技術資料

インピーダンス測定品質評価(EIS-QI)機能の活用~正しいEIS測定のために~

I. はじめに~EIS-QIとは~

EIS-QI(EIS - Quality Indicator)は、EC-Lab®ソフトウェアに搭載されている機能で、測定中のインピーダンスデータについて品質を自動的に評価できます。この機能では、インピーダンス測定が理想的な条件 ― ①線形性、②不変性、③因果性1 )― を満たしているかどうかを、THD(Total Harmonic Distortion)、NSD(Non-Stationary Distortion)、NSR(Non-Stationary Response) という3つの指標を用いて判定します。 従来、こうした特性の確認には、オシロスコープなどを使って波形の歪みを目視で確認する必要があり、専門的な知識と経験が求められました。しかしEIS-QIを使えば、誰でも簡単に測定データの信頼性を確認できるため、再現性と精度の高い電気化学インピーダンス測定が可能になります。 以下では、インピーダンス測定における3つの基本条件 ― 線形性、不変性、因果性 ― について、それぞれの意味を示します。


①線形性…入力信号と出力信号の関係が線形と近似できる条件で電気化学インピーダンス測定を行うこと
②不変性…測定中に電極状態が変化しないこと
③因果性…ある時刻での応答は、その時刻以前のシステムへの入力信号により決定されること(つまり、入れた信号とは関係のない信号が入らないこと)


EIS-QIはBio-Logic社製電気化学測定システムに付属するEC-Lab®ソフトウェア(v11.20以降)のSafety/Adv. Settingにて、EIS quality indicators にチェックを入れることでEIS測定(GEIS、PEISなど)時に自動的に指標が解析されます(図1)。

図1. EIS quality indicatorsのチェックボックス

II. THD(線形性)、NSD(不変性)、NSR(因果性)の指標について

THDは線形性、NSDは不変性、NSRは因果性を表す指標として利用できます。どの式も基本波の振幅|Yf|、つまり測定周波数の振幅に対して、他の周波数がどの程度入ってきているのか割合で示しています。また、どの指標も基本波ごとに計算されるため、横軸を基本波の周波数、縦軸を各指標(THD、NSD、NSR)として表します。それぞれの違いは、解析する周波数です。


●THD・・・Total Harmonic Distortion 全高調波歪み

THDでは高調波を調査します。例えば1kHzのインピーダンスを測定しているときに2kHz、3kHz、4kHz…の周波数の応答振幅を調べます。この指標が大きいと線形性が逸脱します。


●NSD…Non Stationary Distortion 非平衡歪み

NSDでは基本波の近傍の周波数を調査します。例えば1kHzのインピーダンスを測定しているときに0.9kHzや1.1kHz…の周波数の応答振幅を調べます。この指標が大きいと不変性が逸脱します。


●NSR…Noize to Signal Ratio ノイズシグナル比

NSRではTHDおよびNSDで解析した周波数以外すべての周波数を調査します。つまり、測定器から発せられた信号に起因する応答信号以外のノイズの量を調べます。この指標が大きいと因果性が逸脱します。この場合、グラフのプロットがノイズにより乱れていることが確認できます。

III. THDが大きい場合

線形性が逸脱されている可能性を示唆します。この場合は電圧振幅または電流振幅を小さくする必要があります。THDの値は5%を下回っていれば、十分小さな値とみなせますが、何%以下であればよいかは各実験系に依存します。

IV. NSDが大きい場合

不変性が逸脱している可能性を示唆します。この場合、定常状態になるように実験系の環境を整える必要があります。以下に事例を2つ示します。


<事例1>
状況:二次電池(サンプル)の充電直後にインピーダンスをとっている
対策:十分な時間Rest(OCV)テクニックを挟んでからインピーダンスを取得する

<事例2>
状況:恒温槽温度を変更した直後にインピーダンスをとっている
対策:十分な時間WaitやRest(OCV)テクニックを挟んでからインピーダンスを取得する


下記の事象の場合、定常状態では測定が困難な可能性があり、3Dインピーダンス法を用いて解析をすることが有効です。具体的な方法は下記URL記事を参照してください。

Z-3D 3Dインピーダンス解析ソフトウェア

例1:二次電池を充電または放電しながらのEIS測定
例2:腐食変化の速いサンプルのEIS測定

V. NSRが大きい場合

外部からノイズが混入している可能性が示唆されます。また、この場合ナイキスト線図も乱れていることが考えられ、ナイキスト線図を十分解析可能なレベルまでSN比を改善させる必要があります。対応策として①「電圧(電流)振幅を大きくする」②「外乱ノイズをカットする」 の2つが挙げられます。


①電圧(電流)振幅を大きくする場合
Va電圧振幅またはIa電流振幅を大きくすることでSN比が改善します(NSRが低下する)。しかし、実験系のTHDが上昇する可能性があるため、線形性を保てる範囲で振幅の調整が必要です。
外乱ノイズをカットする場合
線形性やサンプルの耐電圧などの関係から、上記①の対策を実施できない場合、この方法を選択します。最善策はノイズ発生源を特定してノイズを出さないように対処することです。ノイズ発生源の特定が難しい場合には、シールドボックスを用いる、電源をきれいなものに変える等、試行錯誤を重ねてノイズ対策を実施します。

ノイズ対策の具体的な例は、ノイズ対策マニュアル『(参考文書)EC-Lab ユーザーのための電気化学測定におけるノイズ対策』を参照してください。
※本ページの製品サポートからダウンロードできます。詳細は以下を参照してください。

■電気化学測定ラボサポートページお申し込みについて

VI. おわりに

近年の電気化学インピーダンス測定機器は、操作性が向上し、誰でも簡単に測定を実行できるようになっています。しかし一方で、得られた結果が真値(正しい値)を反映しているかどうかを判断するのは容易ではなく、誤った解釈をしてしまうリスクもあります。 EIS-QIは、こうした課題に対して強力なサポートツールとして機能します。とくに新規材料や未知の系を対象とする場合には、測定条件を適切に設定する必要があり、EIS-QI機能を活用することで、測定の信頼性を高めることが可能です。

VII. 参考文献

1)板垣昌幸(2011)『電気化学インピーダンス法 第2版 原理・測定・解析』 丸善出版
2)Bio-Logic Science Instruments(2018)Application Note#64 “Introducing EC-Lab® EIS quality indicators: THD, NSD and NSR”

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