技術資料
ステップ電位制御電気化学インピーダンス測定(SPEIS)と自動連続ZFit解析
本内容はBioLogic社が発行するApplication note #18を2025年4月時点で翻訳したものです。今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。
1.はじめに
測定を自動化することは有用な場合があります。EC-Lab®およびEC-Lab® Expressでは、SPEIS(階段電位電気化学インピーダンス分光法)法を用いて、電位掃引中に連続インピーダンス測定を自動で実行できます。この手法により、ユーザーは同じ実験の中で異なる電位ステップを実行し、それぞれの電位ステップで電気化学インピーダンス分光測定を行うことができます。実験ごとにユーザーが条件を定義します。この手法の主な用途は、定常曲線に沿った電気化学反応速度の研究です。なお、SGEIS(Staircase Galvano Electrochemical Impedance Spectroscopy)法を用いて、同様の測定を定電流モードでも行うことができます。
2.実験
このアプリケーションノートの最初の部分では、BioLogic社のテストボックス3の回路#2を用いて測定を行いました。この回路は、文献[1]で説明されているように非線形です。測定はEC-Lab®ソフトウェアのSPEIS法を用いて行いました(図1)。
このプロトコルでは、初期電位と最終電位(第1ブロックと第4ブロック)を定義し、その間のEIS測定回数(N)を指定できます。第2ブロックでは、EIS実験前の待機時間を定義できます。第3ブロックは、EIS実験とEIS設定の定義に関係します。
EISの設定は次の通りです。100kHzから50mHzまで周波数スイープし、1decadeあたり6ポイントの記録を行い、peak to peak振幅は5mVです。
PwとNaはそれぞれ1と2に設定し、各周波数測定後に測定系が定常状態に戻るようにし、平均値を記録するようにしています。
この実験には約2時間かかります。
図1. SPEIS法のパラメータ設定ウィンドウ
2-1.ダイオードパラメータ値の決定
図2に示すように、テストボックス3の回路#2において、-0.2V~0.2V(基準電圧に対して)のサイクリックボルタンメトリー測定を実施しました(設定はEC-Lab®ソフトウェアデータの中の「Cyclic Voltammetry_Test Box 3_Circuit 2.mps」として読み込むことができます)。
図2. サイクリックボルタンメトリー法を使用して記録された定常曲線 I vs. Ewe
この回路は主に2つの半導体ダイオード[1]で構成され、指数関数的非線形性[2]のモデルであり、電気活性種の物質移動による制限を受けない電子移動反応におけるButler-Volmerの関係を模倣しています。回路#2の電流対電位の定常特性は、近似的に以下の関係式で表されます。
またはSternの関係式[3]で表すと、
Is、βa、βc、およびEI=0は、EC-Lab®ソフトウェアのTafel Fit解析を使用し算出できます。(図3参照)
テストボックス3の回路#2での測定では、以下の値が得られました。
EI=0=-0.003V
IS=2.7×10-8A
βa=0.062V
βc=0.059V
図3 Tafel Fit Analysis
2-2.SPEIS測定
SPEIS法を用いて、-0.1V~0.1Vの範囲で、電位ステップ10mVごとにEIS測定を実施しました。この電位範囲で測定された21個のインピーダンス図を図4に示します(設定ファイルとデータファイルは、EC-Lab®ソフトウェアデータにそれぞれSPEIS_Test Box 3_Circuit 2.mpsとSPEIS_Test Box 3_Circuit 2.mprとしてロードできます)。
予想通り、テストボックス3の回路#2で得られた電流-電位曲線の形状から、アノード部とカソード部のインピーダンス測定値は近いため、インピーダンス図は2つずつグループ化されています。
図4. 定常状態の If vs. E 曲線に沿ったナイキスト インピーダンス図
2-3.自動等価回路フィッティング
EC-Lab®に搭載されているZFit解析法を用いると、インピーダンス曲線[3]の等価回路フィッティングをすることができます。この機能は、一連のEIS曲線(図5)のうち1つの曲線のみをフィッティングすることも、すべての曲線の等価回路が同一の場合は逐次的に自動フィッティングすることもできます。設定パラメータは図6に示します。
図5. 11個重なったZFit解析後のナイキスト線図
ZFitウィンドウで選択された等価電気回路を図7に示します。この回路は、直列接続された抵抗R1とコンデンサC2、そしてC2と並列接続された抵抗R2で構成されています。R1の値は電位範囲にわたって一定であり、約100 Ωであることに注意してください。ただし、この回路は非線形であるため、他の要素ではR1の値は一定ではありません。実際、この非線形回路のインピーダンスは、図4に示すように、作用電極電位Eweの値に依存します。
図6. ZFit解析ウィンドウ
図7. ZFit解析ツールにおける電気回路の選択
ZFitツールでは、各インピーダンス図を解析し、R2とC2の値を作用電極電位の関数としてプロットすることができます。この結果は図8に示されています。R1は、予想通り電位範囲にわたって一定であり、100 Ωに近いため、この図には表示されていません。C2の値(約0.46 x 10-6 F)も電位範囲にわたって一定です。図8では、R2値の変化とともにC2の値が表示されています。
図8. R2、C2の電位依存性
2-4.回路パラメータ値の決定
ZFitを使用して得られたR2の変化と、図8で示されている21個のナイキスト図を見てみましょう。低周波領域での入力信号におけるテストボックス3 回路#2の動的特性は定常状態の式(1)で表すことが出来ます。
したがって、回路の電荷移動抵抗の理論的な関係は次のように表されます。
図7に示した電気回路と、R1がR2に比べて無視できることを考慮すると、前述の関係式(4)は次のように書き表すことができます。
ここではR2=Rpです。 Mathematicaソフトウェアの非線形回帰などのフィッティング手順を使用して、Is,βa,βc ,EI=0の値を決定することが可能です。結果を図9に示します。
図9. Is=2.97x10-8A、βa=0.059V、βc=0.064VおよびEI=0>=0.0032Vについて計算した図8(点)および理論曲線(実線)から得られた実験データの比較
これらの結果から、動的な状態(実験結果)と定常状態(シミュレーション結果)が一致することが分かりました。これはこの系において定常状態の関係式が動的な状態を解析する際にも使用することが出来ることを表しています。
3.非定常電気化学系の自動ZFit解析
腐食電極、電池、有限次元媒体で動作する電気化学セルなどの電気化学系は、非定常、つまり時間とともに変化することがあります。Automatic ZFitは、このような電気化学系の時間変化を調べるために使用できます。
システムの時間変化の例を図10に示します。これらは、NaBH4の酸化過程における拡散プラトーにおいて記録された16個の連続ナイキスト線図です[5-7]。
すべてのナイキスト線図は同じ形状を示し、時間とともに係数が減少する2つの容量性ループで構成されています。EIS測定はPEISプロトコルを用いて実施され、測定期間は15回繰り返されました。設定パラメータは図11に示されています。
図10. Au回転ディスク電極上でのNaBH4酸化における拡散プラトー上にプロットしたナイキスト線図。提供:G. ParrourおよびM. Chatenet/LEPMI
図11. PEISのパラメータ設定ウィンドウ
EC-Lab®(またはEC-Lab® Express)ソフトウェアのZFitツールを使用して、時間とともに変化するナイキスト線図を解析できます。ナイキスト線図の形状(図10)を考慮して、ランドルス回路R1+C2/(R2+Wd2)を選択しました(図12)。16番目のナイキスト線図のフィッティング例を図13に示します。
ZFitを使用すると、R1、C2、R2、Rd2、またはtd2の変化を、ナイキスト線図の数(サイクル数)の関数として自動的にプロットできます。例として、R2、Rd2、およびC2の変化を図14に示します。
結果として、連続インピーダンス線図の自動ZFit解析は、腐食する電極や電池などの非定常電気化学系のモニタリングに使用できます。
図12. 等価回路と ZFit 解析ウィンドウ
図13. サイクル16のナイキスト線図(青色)とフィッティング結果(赤色)
図14. R2、Rd2、およびC2の時間変化
4.まとめ
SPEIS法を用いることで、定常曲線または非定常曲線に沿ったEIS測定を自動化できます。さらに、EC-Lab®(またはEC-Lab® Express)ソフトウェアは、連続インピーダンスダイアグラムを同時に解析するのに適したツールです。EC-Lab®ソフトウェア(またはEC-Lab® Express)を用いることで、実験プロトコルとデータ処理を簡素化できます。
データファイルは以下の場所にあります。
C:\Users\xxx\Documents\EC-Lab\Data\Samples\EIS\AN18_
参考文献
1) Application Note #9 “Linear vs. non-linear systems in impedance measurements”
2) J.-P. Diard, B. Le Gorrec, C. Montella, J. Electroanal. Chem., 432 (1997) 27-39.
3) Application Note #10 “Corrosion current measurement for an iron electrode in an acid solution”
4) Application Note #14 "ZFit and equivalent electrical circuits"
5) M. Chatenet, F. Micoud, I. Roche, E. Chainet, Electrochim. Acta, 51 (2006) 5459.
6) M. B. Molina-Concha, M. Chatenet, J.-P. Diard, in: C. Gabrielli (Ed.) Proceedings of the 20th Forum sur les Impédances électrochimiques, Paris (2007).
7) G. Parrour, Etude du mécanisme d'électrooxydation du borohydrure de sodium, Rapport de Master, Institut Polytechnique de Grenoble, 2008.
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