技術資料

IRドロップ ①-測定への影響

本内容はBioLogic社が発行するApplication note #27を2025年5月において翻訳したものです。今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。

1.はじめに

オーミックドロップ(以後:IRドロップと記載)とは、物質を通過する電子の流れによって生じる過電位のことです。電気化学においては、電解質や表面膜、コネクタなどの界面(図1)の抵抗によって誘起される電位を指すことが多いです[1]。 ある測定系でのボルタンメトリーにおいて、IRドロップが存在する場合の印加電位は、以下の式に従う必要があります。

E(t)=Ei+Vbt-RΩI(t)

Eiは制御電圧、Vbは掃引速度、tは時間を表します。

図1

図1. 標準的な 3 電極セットアップにおけるIRドロップの概略図
(V: ポテンショスタットによる制御電位、E: 電極の電位、RΩI: IRドロップ)

このアプリケーションノートで以降に記載されますが、IRドロップは測定結果に影響を与え、結果の解析の誤差要因となります。このノートでは、いくつかの電気化学測定におけるIRドロップの影響に焦点をあてて解説します。



注:以下に示すすべての設定と生データファイルは、EC-Lab®ソフトウェアの「データサンプル」フォルダ内に、techniquesXOhm_ODI.mprという名前で保存されています。

2.定常状態において

IRドロップはボルタンメトリー測定の形状に影響を与えます。
注:IRドロップ効果は超高速なスキャン速度の研究において重要なパラメータであることに注意することが重要です[2]。

2-1.ボルタンメトリー

この章では、図2 に記載されている設定に従って定常状態で行ったボルタンメトリーについて解説します。

図2

図2. ボルタンメトリー設定ウィンドウ

測定は0.6 mMの[Fe(CN)6] 3-と支持電解質として0.5 MのKClを加えた水溶液を用いて行いました。
3電極系のセットアップは以下の通りです。

  • 作用電極(WE):白金電極(表面電極径 A = 3.14 mm-2
  • 参照電極(RE):標準カロメル電極(SCE)
  • 対極(CE):白金線

掃引速度は20 mV/s、回転数は2000 rpmとしました。結果は図3の通りです。

図3

図3. [(Fe(CN)6]3- (0.6 mM) + KCl (0.1 M) の定常曲線
赤線:抵抗なし、青線:WE に直列に100 Ωの抵抗をつないだ時

図3にはIRドロップの影響が明確に現れており、各電流値における両曲線の電位差はRΩ*Iに等しくなります。例えば、-500µAでは、抵抗を追加しない場合と追加した場合の電位はそれぞれ150mVと98mVです。この電位差の52mVから約100Ωの抵抗が存在することを表しています。

2-2.ターフェルプロット

腐食電流を求めるときにも、IRドロップの影響に気を付けなければなりません。例えば、図4 [3] に示されている設定に従って、テストボックス-3 の回路#2 のLP曲線からターフェルプロット解析を用いて腐食電流を求める場合を考えます。

図4

図4. LP設定ウィンドウ

図5に示すように、IRドロップはlog |I| vs Eweでプロットされた曲線に影響を与えます。 カソード領域とアノード領域(図5中の矢印で示した部分)では、1kΩの追加抵抗を加えた曲線は直線的な挙動ではなく、IRドロップの影響で曲線状になります。そのため、各曲線のターフェルフィット(EC-Lab®の解析テクニック)は異なる結果となります。この場合、追加抵抗なしの曲線(Icorr = 23 nA)の電流腐食は、追加抵抗ありの曲線(Icorr = 44 nA)の2倍になります。

図5

図5. テストボックス-3の回路#2の定常曲線
赤線:抵抗なし、青線:WEと直列に1kΩの抵抗を追加した時

2-3.その他の例

IRドロップは他にもトリッキーな挙動を引き起こします。
例えば、図6の設定におけるテストボックス-3の回路#3の定常曲線は、Z字型曲線の典型的なピークを示します。
しかし、IRドロップを模擬するためにWEに対して直列に抵抗(今回は1kΩ)を接続すると、曲線の形は大きく異なってしまいます。すなわち、電圧のピークのシフトと、+方向と-方向の掃引でのヒステリシスが現れてきます(図7)。これは今回の回路構成に起因する特定の現象です。
電圧のピークのシフトから、IRドロップの抵抗値を算出することができます。例えば、今回の実験での電圧のシフトは1.7 Vで、そのときの電流の最大値は1.7 mAとなっており、これは1kΩの抵抗に対応しています。

図6

図6. CV設定ウィンドウ

図7

図7. テストボックス-3の回路#3の定常曲線
赤線:抵抗なし、青線:WEに直列に100Ωの抵抗を追加、緑線:1kΩの抵抗を追加

3.インピーダンス測定

IRドロップは、インピーダンス測定のナイキスト線図から非常に簡単に判定できます。これは、高周波でのインピーダンスの実数部を調べることで識別できる抵抗 RΩと関連付けられることがよくあります [4]。実際、IRドロップは、作用電極と参照電極の間に抵抗を直列に追加することにより電気回路でモデル化できます [1]。テストボックス-3 の回路#3 を用い、図8の設定に基づいて電位電気化学インピーダンス分光法(PEIS)を実行することでナイキスト線図を取得しました。IRドロップをシミュレートするために、100 Ω または 1 kΩ の抵抗が回路に追加されています。測定結果のグラフ(図9) を見ると、IRドロップの影響は明らかです。実際、高周波側での抵抗値のシフトは、追加抵抗の存在によるものです。

図8

図8. PEISの設定

図9

図9. テストボックス-3の回路#3のナイキスト線図
赤線:抵抗なし、青線:WEに直列に100Ωの抵抗を追加、緑線:1kΩの抵抗を追加

4.非定常状態において

図 10 に示す設定に基づいて、「2-1. ボルタンメトリー」のセクションで述べた測定系に対しても、非定常曲線がプロットされました。測定結果 (図 11) は、IRドロップが電位ピークだけでなく電流にも影響を与えることを示しています。

図10

図10. CV設定ウィンドウ

図11

図11. [(Fe(CN)6]3- (0.6 mM) + KCl (0.1 M)のCV曲線
赤線:抵抗なし、青線:WEに直列に100Ωの抵抗を追加

ピーク電圧について、還元反応のピークはカソード側にシフトし、酸化反応のピークはアノード側にシフトしています。一方、電流の最大値はIRドロップにより低く得られています。これら2つの変化により、電気化学系の反応速度が実際より遅いと誤解する原因となる可能性があります。

5.まとめ

IRドロップは、電気化学における様々な測定に大きな影響を与える可能性があります。そのため、実験者はIRドロップの影響を最小限に抑えるために、測定系のセットアップ(接続、電極形状)に注意を払う必要があります。
しかし、IRドロップは(EIS測定で直接、または分極シミュレーションによって)非常に簡単に測定できます。この測定は、EC-Lab®のいくつかの手法、例えば電流遮断法とEIS法によって行うことができます。これらの手法については、アプリケーションノート28 [5]で説明します。
さらに、EC-Lab®およびEC-Lab® Expressソフトウェアでは、IRドロップを測定するだけでなく、手動IR補正(MIR)またはEISによるIR補正(ZIR)によってIRドロップの影響を補正することも可能です。

参考文献

1) Cinétique électrochimique, J.P. Diard, B.Le Gorrec, C. Montella, ed., Hermann, 1996, p. 17.
2) Ultrafast cyclic voltammetry: performing in the few megavolts per second range without ohmic drop, C. Amatore, E. Maisonhaute, G. Simonneau, Electrochem. Comm., 2000 (2), 81–84.
3) Traité des Matériaux, 12, Corrosion et Chimie de Surfaces des Métaux, D. Landolt, ed., Presses Polytechniques et Universitaires Romandes, 2003, p. 184.
4) EIS measurements on Li-ion batteries - EC-Lab software parameters adjustment , Application note 23,
5) Ohmic Drop. II – Introduction to Ohmic Drop measurement techniques. Application note 28,

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