コラム
リチウム硫黄電池が切り拓く未来
リチウム硫黄電池は民生用リチウムイオン電池を超える理論エネルギー密度を持ち、ポスト・リチウムイオン電池として注目が集まっています。SDGsの達成、脱炭素社会の実現に向けて、リチウム硫黄電池研究の第一人者であり、イオン液体を用いたリチウムイオン電池の動作を世界で初めて成功させた関西大学 化学生命工学部 教授の石川正司氏に次世代電池の現状と今後の展望についてお伺いしました。
【インタビュアー】
池田 勝紀 (株式会社東陽テクニカ 理化学計測部(現:脱炭素・エネルギー計測部) 部長)
リチウム硫黄電池とは
リチウム硫黄電池とはどのような電池なのか教えてください。
リチウム硫黄電池は軽量、大容量を特長とした蓄電池です。硫黄の理論容量1,672mAh/gはリチウムイオン電池の約10倍となり、航空機への搭載を含めてさまざまな用途への応用が期待されています。私が取り組んでいる研究では、リチウム硫黄電池は負極に金属リチウム、正極に2nm以下の孔が空いたミクロ多孔性カーボンの中に硫黄を溶融させて閉じ込めたものを使用しています。硫黄は一つの硫黄に対して二電子をとることができるので、一電子あたりの重量は周期表の中で理論上一番軽い正極固体物質になります。資源戦略的にも問題なく環境にも優しい。リチウムを使用していますが全体的なコストはリチウムイオン電池と比較して低いと言えます。
図1:リチウム硫黄電池の仕組み (石川氏提供)
他方、電圧は平均2ボルトで、リチウムイオン電池の平均3.7ボルトと比較すると明らかに低い。また、硫黄が正極から電解液に溶出してしまう問題があります。硫黄は1015Ω・mもの高抵抗で全く電気が流れない真性の絶縁体なので、電極材料として硫黄を使うためにはさまざまな工夫が必要となります。
具体的にはどのような工夫が必要なのでしょうか?
私は文部科学省管轄のJST-ALCA(国立研究開発法人科学技術振興機構 先端的低炭素化技術開発)プロジェクトで2013年からリチウム硫黄電池の研究を始めましたが、当時、炭素材料をうまく利用すれば電子伝導性が極めて低い硫黄を使いこなすことができるのではないかと考えていました。“マイクロポーラスカーボン”、言い方を変えると“ミクロ孔を持っている炭素材料”は、硫黄を閉じ込めることで硫黄の低い電子伝導性を補うことができます。特にミクロ孔に硫黄を蓄えることで電解液との接触を防ぎ、結果として硫黄の反応中間体の溶出を防ぐことができる。この炭素技術により、リチウム硫黄電池のエネルギー密度を年々進歩させ、2021年で8年経過しましたが、プロジェクトの目標値をほぼ到達できる見通しが立った状況です。
図2:ミクロ多孔性炭素と硫黄の複合化の概念図 (石川氏提供)
“温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする”という脱炭素社会実現に向けて、リチウム硫黄電池が果たす役割、社会的な位置づけを教えてください。
前述のプロジェクトを開始した頃は自動車用途への展開も検討しましたが、自動車用途は一番制約が大きく軽量、大容量に加えて高入出力が求められます。自動車では30分ですら充電時間として長く感じると思いますが、急速充放電を行うためには高い入出力特性が必要となります。しかし、電気が流れない硫黄を使っているため高入出力の実現は基本的に難しく、現時点ではリチウム硫黄電池では求められる高入出力は期待できません。現在、プロジェクトの出口として“分散型電力貯蔵”を検討しています。例えば、夜間の電力活用では8時間で充放電する程度の速度で使用するため、電気自動車のような高入出力は必要なくハードルは下がります。
また、今まで蓄電システムとして家庭や事業所規模で使われているものとして鉛バッテリーがありますが、鉛バッテリーは重くて危険なので高所に設置することが法律で規制されています。軽量なリチウム硫黄電池ならビルの屋上や空いているスペースで使うこともできます。
リチウム硫黄電池に、“ポスト・リチウムイオン電池”としてのポテンシャルはありますか?
先ほどお話しした通り定置用電力貯蔵用途が現実的な出口ですが、軽量なので自動車や航空用途が“その先の出口”として求められており、リチウム硫黄電池も候補の一つと考えられています。大容量と高入出力を両立させるハードルは高いですが、現在、経済産業省所管のNEDO (国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)プロジェクトでは、航空機用途を出口として大容量と高入出力を両立させる研究を行っています。
このプロジェクトでは前述のミクロ多孔性炭素ではなくメソ多孔性炭素を使用しています。IUPAC (国際純正・応用化学連合)の定義ではミクロ孔は2nm以下で、ちょうど電解液に溶出しない孔のサイズになります。他方、メソ孔は4-5nm程度の大きな孔で、電解液と触れてしまいますが、硫黄化合物が溶出しないような保護膜を作ることで対処しています。なぜ大きな孔の炭素を使うのかというと、炭素と硫黄の割合を考えた場合、孔が大きい方が硫黄を増やすことができるからです。実際、ミクロ孔の炭素材料ではプロジェクトスタート時は硫黄量が30%か40%くらいしか入らず、8年かけて最近75%まで入れられるようになりました。しかし、メソ孔の炭素材料では、プロジェクトスタート時の硫黄量が60%でしたので、ひょっとしたらもっと硫黄を増やせるかもしれないと期待しています。
航空機に搭載するために求められるハードルを教えてください。
エネルギー密度を極端に高くしないといけません。ゴールに到達するまでに新しい技術が複数必要で、我々が現時点で押さえている技術だけでは無理かもしれません。現在、文部科学省のプロジェクトでエネルギー密度の目標が350Wh/kgですが、2030年以降には最終的に1,000Wh/kgが必要とされています。この数値を達成できないと小型旅客機を電気だけで飛ばすことはできません。当たり前ですが、飛行機は一旦離陸すると「あ、まずい、ガソリンスタンドに行こう」というわけにいきません。普通の航空用ガソリンを積んでいる飛行機も緊急着陸をするために、目的地から引き返せるくらいの燃料を積んでいないといけません。加えて、航空機に搭載するには安全性の担保が必要ですが、まずはエネルギー密度をどこまで伸ばせるかに注力しています。
イオン液体を搭載したリチウムイオン電池
イオン液体を搭載したリチウムイオン電池(以下、イオン液体電池)について教えてください。
2006年の論文で発表していますが、イオン液体を使ってリチウムイオン電池を完全作動できる技術を幸運にも見つけることができました。従来のリチウムイオン電池の負極はイオン液体を使っても全然作動しなかったのですが、この技術を用いることで“イオン液体を使ったリチウムイオン電池”を実現しました。イオン液体は、燃えない、揮発しないというメリットはありますが、価格が高いため、電気自動車用途で採用されるのは難しいだろうと思っていたところ、JAXA相模原の曽根理嗣先生とお話しする機会がありました。曽根先生は「宇宙のような極端な高真空条件でも動く電池があるのですか!」とイオン液体を使用して電池が動くことに驚かれ、小型衛星の世界的権威である東京大学の中須賀真一先生が小型衛星用のコンパクトな電池を欲しがっていたと教えてくださいました。その後、中須賀先生にお会いしたら「そんな良い電池があるならぜひうちの衛星で試してください」と、トントン拍子で話が進みました。航空産業でまだ実証もされていない電池を積んでもらえるのだろうか、と思っていましたが、実証試験で問題ないことが確認され、すぐに実現することができました。2014年6月にロシアのヤスヌイ基地から小型衛星を打ち上げ、同年8月に作動実験を行い、宇宙で使用できることを世界で初めて実証しました。
宇宙用途の電池ではどのような性能が求められますか?
宇宙用途の電池は、ご想像の通り液漏れを起こすと大変なことになるので、完全に樹脂でモールドしています。樹脂でガチガチに固めることで気圧の影響も受けず、万が一液が漏れても逃げ場をなくす、という形で完全に封止してしまいます。イオン液体は蒸気圧をほぼ持っておらず、イオン液体電池は宇宙空間でも膨れることがありません。何の変哲もない液体ですが、机にポタンと落としても蒸発せずに10年でも100年でもそこに残っているような物質です。現在は「ロケットでも使いたい」という話になり、JAXAの「SS-520」5号機の姿勢制御の電源用途でイオン液体電池が正式に採用されています。
図3:イオン液体(左図)とラミネートセル(右図)
イオン液体電池を世界で初めて軌道上で“充放電動作”を実証したときの感想を教えてください。
あのときは、JAXA相模原のコントロール室にいました。日本の上空を通るのが1日2回なので、そのタイミングでデータをダウンロードするのですが、ちょうど日付が変わる深夜でした。夜中に“ちゃんと充放電できる”というデータが出たときはすごく興奮しました。眠さなんて一切感じず、その日はホテルに帰ったのが朝の5時くらいでしたが、興奮が冷めず、全く眠れませんでした。
イオン液体を用いた材料界面の制御による蓄電デバイスの高性能化を実現し、関西大学教授として2012年に文部科学省の科学技術賞を受賞されています。
当時、関西大学では、文部科学大臣表彰を受けた教員第一号だったので、大学関係者もとても喜んでくれましたし、私自身も誇らしかったです。2003年に関西大学に来て「電池研究を強化したい」と進言し、プロジェクトの提案書を書いたら大学側が背中を押してくれた。それで、最新鋭の設備を設置し研究のスタートダッシュに成功しました。それから約10年経って文部科学大臣賞をいただいたので、「一つ形にできた」ということで関西大学に来てよかったと思いました。
関西大学イノベーション創生センターの役割
2016年10月に関西大学イノベーション創生センター長にご就任されています。イノベーション創生センターの設立目的を教えてください。
この施設は“社会実装のための研究を行い、ベンチャーを作り製品を世に出す”ことがミッションの一つです。センター長の立場で言うと、技術を世に出すプロセスを若い人に習得してもらいたい。例えば、シーズは理系の学生が生み出し、ニーズやビジネスモデルを文系の学生に考えてもらいます。文理融合でビジネスアイディアコンテストに応募するサイクルを活発に行うことでベンチャーマインドを育てています。
また、イノベーション創生センターには私が代表取締役CEOを務める「アイ・エレクトロライト」も入居しています。アイ・エレクトロライトの成果として、先ほどお話ししたイオン液体電池を世の中に送り出すことができました。そして、もう一つの成果が「パワーバインダー」の開発です。今までは正極材料は非水系のスラリーでないと電極を作れないとされていましたが、水のスラリーにして塗ることができたら有害な有機溶媒を使う必要がありません。スラリーにして乾燥するときに水が飛びますが、水なので空気中に揮発させても構わないですよね。溶剤だったら回収しないといけませんが、環境にも健康にも良い、そして製造コストも低くできる。しかし、従来は水を使うと現在の高性能の正極材料はアルカリ化して、バインダーがゲル化してしまい、それでも無理やり塗布するとアルカリなのでアルミの集電体が腐食してしまいました。我々の「パワーバインダー」の開発により、正極材料のアルカリ化を防ぐことができるようになりました。当社の主力商品として現在世界の各社にサンプルを出荷している段階ですが、良い評価をいただきつつあります。
関西大学に着任されて18年目になりますが、関西大学および石川研究室の魅力について教えてください。
自由であるということ、それと大阪らしい勢いが教員にも学生にもあるということです。自分はできる、あるいはやりたい、と思ったら遠慮なく手を挙げ、本当に言っていることが正しければ、あるいは可能性があれば、誰かが、大学が助けてくれる。だから、遠慮なくモノが言えるし、裏を返せば目上の人に気を遣って「自分はまだ准教授だから、学生だから、言わないでおこう」という雰囲気はなく、例えば教授の考えが違うと思ったら言うことができます。現在、私の研究室はスタッフが学生と特命助教、研究員、秘書を含めて33名の大所帯です。この人数のマネジメントを全て自分でやろうと思っても難しいので、4回生に必ず“チューター”という立場の学生をつけています。チューターにはあえて異なるテーマを研究する学生がつく場合が多いのですが、それは違った角度から研究活動の助言を与えるのが目的です。これは学生の発案で、縦の閉じた関係がなくなり教育の観点でも非常に良いと考えています。もちろん、月報会は必ず設けて月一回は私に報告する決まりにしており、学生の自主性に任せつつも、教員としての責務を果たすことは言うまでもありません。
民間企業との共同研究も積極的に取り組まれていますね。
元々は企業にいた立場なので、企業目線に立って、研究がどれだけ値打ちがあるのか、もう少しこういうところを頑張らないといけない、といったことを考えるスタイルが自分には合っています。例えば、教員が学生に「君のやっている材料はこれで良いんだよ」と言ったとしても、ひょっとしたら教員の思い込みかもしれないですよね。企業の人から見たら、「いやいや、このスペックではまだまだ」とか「何かが5倍必要」とか、製品化するためには企業目線での要求に応える必要があります。ですから、学生にはできるだけ企業ミーティングに参加させています。そこでは、私が学生のデータを使用して企業の人と議論をするのではなく、学生に説明させるようにしています。そうすることで、学生は、企業がどのような感覚で研究開発をしているか、よく理解することができます。学生は実践的な研究に非常に敏感ですし、勉強になるため、教育の観点からも良いと考えています。
今後の目標を教えてください。
本日お話しした“先行き”として硫黄電池を実用化できるように研究プロジェクトに取り組んでまいります。また、イオン液体電池は実用化できましたが、宇宙用途以外でもさらにニーズを広げていければと考えています。
プロフィール
関西大学 化学生命工学部 教授
イノベーション創生センター長
石川 正司 氏
文部科学大臣表彰科学技術賞(2012年4月)、電気化学会フェロー(2021年3月)
経歴
1987年 大阪大学大学院工学研究科 応用化学 博士前期課程修了
1987年 鐘紡株式会社
1991年 大阪大学 工学博士 取得
1991年 山口大学 助手
1997年 山口大学 助教授
2003年 関西大学 助教授
2005年 関西大学 教授、現在に至る
電気化学測定機器
総合カタログ