技術資料

IRドロップ②-IRドロップ測定技術の紹介

本内容はBioLogic社が発行するApplication note #28を2025年5月において翻訳したものです。今後、原文が改訂され、内容が変更された場合には、改訂後の原文の内容を優先いたします。

1.はじめに

オーミックドロップ(以後:IRドロップと記載)とは、物質を通過する電子の流れによって生じる過電位のことです。電気化学においては、電解質や表面膜、コネクタなどの界面(図1)の抵抗によって誘起される電位を指すことが多いです[1]。 ある測定系でのボルタンメトリーにおいて、IRドロップが存在する場合の印加電位は、以下の式に従う必要があります。

2.インピーダンス測定

本稿の前半では、テストボックス-3の回路#1を用いて電気化学インピーダンス分光法(EIS)測定を行いました。この電気回路の挙動は、Application Note #9 [2]に示されているように線形です。この測定は、PEIS法を用いて0Vで実施し、周波数スキャンは500kHz~1Hz、正弦波振幅は10mV、ドリフト補正ボックスにチェックを入れました。

回路#1のインピーダンスのナイキスト線図を図1に示します。

図1

図1. テストボックス-3回路 #1のナイキスト線図 (青線)と、R1+C2/R2+C3/R3 等価回路に対してZFitで得られたフィッティング結果 (赤点)

テストボックス-3 回路#1は図2に示す回路と等価です。この回路において、R1がIRドロップの抵抗値RΩを表します。
BioLogic社製 EC-Lab® ZFitツールまたはEC-Lab® Expressソフトウェアを用いた解析により、回路中の各パラメータの値を決定することができます。得られる解析結果は以下の通りです。

  • R1 = RΩ = 499 Ω
  • C2 = 6.68 x 10-9 F,
  • R2 = 1002 Ω,
  • C3 = 2.30 x 10-6 F,
  • R3 = 3569 Ω

そして、ZFit解析結果のパラメータを図3に示します。

図2

図2. テストボックス-3 の電気回路 #1 の等価回路


図3

図3. ZFit解析結果パラメータ

EISで得られた解析結果は、回路を構成する各要素の値とよく一致しています。この測定結果は、テストボックス-3の回路#1における電流ステップに対する電圧ステップ応答を計算するのに役立ちます。

3.電流遮断法

電流遮断法の測定原理は、回路が電気的に接続された瞬間に現れるIRドロップの影響を測定することです。逆の現象も同様で、電気的な接続が遮断されたとき、ただちにIRドロップの影響が消滅します。電流ステップを例として、この測定の原理を説明した図を以下に示します。

図4

図4. 電流ステップ印加時の電流遮断法の原理

先述のインピーダンス測定と電流遮断法の原理を考えると、テストボックス-3 回路#1のインピーダンスは次の式で表されます。

式

ここで、sはラプラス変数です。 したがって、振幅ΔIの電流ステップに対する逆ラプラス変換を用いて回路応答を計算することができます。

式

2つの時定数τ2 = R2C2 = 6.7×10-6 sおよびτ3 = R3C3 = 8.2×10-3 sを定義し、計算することができます。これら2つの値は大きく異なり、線形時間スケールの電圧ステップ応答では主定数τ2のみが観察されます。
EC-Lab®およびEC-Lab® Expressソフトウェアの仕様(それぞれサンプリング時間が200 µsおよび20 µs)と以前に実行した計算を考慮すると、テストボックス-3 回路#1に電流ステップを与え、電流遮断法によるIRドロップを測定することで、電流遮断法のシミュレーションが可能です(図5)。

図5

図5. EC-Lab®およびEC-Lab® Expressの仕様を考慮した、テストボックス-3 回路#1における電流遮断法(0.1 mA)のシミュレーション
RΩI:IRドロップの真値
R’I、R’’I:それぞれEC-Lab®およびEC-Lab® Expressソフトウェアで測定されたIRドロップの値

EC-Labでは200μsごとに測定が行われ、最初の測定点は0.15Vです。印加した電流0.1mAとR’I = 0.150Vからオームの法則により、R’ = 1.5kΩが得られます。
EC-Lab Expressでは20μsごとに測定が行われます。この場合、最初の測定点は0.074Vですので、R’’I = 0.074VよりR’’ = 1.1kΩが得られます。
これら2つの値はIRドロップの抵抗値RΩの理論値499Ωと一致していません。実際には使用するソフトウェア、さらにはそのソフトウェアの最小サンプリング間隔に依存し、実験により得られた値はEC-LabではR1+R2の値に近く、EC-Lab ExpressではR1とR1+R2の間の値となりました。

4.電池の解析

容量1.2Ahの18650型リチウムイオン電池を用いて実験を行いました。なお、正極はLiFePO4、負極はグラファイトカーボン、電解液はリチウム塩で構成されています。

4-1. インピーダンス測定

インピーダンス測定の前に、電池を3.10 Vで30秒間保持し、各周波数測定の前に振幅10 mV、pw = 1で1周期の遅延時間を置き、ドリフト補正を使用して50 kHz~10 mHzの範囲で周波数スキャンを行いました。測定結果のナイキスト線図を図6に示します。
ZFitを用いたフィッティング解析は0.022 – 7.27 kHzの周波数範囲で行いました(図6を参照)。高周波領域における等価回路は、L1+R1+Q2/R2に近似しています。ZFit解析ツールにより得られたR1の値は、約9.13·10-3 Ωです。解析結果のまとめを図7に示します。

図6

図6

図6. LiFePO4バッテリーのナイキスト線図(青線)と、[0.022 – 7.27] kHzの周波数範囲でのL1+R1+Q2/R2等価回路に対してZFitで得られたフィット結果(赤線)

電池の抵抗を求める際に、-Im(Z) = 0Ωのときの値をグラフから直接読み取ることも場合によっては有効な手法ですが、この概算を行うと誤差が生じる可能性があることに注意して下さい。実際、この例ではx軸上の好転を直接読み取ると約9.8×10-3Ωという値が得られますが、ZFitによる計算値は約9.13×10-3Ωです。これら2つの値には約10%の差が生じています。

図7

図7. Z-Fit解析ウィンドウ

4-2. 電流遮断法

前述した電流遮断法と同様に、インピーダンス測定によって得られた等価回路L1+R1+Q2/R2を用いて電流ステップに対する応答をシミュレーションしてみましょう。a2の実測値から、リチウムイオン電池に対して以下の式の逆ラプラス変換の結果を閉形式で表すことはできません。

式

しかし、幸運なことにNumerical Inversion for Laplace Transformation(NILT)[3、4]という有効な計算アルゴリズムが使用可能なことが知られています。
これにより、400mAの電流ステップを電池に印加したときの挙動をシミュレーションすることができます。このシミュレーションはEC-Lab、EC-Lab Expressの2つのソフトウェアで行われ、その結果を図8に示します。
図より、EC-Labにより取得される最初の点は3.104V付近となっています。オームの法則からR’ΔI = ΔEが成り立ち、ここで、ΔEとは電池の初期の電圧(約3.098V)と最初に記録された点(約3.104V)との差を表すため、ΔEはおよそ6 x 10-3Vとなります。したがって、EC-Labにより測定されるR’の値は0.014Ωとなります。
同様の計算をEC-Lab Expressのときも行うことができます。最初の測定点は3.104Vであり、オームの法則でのΔEは電池の初期電位(約3.099V)と最初の測定点(約3.104V)との差なのでΔE = 5 x 10-3Vとなり、R’’は0.012Ωと求めることができます。

図8

図8. EC Lab®仕様を考慮したリチウムイオン電池の完全な電流ステップ(400 mA)のシミュレーション
RΩI:IRドロップの真値
R’I、R”I:それぞれEC-Lab®ソフトウェアとEC Lab® Expressソフトウェアで得られたIRドロップの値

電池のように反応速度がゆっくりな系では、このようにインピーダンス測定と電流遮断法での測定結果は互いに近い値となります。さらに、これらの結果は電気回路上で測定を行った場合とは異なり、理論値としてのIRドロップの抵抗値とも近い値となっています。

5.まとめ

本アプリケーションノートでは、電流遮断法の限界について解説しました。実際、この方法は測定系の反応速度に依存して精度は多少変動し、IRドロップの正確な値は必ずしも得られるとは限りません。一方、インピーダンス測定は測定系の反応速度に関わらず、適切なIRドロップの値を得ることができます。
EC-Lab®およびEC-Lab® Expressソフトウェアには、EISによる測定とIRドロップ補正を可能にする特別なツールが搭載されています。このツールを使用することで、電気等価回路を知らなくてもIRドロップの値を即座に得ることができます。デフォルトでは、この測定は100kHzで行われますが、ユーザーは実験対象の測定系に応じてこの値を変更することができます。

例えば、本アプリケーションノートで考察した測定系では、IRドロップの測定結果は以下のようになりました。
●EC-Lab® ExpressソフトウェアのPZIR法で得られた結果は、回路では500kHzで502.6Ω、リチウムイオン電池では800Hzで9.77×10-3Ω
●EC-Lab®ソフトウェアのZIR法で得られた結果は、回路では500kHzで501.3Ω、リチウムイオン電池では800Hzで9.76×10-3Ωでした。

電流遮断方式とEIS方式でなぜサンプリング間隔にこれほどの違いがあるのか疑問に思う人もいるかもしれません。これは、EIS測定ではアンダーサンプリング、つまりSuper Nyquistサンプリング方式を採用しているためです。これはよく知られた概念で、機器のサンプリング速度を超えて単一トーン周波数を測定できます。

図9

図9. アンダーサンプリング方式

データファイルは以下の場所にあります:
C:\Users\xxx\Documents\EC-Lab\Data\Samples\EIS\LiFePO4_PEIS_10mHz_12 and Application Note 09\PEIS_circuit1

参考文献

1) Bio-Logic Application Note #27
2) Bio-Logic Application Note #9
3) C. Montella, R. Michel, J.-P. Diard, J.Electroanal. Chem., 608 (2007) 37-46.
4) C. Montella, J.-P. Diard, J. Electroanal.Chem., 623 (2008) 29-40.

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