端子接続と4端子接続を比較.
2-2.ケーブル長
測定系によっては、測定ケーブルを長くしなければいけない場合があります。ただし、延長ケーブルは測定結果に悪影響を与える可能性があるため、可能な限り避けてください。
今回の実験では、1.5mの標準ケーブル(赤線)と10mの測定ケーブル(青線)を使用しました。ポテンショスタットの発振を回避するために、10m長のケーブルには参照極部分に抵抗を追加していることに注意してください。
図2に示すように、標準ケーブルと10mケーブルで得られたインピーダンススペクトルには高周波数領域で違いがみられます。長い測定ケーブルを使用してインピーダンス測定を行った場合には、注意して解析を行う必要があります。
図2 ナイキスト線図によるケーブル長の比較
1.5mの標準ケーブル(赤線)と10mの測定ケーブル(青線)
2-3.実験条件
a. 振幅電圧
最初に決定するパラメータは、電圧振幅値Vaです。EC-Lab®バージョン9.56以前では、電圧振幅値(制限は振幅)はVaとして定義されており、Va、VppとVRMSは次式のように定義されています。
このパラメータ値は、電圧振幅|I|と電圧振幅|E|を考慮して決定する必要があります。|I|および|E|は、電流および電圧の直流成分に重畳される交流成分になります。EC-Lab®ソフトウェアでは、電流の直流成分は、電圧直流成分はで表記されます。インピーダンス測定を正しく測定するためには、線形性を満たすように電圧振幅値Vaを決定する必要があります[2]。
図3 EC-Lab®ソフトウェアのPEIS測定テクニックの設定画面
最初に、Va = 0.5mVで設定した場合のナイキスト線図を図4に示します。
図4 以下の実験条件で得られたナイキスト線図
(Va = 0.5mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし)
このインピーダンススペクトルが乱れていることを考慮して、インピーダンス測定に重要な電流と電圧の振幅値を解析する必要があります(図5、6)。
実際、電池の開回路電位である値は本書では重要ではありませんが、この値は測定中維持されています。
印加された電圧振幅|Ewe|は非常に小さく、0.5mVになります(図5)。ポテンショスタットの仕様を考慮すると、1mV未満の信号はノイズと同じレベルになります。このことから、今回の測定では電圧振幅|Ewe|が測定ノイズに埋もれてしまい、インピーダンススペクトルが乱れていることがわかります。
図5 周波数に対する電圧振幅|Ewe|
|I|の値は小さいですが、測定機器で確度良く測定できます(図6)。
図6 周波数に対する電流振幅|I|
この実験では、重要なパラメータは電圧振幅です。ただし、サンプルによっては電流もしくは両パラメータが重要になる場合があることに注意してください。
インピーダンススペクトルを改善するためには、Va値を変更する必要があります。先ほどの結果を考慮すると、Va値を大きくすることで改善されると考えられます。
図7は、Va値を10mVに変更して測定したナイキスト線図になります。
図7 以下の実験条件で得られたナイキスト線図
(Va = 10mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし)
今回の電圧振幅|Ewe|は、測定機器の確度範囲でうまく測定できます。図9に示すように、Va値を大きくしたことによる影響は、それぞれのインピーダンススペクトルを比較することで明確になります。
図8 周波数に対する電圧振幅|Ewe|(左)と周波数に対する電流振幅|I|(右)
図9 ナイキスト線図によるVa = 0.5mV(紫)とVa = 10mV(赤)の比較
b. pwパラメータ
pwパラメータは、各周波数での測定前に遅延時間を追加する機能です。この遅延時間は、1周期における時間として定義されています。言い換えると、この遅延時間を設けることで測定周波数が変わる際に生じる過度応領域を排除し、定常状態で測定することができます。このパラメータは、時定数が大きいサンプルで特に重要となります。
この測定の目的は、乱れが生じていないインピーダンススペクトル(Va = 10mV)と比較することで、pwパラメータの影響を示すことです。図10は、ナイキスト線図におけるVa = 10mVとVa = 0.5mV(pw = 0、1)で得られた3つのインピーダンスペクトルの比較を示しています。
図10 ナイキスト線図における3つのインピーダンススペクトルの比較
紫:Va = 0.5mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし
青:Va = 0.5mV、pw = 1、Na = 1、ドリフト補正なし
紫:Va = 10mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし
まず、pw = 1で得られたスペクトルはpw = 0よりもノイズが少ないことがわかります。さらに、pw = 1はVa = 10mVのスペクトルとほぼ重なっています。
この結果は、pwパラメータを増やすだけでセルへの影響が小さい状態(印加電圧が小さい)で、測定系のノイズ低減ができていることを意味します。もちろん、pwパラメータは測定時間を長くします。例えば、pw = 0の場合は1サイクルの測定時間が6秒だったものが、pw = 1の場合は13秒になります。
c. Naパラメータ
Naパラメータは、各周波数での繰り返し回数を示し、各周波数で平均化されます。これは、標準偏差√Naに従ってノイズが低減されることを意味します。
図11は、Na = 1で連続測定されたナイキスト線図を示します。拡大図からも、同じ周波数で測定点が重なっていないことがわかります。
図12は、Na = 36で連続測定されたナイキスト線図を示します。同じ周波数で測定点が重なっており、ノイズが低減していることがわかります。
図11 以下の実験条件で連続測定されたナイキスト線図(右は拡大図)
(Va = 0.5mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし)
図12 以下の実験条件で連続測定されたナイキスト線図(右は拡大図)
(Va = 0.5mV、pw = 0、Na = 36、ドリフト補正なし)
d. ドリフト補正
ドリフト補正の機能は、非常に長い緩和時間をもつサンプルに有効です。
実際、サンプルが定常状態でない場合、定常状態と比較してインピーダンススペクトルにわずかな違いを引き起こす可能性があります。この機能については、参考文献[3]で詳細に説明しています。
3.結論
最適化されたインピーダンススペクトルを得るためには、細心の注意を払う必要があります。明確に定義されていない各パラメータは、本書で示したように測定結果に大きな影響を与える可能性があります。したがって、測定前にサンプルや測定系を理解し、実験条件を慎重に決定する必要があります。重要な測定結果と測定時間を考慮し、適切な実験条件を見つける必要があります。
参考文献
1) Application Note #5 “Precautions for good impedance measurements”
2) Application Note #9 “Linear vs. non linear systems in impedance measurements”
3) Application Note #17 ”Drift correction in electrochemical impedance measurements”
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