技術資料
電圧降下が存在する場合の腐食電流測定における誤差
I- はじめに
I.1 電圧降下
電気化学測定に対する電圧降下の影響は、アプリケーション・ノート#27([1])で説明しています。作用電極~参照電極間の電解液の抵抗RΩに起因する電圧降下RΩ I(t)を図1([1])に示します。
ここに、V(t)はポテンショスタットによって印加される電位、E(t)は作用電極から見た電位です。
本書では、電圧降下が存在するときに腐食電流が測定された場合に発生する誤差を示します。この不正確さについて、以下で説明します。
図1: 標準の3電極セットアップにおける電圧降下の配置(V (t): ポテンショスタットによって印加される電位; E(t): 電極における電位とRΩI(t): 電圧降下) ([1])
I.2 電圧降下が存在する場合の腐食電流の測定
既知のI対E特性のダミー・セルを使用し、腐食パラメータの測定に使用されるさまざまな方法をチェックするのは便利です。アプリケーション・ノート#9([2])で示した試験ボックス#3の第2回路である試験ボックス#3-2を使用しました(1)。試験ボックス#3-2の定常状態のlog |I|対E曲線を、図2に示します。ターフェルの直線は腐食電位のそれぞれの側で250mV以上に渡って観測可能であり、Tafel Fit分析からはIcorr = 33nA、βa = 61:5mV、およびβc = 61:4mV(図2)が得られます。
図2: 定常状態の曲線log |I|対E(試験ボックス#3-2(抵抗降下なし)とTafel Fit)。Icorr = 33nA、βa = 61:5mV、およびβc = 61:4mV。
図3: 定常状態の曲線log |I|対E(試験ボックス#3-2(電圧降下あり)とTafel Fit)。Icorr = 44nA、βa = 69:4mV、およびβc = 68:6mV。
電圧降下の効果は、WE側の試験ボックス#3-2と直列に2kΩの抵抗を追加してシミュレートします。Tafel Fitによって得られる結果は、ターフェル線をプロットするために選択する電位範囲によって決まります。2kΩの抵抗を直列に追加すると、ターフェル線は曲線のアノード部およびカソード部の電位範囲100mVに渡る範囲でしか観測することができません(図3)。2kΩの抵抗が直列に接続された図3で選択した電位範囲に対し、Tafel Fit分析の結果から得られるのは、Icorr = 44nA、βa = 69:4mV、およびβc = 68:6mVです。
1 研究対象のシステム(ダミー・セル)が電気的なものであっても、電気化学的パラメータを使用します。
本書の残りの部分では、ZIR電圧降下補償手法を使用し、EC-Lab®で利用可能なすべての方法、すなわちStern法(Tafel Fit)、SternおよびGeary法、VASP(VASP Fit)、およびCASP(CASP Fit)の試験を実施します。
II ZIR手法
ZIR手法については、アプリケーション・ノート#29([3])を参照してください。溶液の抵抗は、単一の周波数(デフォルト値は100kHz)でインピーダンス測定を実施することにより特定します。この周波数は、ユーザが変更できます。
ZIR手法の設定は、補正が必要な手法の前に実施する必要があります(図4)。補正値としては、85%を選択しました。これはソフトウェア補正である点に注意してください。
図4: ZIRおよびLP手法のリンク
III Stern 法(Tafel Fit)
2kΩの直列抵抗付きの試験ボックス#3-2で測定された曲線log |I|対E(ZIR手法を使用した場合と使用しない場合)を、図5に示します。ZIR手法を使用すると、ターフェル線が見え、腐食パラメータを特定しやすくなる電位範囲が広がります。Tafel Fit分析とZIR手法を併用すると、Icorr = 37nA、βa = 68:4mV、およびβc = 69:5mVが得られます。
図5: 定常状態の曲線log |I|対E - 電圧降下付きの場合(RΩ = 2kΩ、青色の曲線)、電圧降下およびZIR補正付きの場合(赤色の曲線)、Icorr = 37nA、βa = 64:7mV、βc = 64:5mV。
IV SternおよびGeary法
吸着または拡散の限界のない腐食反応の場合は、電圧降下が存在する環境で微小分極を使用し、Rpの値を測定することができません(アプリケーション・ノート#10([4]))。この方法では、RpとRΩの和を測定することしかできません。しかし、ZIR手法と微小分極(LP)手法をリンクすると、Rpを測定することができます。残留電位(図6)でインピーダンス図をプロットし、RpおよびRΩを直接特定する方が簡単です。
図6: 残留電位(×)で測定した試験ボックス#3-2のインピーダンスのナイキスト線図と、R1 = 90:2kΩ、R2 = 400:5kΩ、C2 = 0:467μFにおけるR1+R2/C2回路(線)の理論図
図6のナイキスト線図は、90kΩの抵抗を直列接続した試験ボックス#3-2で測定しました。
このナイキスト線図は、R1+(R2/C2)回路のZ Fit([5])を使用して近似できます。我々の場合は、Rp = R2 = 400:5kΩ、RΩ = R1 = 90:2kΩが得られます。
Icorrの値は、次のSternおよびGearyの関係
と、電圧降下なしのTafel Fit分析(I.2を参照)によって取得済みのβa = 61:5mVおよびβc = 61:4mVを使用して特定できます。この場合は、Icorr = 33:3nAが得られます。
V VASP法
VASP法については、アプリケーション・ノート#36([6])を参照してください。VASP手法の本質は、電位振幅の変化δEによる分極抵抗Rpの測定値の変化の特定にあります。
図7に示すRp 対δE曲線は、次の条件でプロットした曲線です。i) 電圧降下なし、ii) 電解液抵抗をシミュレートした90kΩの抵抗付き、iii) ZIR法による電圧降下補正が85%の場合(2)。
次の関係([7, 6])
を、電圧降下が存在する場合に使用することはできません。ただし、ZIR補正で得られた実験結果(図7の緑色の曲線)を使用することはできます。得られた値は、次のとおりです。Icorr = 41:3nAおよびβa = βc = 72mV。
2 ZIR(またはMIR)とVASPをリンクすることはできません。ただし、ZIR(またはMIR)とCASPをリンクし、振幅を大きくする一連のCASPを使用してVASP手法を再現することはできます。詳細については、弊社にお問い合わせください。
図7: 試験ボックス#3-2におけるVASP。電圧降下なしの場合(青色の曲線)、直列抵抗がRΩ = 90kΩの場合(赤色の曲線)、ZIR補正が85%の場合(緑色の曲線)。
VI CASP法
CASP法では、次のように振幅および周波数が定数の、正弦波形の電位に従う電気化学的系の非線形応答を分析します([8])。
図8は、次の条件における試験ボックス#3-2の電流応答を示しています。つまり、電圧降下なしの場合、直列抵抗がRΩ = 90kΩの場合、およびMIR補正が85%の場合です。MIR手法の場合、補正が必要な抵抗の値は、手作業で入力する必要があります。MIRもZIRも、CASP(およびその他の技法)にリンクすることができます。電圧降下の値が判明している場合は、MIRを使用できます。周波数f = 0:1Hzが十分に小さいので、図6のようにRpを測定することができます。CASP分析ツールで得られた値を、以下に示します。
図8: 試験ボックス#3-2におけるCASP。電圧降下なしの場合(青色の曲線)、直列抵抗がRΩ = 90kΩの場合(赤色の曲線)、MIR補正が85%の場合(緑色の曲線)。δE = 40mV、f = 0:1Hz。
• 電圧降下なしの場合: Icorr = 31nA、βa = 56:9mV、およびβc = 55:6mV
• 電圧降下ありの場合: Icorr = 40:3nA、βa = 89:0mV、およびβc = 87:7mV
• 電圧降下ありでZIRが85%の場合: Icorr = 33:9nA、βa = 64mV、およびβc = 62:7mV
VII 結論
試験ボックス#3-2で得られた腐食パラメータの値を、すべての方法について表Iに示しました。本書では、EC-Lab®ソフトウェアで利用可能なさまざまな方法を使用して腐食速度を特定できることを示しました。Tafel Fit、SternおよびGeary、VASP、CASPを使用すると、電圧降下が存在する場合に、系の腐食速度を特定できます。
本表は、電圧降下によって腐食速度の測定に入り込む誤差を示しています。本誤差は、約40%以下の場合があります(VASP)。電圧降下の補正手法は、本誤差を約10%まで下げるのに非常に効率的であるとみなすこともできます(Tafel Fit)。
表I: パラメータ値の要約RΩは、電圧降下が追加されていることを示します。補正方法は、手法の前に記述されています。
参考文献
[1] アプリケーション・ノート#27.電圧降下.測定に関する効果。
www.bio-logic.info/potentiostat/notesan.html.
[2] アプリケーション・ノート#9.Linear vs. non linear systems in impedance measurements.
www.bio-logic.info/potentiostat/notesan.html.
[3] アプリケーション・ノート#29.電圧降下.Part III.Suit- able use of the ZIR techniques ?
www.bio-logic.info/potentiostat/notesan.html.
[4] アプリケーション・ノート#10.酸性溶液中における鉄電極の腐食電流測定.
www.bio-logic.info/potentiostat/notesan.html.
[5] アプリケーション・ノート#14.Z Fit and equivalent electrical circuits.
www.bio-logic.info/potentiostat/notesan.html.
[6] アプリケーション・ノート#36.VASP: an innovative and exclusive technique for corrosion monitoring.
www.bio-logic.info/potentiostat/notesan.html.
[7] J.-P. Diard, B. Le Gorrec, and C. Montella.Corrosion rate measurements by non-linear electrochemical impedance spectroscopy.Comments on the paper by K. Darowicki.Corros.Sci.37, 913 (1995).Corros.Sci., 40:495–508, 1998.
[8] アプリケーション・ノート#37.CASP: an new method for the determination of corrosion parameters.
www.bio-logic.info/potentiostat/notesan.html.
Chlo´e Vincent,
Nicolas Murer, Ph.D.,
Bel´en Molina-Concha, Ph.D.
Jean-Paul Diard, Pr.Hon.
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