技術資料
パルスボルタンメトリー測定法の紹介:SWV, DPV, NPV
1. はじめに
パルスボルタンメトリー測定法は、主に非常に低濃度のイオン(10-6~10-9 mol/L)を検出するために使用される電解分析の測定テクニックです。ボルタンメトリーポーラログラフィー実験の改良を目的として開発され、特に容量性(充電)電流を最小化し、ファラデー電流を最大化することで実現しました。
ポーラログラフィーはヘイロフスキー(Heyrovský)教授によって発明され(ノーベル賞受賞)、成長、落下、再生する水銀滴を電極として用います。
水銀滴電極を使用する主な利点は、i) 表面と拡散層が常にリフレッシュされ、電気化学反応中に析出した物質によって変化しないこと、ii) 水銀上でのプロトン還元が非常に高いマイナス電位で起こるから、高い電位で起こる反応を観察することが可能なことです。
現在、欧州規制(RoHS:特定有害物質の使用制限)では、非常に危険な金属として知られる水銀の使用が制限されているため、パルステクニックではポーラログラフィー向けではない固体電極を用いたパルス法が用いられています。
EC-Lab®ソフトウェアでは6種類のパルス法を提供しています。
これらのうち、ノーマルパルスボルタンメトリー(NPV)と微分パルスボルタンメトリー(DPV)はポーラログラフィーと並行して開発されました。パルスステップの電位上昇は水銀滴の増加に対応し、ステップの電位低下は滴の減少に対応します。リバースパルスボルタンメトリー(RPV)や矩形波ボルタンメトリー(SWV)などの他のパルス測定法は、ポーラログラフィーとは別に開発されました[1]。
本稿では、従来のボルタンメトリー技術(静的電極でのサイクリックボルタンメトリー(CV)および回転ディスク電極でのサイクリックボルタンメトリー(RDE))とパルスボルタンメトリー技術(NPV、DPV、SWV)の分析特性を比較します。
2. 理論
低濃度の電解液では、測定電流は主に容量性電流になります。パルス測定の特性により、ユーザはより微小の電流を検出することができ、検出限界(DL)は10 nmol/Lに達する可能性があります。実際、式(1)で表されるファラデー電流IFは、式(2)で表される容量電流ICよりもゆっくりと減少し、電位パルスの直前と直後(数ミリ秒の間の数mV)の電流値を減算する(図1)と主にファラデー電流が得られます。
ファラデー電流は、次の式(1)で示されます[2]。
ここで、nは酸化還元反応に寄与する電子数、Fはファラデー定数、Aは電極表面積、Cは電気化学活性種の濃度、Dは電気化学活性種の拡散係数、tはパルス印加後の電流を測定した時間になります。
容量性電流は、次の式(2)で示されます[2]。
ここで、Eはパルス電位、Rは作用極と参照極間の抵抗、Cdlは電気二重層の静電容量です。 図1は、各パルスボルタンメトリーテクニックの電位印加波形を示しています。
図1. 各パルスボルタンメトリーテクニックの電位印加波形
表1に、各ボルタンメトリーテクニックの電流の公式を示します。各公式より、特定イオンの濃度を算出することができます。IPはピーク電流( = 最大電流)、Ilは拡散限界電流[3]、ν [cm2/sec]は溶液の動粘度、ω [rpm]は電極回転の角速度です。
表1. 各ボルタンメトリーテクニックの電流の公式
テクニック | 公式 |
---|---|
CV | ![]() |
RDE | ![]() |
NPV | ![]() |
DPV | ![]() |
SWV | ![]() |
II – 1 NPV(ノーマルパルスボルタンメトリー)
もっとも古いテクニックはノーマルパルスボルタンメトリーで、ポーラログラフィーから直接派生しました。このテクニックは、サンプルが反応しない基準圧電位Eiを印加しておき、PHの倍数からなる振幅を持つ時間PWの一連の電位ステップを印加します(図1)。電流は電位ステップ全体にわたって測定されますが、できれば電位ステップの終了時(If)にサンプリングするのが望ましいです。この場合に、容量電流が最小化され、ファラデー電流が最大化されます。これらパラメータの参考値は次の通りです[4]。
St = 1 sec; PW = 50 msec; PH/St = 2 mV/sec
II – 2 DPV(微分パルスボルタンメトリー)
同様にポーラログラフィーから直接派生した微分パルスボルタンメトリー(DPV)は、NPVよりも高い感度を得ることができます。DPVでは基準電位は一定ではなく、一定の増加分SHで変化します。パルス値PHは10~100 mVであり、基準電位に対して一定レベルに維持されます(図1)。パルスの印加直前点Irとパルスの終了点Ifの2点で電流値が測定されます。測定データとしては、基準電位に対する差分電流値 δI = If – Irになります。
St = 1 sec; SH + PH = 50 mV; PW = 50 msec; SH/St = 2 mV/sec
II – 3 SWV(矩形波ボルタンメトリー)
このテクニックは、Osteryoung氏によって考案[3]され、ポーラログラフィーに由来しない最初のテクニックです(しかしながら、Barker氏は、このテクニックを矩形波ポーラログラフィーと呼びました[5])。コンピューター制御のポテンショ/ガルバノスタットが出現したことにより実現しました。矩形波ボルタンメトリーの波形は、大きな振幅の矩形波と階段波形を組み合わせたもの(図1)で、DPVと同様にパルス電圧の印加直前点Irとパルス電圧印加が終了する電位低下の直前点Ifの2点の電流値が測定されます。これらパラメータの参考値は次の通りです[4]。
St = 5 msec、PH = 25 mV、SH = 10 mV
本書ではIf<-Irを”I delta”としますのでご留意ください。
3. 実験条件
本書では、BioLogic社製VMP3ポテンショ/ガルバノスタット(標準チャンネル)およびEC-Lab®ソフトウェアを使用して測定を行っています。電解液はKCl(0.1 mol/L)を支持電解質とした1.1 mmol/L~1.1 µmol/Lの濃度範囲のK4Fe(CN)6を使用しています。
反応式は次式の通りです。
三電極で作用極に反応面積A = 0.196 cm2の白金電極、参照極にAg/AgCl、対極に白金線を使用しています。サイクリックボルタンメトリー(CV)とRDEの設定条件を図2に示します。ここで、RDEの回転数は500 rpmとし、電圧掃引は正方向のみ実行したことに注意してください。
パルステクニックの設定条件を図3に示します。図3にはDPVの設定条件を示していますが、NPVとSWVでも同じパラメータ値で設定しています。
図2. EC-Lab®ソフトウェアでのCVとRDE設定条件
図3. EC-Lab®ソフトウェアでのDPV設定条件(NPV、SWVでも同じパラメータ値を設定)
4. 結果および考察
図 4 は、静止電極上で サイクリックボルタモグラム を使用して得られた、さまざまな濃度のフェロシアン化物に対する I 対 Ewe 曲線です。
図4. フェリシアン化物の異なる濃度での静止電極上のサイクリックボルタモグラム(I vs. Ewe)
(フェリシアン化物濃度1127, 502, 180, 11.2, 1.1 µmol/L)
図 5 は、様々な濃度のフェロシアン化物について、RDE で CV を使用して得られた I 対 Ewe 曲線を示しています。
図5. フェリシアン化物の異なる濃度でのRDE(500 rpm)対流ボルタモグラム
(フェリシアン化物濃度1127, 502, 180, 11.2, 1.1 µmol/L)
図6は、異なる濃度のフェロシアン化物について、静的電極上でDPVを用いて得られたI delta対E step曲線を示しています。E stepはEweと等価であり、電位掃引から得られる値であることに注意してください。
図6. フェリシアン化物の異なる濃度での差分電流値 対 電位ステップ(I delta vs. E step)差分の波形(DPV)
(フェリシアン化物濃度1127, 502, 180, 11.2, 1.1 µmol/L)
図 7 は、様々な濃度のフェロシアン化物について、静止電極上で SWV を使用して得られた I delta対 E step曲線を示しています。
図7. フェリシアン化物の異なる濃度での静止電極上での差分電流値 対 電位ステップ(I delta vs. E step)の波形(SWV). (PH = 50 mV, PW = 100 ms, SH = 10 mV)
(フェリシアン化物濃度1127, 502, 180, 11.2, 1.1 µmol/L)
図8は、フェリシアン化物の異なる濃度で静止電極上でNPV測定した際の差分電流値 対 電位ステップ(I delta vs. E step)の波形を示しています。
アノード電流値は、EC-Lab®ソフトウェアの「Analysis」メニューの「Peak Analysis」(CV、DPV、SWVの場合)または「Wave Analysis」(RDE、NPVの場合)の機能を用いて解析できます。
図8. フェリシアン化物の異なる濃度で静止電極上での差分電流値 対 電位ステップ(I delta vs. E step)の波形(NPV). (PH = 50 mV, PW = 100 ms, ST = 200 ms)
(1127, 502, 180, 11.2, 1.1 µmol/L)
IpまたはIl対Fe濃度プロットの傾きで表される感度(図9および表2)は、本稿で使用した条件では、パルス法の方が概ね大きくなります。
図9. ピーク電流Ip(CV、DPV、SWV)と制限電流Il(RDEおよびNPV)と[Fe(CN)6]4-濃度の関係を示すグラフ
RDEを用いたボルタンメトリーは、物質輸送が一定であるため、SWVやNPVよりも感度が低くなります。SWVはDPVやNPVよりもそれぞれ4倍、2倍の感度を持ちます。また、SWVは他の手法よりも高速です。さらに、DPVとSWVのピーク形状応答により、標準的な酸化還元電位分解能がより鮮明になります。
その結果、酸化電位または還元電位が近い2つの種(ΔE = 50 mVまで)を区別することができます。これはパルス法のさらなる利点であり、より高感度であるだけでなく、より選択的になります。
表2. ボルタンメトリーテクニックの感度
テクニック | 感度 [µAL/mmol] |
---|---|
CV | 27 |
RDE | 38 |
DPV | 55 |
SWV | 92 |
NPV | 164 |
さらに、ピーク形状の信号により、検出限界(DL)を低下させることができます。DPV測定の場合、DLは1μmol/Lですが、CV測定の場合、この最適化されていない手順では約10μmol/Lです。さらに、VMP3およびVMP-300テクノロジーの両方で利用可能な低電流ボードを使用することで、DLをさらに向上させることもできます。
5. 結論
本書では、EC-Lab®ソフトウェアで利用可能な6つのパルステクニックのうち3つを紹介し、感度と検出限界の観点から静的なCVおよび回転電極との比較を行いました。今回の実験条件ではNPVとSWVで最良の結果が得られており、パルステクニックは高い感度を得るために最適化できると一般的に考えられています。
参考文献
[1] A.J. Bard, L. R. Faulkner in : Electrochemical Methods, Fundamentals and Applications,
Wiley and Sons, 2nd ed. (2001) Chapter 7.
[2] Analytical Electrochemistry, J. Wang ed. Wiley and Sons, (2000) Chapter 3.
[3] Application Note#56 “Electrochemical rea-ction kinetics measurement: the Levich and Koutecký-Levich analysis tools”.
[4] J. G. and R. A. Osteryoung, Anal. Chem. 57 1 (1985) 101 A.
[5] G. C. Barker, A. W. Gardner, Fresenius Zeit-schrift für Analytische Chemie, 173, 1 (1960) 79.
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