技術資料
鉄筋コンクリートの腐食
本内容はBiologic社が発行するApplication note #22を2025年7月時点で翻訳したものです。今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。
1. はじめに
建物の金属構造は、その寿命の間、環境、特にCO2によって大きな影響を受けます。実際、鉄はコンクリート内部のアルカリ性媒体(pH=12~14)中で安定ですが、時間の経過と共に水に溶解した炭酸塩はコンクリートの中を通って金属下部構造に移動します。この現象は、金属構造の周囲に局在するpHの低下(酸性化)を意味します。このpHシフトは、図1のプールベ図(電位-pH図)[1]の矢印で表されます。結果として、この酸性pHでは、鉄はもはや不動態ではなく、活発に腐食します。これは、建物の強度が影響を受けることを意味します。例えば、1924年にヨーロッパで最初に鉄筋コンクリートで作られた建物であるグルノーブルの「Tour Perret(トゥール・ペレ)」(図2)は、このプロセスのために現在、崩壊しつつあります。
図1. 鉄のプールベ図[1]
図2. 鉄筋コンクリート製の最初の建物:グルノーブルの「Tour Perret(トゥール・ペレ)」。
このような背景から、鉄筋コンクリートに使用されている金属棒の周囲をアルカリ性状態に保つための電気化学的プロセスが開発されました[2-7]。このプロセスを実現するために、本実験では陰極となる保存対象金属を、電極を挿入したアルカリ性電解ペースト(K₂CO₂またはNa₂CO₂)に浸漬します(図3)。アルカリ性媒体中の電極における電気分解によって水が還元され、OH–が生成されます。水酸化物イオンが鉄筋コンクリートに移動し、金属棒の周囲にアルカリ性環境が形成されます(式1)。
図3. 再アルカリ化法の概略図
本稿では、コンクリートブロック中の鉄筋の腐食過程を調べました。再アルカリ化(アルカリ性媒体中での電気分解)を行い、処理の効果は、Cyclic Potentiodynamic Polarization (CPP)法によって確認しました。
2. 実験条件
調査は、EC-Lab®ソフトウェアを搭載したVMP3ポテンショ/ガルバノスタットを用いて、NaCl(3%)またはNaOH溶液(0.4 mol/L)中で実施します。コンクリートブロックは、測定前に溶液に2日間浸漬されます。
3電極構成を用います。
- 作用極:コンクリートブロック内部の鉄筋 表面積A=10 cm2 (図4)
- 参照電極:Ag/AgCl電極
- 対極:合金線
図4. 鉄筋コンクリートブロックの概略図
3. 結果
3-1. 分極抵抗の計算
まず、システムの分極抵抗(Rp)と比較して抵抗降下(RΩ)が無視できるほど小さく、ターフェル関係式を適用できるかどうかを確認する必要があります[8,9]。これらの2つの特性は、電気化学インピーダンス分光法(EIS)測定によって決定できます(図5)。RΩ = 202 Ωは、Rp > 12,800 Ωと比較して無視できます(図6)。したがって、「Tafel Fit」の条件が満たされています。
図5. NaCl(3%)で実行された電圧制御電気化学インピーダンス分光測定(PEIS)の「パラメータ設定」ウィンドウ
図6. コンクリートブロックのナイキスト図
Rpの決定は定常状態(非常に遅い走査速度、i.e. 2.5 mV.min-1)且つ狭い電位範囲(開回路電圧の周囲±10 mV、i.e. -547 mV vs. Ag/AgCl)でのボルタンメトリー測定を使用することでも可能です。電位-電流図と≪Rp fit≫が図7に表示され、Rp = 11,744 Ωとなります。
図7: NaCl(3%)中のブロックの電位-電流図と「Rp Fit」
3-2. 再アルカリ化
再アルカリ化処理は、クロノポテンショメトリー(CP)法を用いてNaOH(0.4 mol/L、pH = 13)中でIs = -10 mAで66時間(図8)実施しました。電気分解中の電位と電荷は図9にプロットされています。電気分解終了時には、-2.4 V vs. Ag/AgClの安定した電位に達します。
図8. クロノポテンショメトリー(CP)法の「パラメータ設定」画面
図9. 電気分解中の電位(青色曲線)および電荷(赤色曲線)のプロット
3-3. 鉄筋の特性評価
再アルカリ化の効果を確認するために、CPP実験は、処理の前後に実施しました。これらの実験のパラメータを図10に示します。
図10. CPP実験の「パラメータ設定」ウィンドウ
再アルカリ化前後のCPP(図11)の比較は、鉄筋の還元による還元側へのシフトを示しています。両曲線に対して「Tafel Fit」解析を行った結果、処理前後のCPP測定でそれぞれEcorr = -616 mV vs. Ag/AgCl、-1077 mVという結果が得られました。
その他のパラメータ(Icorr、βc、βa、および腐食速度)は計算された(図11および表)。腐食速度は式2で与えられます。
ここで、Kは定数、EWは当量、dは密度、Aは電極の表面積です。鋼の場合、EWとdはそれぞれ18.616 g/eq.と7.8 g/cm3です。
これらのフィッティングは、再アルカリ化前後で腐食速度が50%上昇していることを示しています。この腐食速度の減少は、再アルカリ化プロセスの効率性を示しています。
図11: 鉄筋コンクリートの再塩基化前(赤)と後(青)のエバンス図(上)と「Tafel Fit」の結果(下)
表I:CPP調査のデータ
処理前 | 処理後 | |
---|---|---|
Ecorr / mV vs. Ag/AgCl | -616 | -1097 |
Icorr / µA | 404 | 272 |
βc / mV vs. Ag/AgCl | 646 | 240 |
βa / mV vs. Ag/AgCl | 670 | 325 |
腐食速度 / mmpy* | 0.315 | 0.213 |
*mmpy: mm/年
4. まとめ
本稿は、電気化学技術によって建物の金属構造を修復(電気分解)し、特性評価(CPP、インピーダンス、およびそれらに対応する分析)できることを示しています。
これは、電気化学が土木工学分野に貢献した好例です。
今回の参考データは、EC-Lab内の下記のディレクトリに保管されております。
C:\Users\xxx\Documents\ECLab\Data\Samples\Corrosion\PEIS_concrete_in_NaCl,
MP_concrete_in_NaCl,
CP_Realkalisation_NaOH,
CPP_Before_Realkalisation,
CPP_After_Realkalisation
参考文献
1) M. Pourbaix,in : Gauthier-Villars (Ed.) Atlas d'équilibreélectrochimiques, Paris (1963).
2) E. Cailleux, E.Marie-Victoire, in : L'actualité chimique, no312-313 (2007) 22.
3) http://www.novbeton.com/html/index5.html
4) N. Davison, G. Glass, A. Roberts, Transportation Research Board, 87th Annual Meeting (2008).
”Politehnica” de Bucarest (2002).
5) D. A. Koleva, K. van Breugel, J. H. W. de Wit, E. van Westing, N. Boshkov, A. L. A. Fraaij, J. Electrochem. Soc., 154 (2007) E45.
6) D. A. Koleva, J. H. W. de Wit, K. van Breugel, Z. F. Lodhi, E. van Westing, J. Electrochem. Soc., 154 (2007) P52.
7) D. A. Koleva, J. H. W. de Wit, K. van Breugel, Z. F. Lodhi, G. Ye, J. Electrochem. Soc., 154 (2007), C261.
8) M. Stern, A. L. Geary, J. Electrochem. Soc., 104 (1957) 56.
9) D. Landolt, Traité des Matériaux, Vol. 12, Presses Polytechniques et Universitaires Romandes, Lausanne (2003).
2025年7月改訂
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