技術資料

IRドロップ ③-ZIRテクニックの適切な使い方

本書はBioLogic社が発行するApplication note #29を2025年5月において翻訳したものです。 今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。

1.はじめに

Application Note#28で示した通り、EIS測定は電解質抵抗RΩ(または、未補償抵抗Ru)を求める優れた手法です。RΩは、作用電極と参照電極間の溶液抵抗に、作用電極自体、配線などの抵抗を加えた値として定義されます[2, 3]。
EC Lab® ZFitツールまたはEC-Lab® Expressソフトウェアを使用すると、このRΩ値を計算できます。しかし、ZFitツールは等価電気回路が既知であることを前提としており、これが必ずしも明確でない場合があります。
本アプリケーションノートの目的は、インピーダンス測定法(ZIR)によるIR測定と補償について説明し、ZFitツールを使用せずにRΩ値を決定することです。本アプリケーションノートの一部では、いくつかのシステムにおけるこの手法の限界について解説します。

2.ZIRテクニックとは

インピーダンス測定によってIRドロップを決定、補正するテクニック(ZIR)はPEISテクニックと大変似通っていますが、このテクニックではEIS測定は一つの周波数fZIRのみで行われます。そのため、下記の関係式が成り立ちます。

式(1)

このテクニックでは、図1 [4]に示すように、デフォルトで100 kHzの高周波で1回のEIS測定を行うだけで、溶液の抵抗を測定できます。
ZIR法はEC-Lab®ソフトウェアで利用可能で、同じ原理に基づく電圧制御ZIR法と電流制御ZIR法(ソフト上ではそれぞれPZIRとGZIRと表記)はEC-Lab® Expressソフトウェアで利用可能です。

図1

図1. ZIRテクニックのパラメータ設定画面

3.高周波における電気化学インピーダンス測定の等価回路

3-1.電気化学インピーダンス測定の等価回路

電気化学インピーダンス測定における等価回路を図2に示します。

図2

図2. インピーダンス測定の等価回路。Cdlは電気二重層容量を表します。

ファラデーインピーダンスZfの等価回路は、関与する電気化学反応によって異なります。
例えば、回転ディスク電極における酸化還元反応の等価回路を図3に示します[5]。

図3

図3. 回転円板電極における酸化還元反応の等価回路

3-2.高周波における電気化学ファラデーインピーダンスの等価回路

図4に示す電気化学反応の高周波における等価回路を考えましょう。Zfは以下の式(2)で表されます。

式(2)

図4

図4. 図2に示す等価回路の高周波部

Zfの実部は以下の式で表されます。

式(3)

この式からわかるように、インピーダンスZfの実部は、周波数が無限大に近づくにつれてRΩに近づきます。(図5)

図5

図5. インピーダンスの等価回路における高周波でのナイキスト線図

4.最も単純なケースにおけるRΩの測定

Zfの実部は式(3)に従って周波数とともに変化します。したがって、測定相対誤差ε(f)は以下のように定義されます。

式(4)

様々なRct/RΩの比における測定相対誤差の変化を図6に示します。

図6

図6. RΩの測定相対誤差の周波数依存性
Rct/RΩ = 0.5, 1, 2, 2.5、τ = RctCdl = 10-4 sの条件でプロットしたもの
(線の太さはRct/RΩの比が大きくなるに従って太くしています。)

一般に、高周波ループの特性周波数はkHz範囲にあります。ZIR法ではデフォルトで100kHzが使用されます。前の図では、100kHzにおける相対誤差は小さく、無視できることがわかります。この場合、RΩの測定値は正確です。

5.直列インダクタンスを用いたRΩ測定

5-1.直列インダクタンス

一部の電気化学系(例えば電池)では、高周波領域で誘導性挙動が観察されます。この種の系の等価電気回路を図7に示します。誘導性部分は、接続部または電池容器の誘導性挙動に関係している可能性があります。

図7

図7. 直列のインダクタンスを想定したファラデーインピーダンスの高周波数での等価回路

図7のインピーダンスは以下の式で表されます。

式(5)

Lの値によってインピーダンスのグラフは変化します。図8にインダクタンスが直列につながっているときの様々なインピーダンスグラフの形状の例を示します。図8に示されている曲線は、ZSim(EC-Lab®ソフトウェア)で再現できます。

図8

図8. R+L+(R/C)回路のインピーダンスのナイキスト線図(図7(式(3)))
RΩ = 0.2Ω、Rct = 1Ω、Cdl = 10-4F、L = 10-5, 5 x 10-5, 10-4H
線の太さはLの値が大きくなるに従って太くなっています。

幸いなことに、インダクタンス(L)を追加しても、インピーダンスの実部は前の例(最も単純なケースではRΩ測定)と比較して変化しません(式5)。したがって、R+L+(R/C)回路のZfの実部は依然として式3で与えられます。さらに、Rの相対誤差曲線はインダクタンス(L)の値に依存しません。したがって、図9に示されている値は図6に示されている値と同じです。

図9

図9. RΩ測定における測定相対誤差の周波数変化。パラメータの値は図8と同様

5-2.直列につながった(R/L)回路

高周波での挙動は、直列インダクタンスの挙動に似ていますが、R/L直列回路の挙動に似ている場合もあります(図10)。この回路のインピーダンスは次式で与えられます。

式(6)

式(4)の実部は以下の式で表されます。

式(7)

この値はLとRに依存します。

図10

図10. 直列の(R/L)回路を考慮した高周波側でのファラデーインピーダンスの等価回路

図11は、R+(R/L)+(R/C)系のインピーダンスのナイキスト線図を示しています。様々な形状のナイキスト線図が得られていることに注意してください[5]。このようなナイキスト線図は、一部の電池で得られることがあります。鉛蓄電池のナイキスト線図の例は、参考文献[6]、またはLiFePO4電池のナイキスト線図の例は図12に示しています。

図11

図11. R+(R/L)+(R/C)の回路に対するインピーダンスのナイキスト線図(図11(式(4)))
RΩ = 0.2Ω、Rct = 5Ω、R = 2Ω、Cdl = 10-4F、L = 10-7, 2 x 10-6, 5 x 10-6, 1.3 x 10-5, 2.3 x 10-5H
線の太さはLの値が大きくなるに従って太くなっています。

前述のように、図11に示されている曲線は、ZSimツール(EC-Lab®ソフトウェア)またはBioLogic社のウェブサイト[5]の等価回路ライブラリを使用して取得することができます。

図12

図12. LiFePO4電池のナイキスト線図とZFit解析

図13は、RΩの相対誤差測定の変化を示しています。この相対誤差は、周波数が増加しても単調には減少していません。この場合、相対誤差はインピーダンスの実部が最小となる周波数、つまり図11に点で示された周波数で最小となります。

図13

図13. RΩ の相対誤差測定の周波数による変化
各パラメータ値は図11で使用した値と同じ
点:RΩの相対誤差測定の最小値

6.まとめ

ZIRテクニックを使うことで、ZFitを用いることなくRΩを決定することができます。このZIRテクニックは測定系がインダクタンスの挙動を示さなければ体系的に用いることができます。しかし、測定系がインダクタンスLを含む場合、ZIRテクニックを用いる前にいくつか注意を払わなければなりません。この場合、ZIRテクニックに適した周波数を決定するためには、事前にインピーダンス測定を行い、図10の等価回路によるZFit解析を行う必要があります。
本ノートではRΩの値を決定する方法を主に述べましたが、ZIRテクニックはIRドロップの補正にも用いられます。そのためには、補正値を用いるテクニックの前にZIRテクニックを配置する必要があります。

図14

図14. 関連する実験でIRドロップを補正する設定方法

データファイルは以下の場所にあります。
C:\Users\xxx\Documents\EC-Lab\Data\Samples\EIS\ LiFePO4_PEIS_10mHz_12

7. 参考文献

1) Bio-Logic Application Note #28
2) Electrochemical methods. Fundamentalsand applications, A. J. Bard, L. R. Faulkner, ed. Wiley (Hoboken), 2001
3) Bio-Logic Application Note #27
4) EC-Lab Software Techniques and Applications Manual
5) Handbook of Electrochemical Impedance Spectroscopy. CIRCUITS made of RESISTORS, CAPACITORS and INDUCTORS
6) Huet, F., Nogueira, R. P., Torcheux, L.,and Lailler, P. Simultaneous real-time measurements of potential and highfrequencyresistance of a lab cell. J. PowerSources 113 (2003), 414–421.

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