技術資料

リチウムイオン電池のインピーダンス測定      EC-Lab®ソフトウェアの測定条件最適化

本内容はBioLogic社が発行するApplication note #23を2025年4月時点で翻訳したものです。今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。

1.はじめに

ノイズやその他の問題を排除したインピーダンススペクトルを得るためには、実験条件を慎重に設定する必要があります。ユーザは各パラメータの機能を理解し、場合によっては測定結果に及ぼす影響を確認する必要があります。
さらに、すべての電気化学測定システムは異なる思想で設計されており、ユーザは各装置およびソフトウェアの特性を理解して条件設定する必要があります。
本内容の目的は、ユーザがEC-Lab®ソフトウェアで良好な測定結果を得ることをサポートすることです。そのために、いくつかの重要なポイント(接続方法、ケーブル長、実験条件など)の詳細を以下に記載します。

2.実験部

本アプリケーションノートでは、公称容量10Ahのリチウムイオン電池を用いて実験を行いました。実験は開回路電位:Eoc=3.3Vで実施しました。

注意:今回の実験は、EC-Lab®ソフトウェアの電圧制御モードで行いました。

2-1.接続方法

2つの電極の接続には、以下の2種類が考えられます。

 (1)2端子測定
 正極側にCA2とRef1を、負極側にCA1、Ref2とRef3を一緒に接続

2端子接続イメージ

 (2)5端子接続
 正極側にCA2とRef1、負極側にCA1、Ref2とRef3をそれぞれ別のケーブルで接続

4端子接続イメージ

この5端子測定は、正確な電位測定にも推奨されます。 図1に示すように、バナナプラグを一緒に接続した場合の(1)のEIS図と、バナナプラグを個別に接続した場合の(2)のEIS図を比較すると、プロットと実軸との交点に+2.5 mΩのシフトが見られます。

図1

図1. 2端子測定 (緑の線とマーカー) と 5端子測定 (赤の線とマーカー) で得られた EIS 図の比較

この例は、抵抗が小さいサンプルではケーブルの接続方法が非常に重要であり、結果に大きな影響を与える可能性があることを示しています。そのため、接続によって生じる浮遊容量、浮遊インダクタンス、または抵抗[1]の値を最小限に抑える必要があります。ケーブル接続の本質的な影響を低減するため、各接続ケーブルは電極毎に分けて接続し、電気化学測定システムに可能な限り近づけて接続する必要があります。

2-2.ケーブル長

測定系によっては、測定ケーブルを長くしなければいけない場合があります。ただし、延長ケーブルは測定結果に悪影響を与える可能性があるため、可能な限り避けてください。

今回の実験では、1.5mの標準ケーブル(赤線)と10mの測定ケーブル(青線)を使用しました。ポテンショスタットの発振を回避するために、10m長のケーブルには参照極部分に抵抗を追加していることに注意してください。

図2に示すように、標準ケーブルと10mケーブルで得られたインピーダンススペクトルには高周波数領域で違いがみられます。長い測定ケーブルを使用してインピーダンス測定を行った場合には、注意して解析を行う必要があります。

図2

図2. ナイキスト線図によるケーブル長の比較
1.5mの標準ケーブル(赤線)と10mの測定ケーブル(青線)

2-3.実験条件

PEISテクニック実験(図3)

a. 励起電圧
最初に決定するパラメータは、励起電位Vaの値です。EC-Lab®バージョン9.56より前では、励起振幅はVa(正弦波振幅)と定義されていました。Va、Vpp(Peak to Peak振幅)、およびVRMSの等価性は、以下の関係で定義されます。

式(1)

このパラメータ値は、電圧振幅|I|と電圧振幅|E|を考慮して決定する必要があります。|I|および|E|は、電流および電圧の直流成分に重畳される交流成分になります。EC-Lab®ソフトウェアでは、電流の直流成分はI、電圧直流成分はEで表記されます。インピーダンス測定を正しく測定するためには、線形性を満たすように電圧振幅値Vaを決定する必要があります[2]。

図3

図3. EC-Lab®ソフトウェアのPEIS測定テクニックの設定画面

最初に、Va = 0.5mVで設定した場合のナイキスト線図を図4に示します。

図4

図4. 以下の実験条件で得られたナイキスト線図
(Va = 0.5mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし)

このインピーダンススペクトルが乱れていることを考慮して、インピーダンス測定に重要な電流と電圧の振幅値を解析する必要があります(図5、6)。

実際、電池の開回路電位である値は本書では重要ではありませんが、この値は測定中維持されています。

印加された電圧振幅|Ewe|は非常に小さく、0.5mVになります(図5)。ポテンショスタットの仕様を考慮すると、1mV未満の信号はノイズと同じレベルになります。このことから、今回の測定では電圧振幅|Ewe|が測定ノイズに埋もれてしまい、インピーダンススペクトルが乱れていることがわかります。

図5

図5. 周波数に対する電圧振幅|Ewe|の変化

|I| の値は小さいですが、機器の精度とよく一致しています (図 6)。

図6

図6. 周波数に対する電流振幅|I|の変化

この実験では、重要なパラメータは電圧振幅です。ただし、サンプルによっては電流もしくは両パラメータが重要になる場合があることに注意してください。
インピーダンススペクトルを改善するためには、Va値を変更する必要があります。先ほどの結果を考慮すると、Va値を大きくすることで改善されると考えられます。
図7は、Va値を10mVに変更して測定したナイキスト線図になります。

図7

図7. 以下の実験条件で得られたナイキスト線図
(Va = 10mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし)

今回は、電位振幅の値(|Ewe|)は有意であり、機器の精度と一致しています。 図9に示すように、Va = 0.5 mVとVa = 10 mVで得られたEIS図の比較では、Va値の増加の影響が明確に確認できます。

図8(左)

図8(右)

図8. 周波数に対する電圧振幅|Ewe|(左)と周波数に対する電流振幅|I|(右)

図9

図9.  電位励起 Va = 0.5 mV (紫色の曲線) および Va = 10 mV (赤色の曲線) の場合に得られた ナイキスト線図の比較

b. pwパラメータ
pwパラメータは、各周波数での測定前に遅延時間を追加する機能です。この遅延時間は、1周期における時間として定義されています。言い換えると、この遅延時間を設けることで測定周波数が変わる際に生じる過度応領域を排除し、定常状態で測定することができます。このパラメータは、時定数が大きいサンプルで特に重要となります。
この測定の目的は、乱れが生じていないインピーダンススペクトル(Va = 10mV)と比較することで、pwパラメータの影響を示すことです。図 10 は、2 つの pw値 (0 と 1) と Va = 0.5 mV で得られた 2 つのインピーダンススペクトルと、Va = 10 mV および pw = 0 で得られた 1 つのインピーダンススペクトルの3つを比較しています。

図10

図10. ナイキスト線図における3つのインピーダンススペクトルの比較
紫:Va = 0.5mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし
青:Va = 0.5mV、pw = 1、Na = 1、ドリフト補正なし
紫:Va = 10mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし

まず、pw = 1 の値で得られたスペクトルは、pw = 0 で得られたスペクトルよりもノイズが少ないことがわかります。さらに、pw = 1 で得られたこのスペクトルは、Va = 10 mV で得られた「正しい」スペクトルとほぼ重ね合わせられます。 この結果は、pw 値を増やすだけで、セルをあまり乱すことなく、インピーダンススペクトルのノイズの多い形状をわずかに補正できることを意味します。この結果は、システムの時定数が高いことと一致しています。もちろん、これにより実験時間が長くなります。例えばこの実験では、pw = 0 の場合、1 回のスキャンに 6 秒かかりますが、pw = 1 の場合は 1 回のスキャンに 13 秒かかります。


c. Naパラメータ
Na は各周波数での繰り返し測定回数であり、その後各周波数について平均が算出されます。これは、数学的法則に従ってノイズが低減されることを意味します。 次のセクションでは、Na の 2 つの値 1 と 36 で測定します。他のパラメータは同じです。Va = 0.5 mV、pw = 0、ドリフト補正なし、個別接続です。データポイントの分散を示すために、全周波数スイープを 15 回繰り返します。
図 11 は、Na = 1 で得られた結果を示しています。各周波数で記録されたポイントが重なっていないことがわかります。拡大すると、それがはっきりとわかります。
図 12 は、Na = 36 で行われた実験を示しています。明らかに、各周波数で記録されたポイントが重なっており、各記録ポイントの座標は周囲のノイズの影響を受けないことを意味します。

図11

図11(拡大図)

図11. 以下の実験条件で連続測定されたナイキスト線図(右は拡大図)
(Va = 0.5mV、pw = 0、Na = 1、ドリフト補正なし)

図12

図12(拡大図)

図12. 以下の実験条件で連続測定されたナイキスト線図(右は拡大図)
(Va = 0.5mV、pw = 0、Na = 36、ドリフト補正なし)

d. ドリフト補正
ドリフト補正の機能は、非常に長い緩和時間をもつサンプルに有効です。
サンプルの状態が安定性な場合、得られたインピーダンスグラフは理論値と比べてわずかにずれることがあります。この機能については、参考文献[3]で詳細に説明しています。

3.まとめ

最適化されたEIS結果を得るためには、細心の注意を払う必要があります。実際、このアプリケーションノートで示されているように、適切に定義されていないパラメータは最終結果に大きな影響を与える可能性があります。したがって、測定を実行する前に、研究対象のサンプルと使用するソフトウェアに合わせて、実験条件を慎重に定義する必要があります。有意な結果と許容可能な実験時間の間の適切な妥協点を見つける必要があります。
このアプリケーションノートでは、リチウムイオン電池の測定例を示していますが、他のサンプルでも同様に注意を払うことが大切です。

参考文献

1) Application Note #5 “Precautions for good impedance measurements”
2) Application Note #9 “Linear vs. non linear systems in impedance measurements”
3) Application Note #17 ”Drift correction in electrochemical impedance measurements”

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