技術資料
ハイスループットな電気化学測定評価システム ~Part.1 走査型電気化学測定システムの適用~
I. はじめに
近年、電気化学に関連する学会発表やニュースなどで、「ハイスループット」という用語を目にする機会が増えています。そもそもこの用語は、創薬やバイオの分野における「ハイスループットスクリーニング」として古くから使われており、大量かつ多様な化合物(サンプル)を高速で評価し、用途に適した候補を効率的に見つけ出すための手法を指します。
電気化学分野におけるハイスループットスクリーニングは、脱炭素社会の実現に向けた取り組みが加速する中で、燃料電池や水電解、CO2電解といった触媒や新しいマテリアル探索としての合金の腐食評価などで特に注目を集めています。
また、自動化された実験系[1]や計算科学を活用した材料探索のためのデータ集積[2]の進展によりハイスループットな評価手法の重要性が今後さらに高まっていくと考えられます。
本稿では、電気化学分野におけるハイスループットな測定システムとして、フランスBioLogic社製走査型プローブ電気化学測定システムM470の適用についてご説明します。
II. 走査型プローブ電気化学測定システムについて
■II.1 走査型プローブ電気化学測定システム
電気化学分野における走査型プローブ評価システムの中でも、特に広く知られている手法の一つが、SECM(Scanning ElectroChemical Microscopy:走査型電気化学顕微鏡)です。SECMは、プローブと呼ばれるマイクロメートルオーダーの微小電極をサンプル表面の近傍で走査し、その近傍で発生する電気化学反応を電流や電圧の変化として検出します。これにより、サンプル表面の反応性や表面活性の分布を可視化・定量化します。本来、サンプルの局所的な電気化学反応の様子を観測する手法であるSECMですが、その特性を生かし、ハイスループットスクリーニングへの応用も可能です。
図1. 走査型プローブ電気化学測定システムの測定とデータ出力のイメージ
■II.2 BioLogic社製走査型プローブ電気化学測定システム
BioLogic社が提供する走査型プローブ電気化学測定システムは多岐にわたりますが、ここでは、ハイスループット評価に用いられるSECMに加えて、SDC(Scanning Droplet Cell:走査型液滴セル)についてもご紹介します。
II.2.(a) SECM(走査型電気化学顕微鏡システム)
SECMはハイスループットスクリーニングにおいて、以下の理由で非常に効果的な手法です。
①検出する電気化学反応の選択性
特定の電位でプローブをバイアスすることにより、測定対象の物質に酸化還元活性がある場合に、選択的にそれを検出し、かつその物質の濃度を電流値として測定できます。
②検出するプローブとサンプルを同時に電位制御
バイポテンショスタットを用いることで、電気化学反応を検出するプローブの電位制御だけでなく、サンプル側を特定の電位に分極させた状態でプローブを走査して電気化学測定を行うことが可能です。また、特別な分極が不要な場合には、サンプル側をOCP(自然電位)の状態にすることも可能です。
しかし、SECMを使用する際にはいくつか考慮すべき点があります。ここでは、代表的な課題と、それらに対応するBioLogic社のソリューションをご紹介します。
■<考慮すべき点>測定中にサンプル全体が電解質に浸漬されている必要があり、これが腐食評価など一部のサンプルには望ましくない場合がある。
→<ソリューション>測定時間を短縮し、サンプルの変性を抑えるために、電解液の対流を抑えて一点一点静止しながら高精度な測定を行うStep scanモードを搭載しています。加えて、サンプルの変化が起こりにくいよう、極力速い速度で走査しつつ同時に測定を行うSweep scanモード(図2)も備えています。
図2. Sweep scanモードとStep scanモード
■<考慮すべき点>プローブとサンプルの距離が測定される信号に影響を与えてしまう。
→<ソリューション>事前にアプローチカーブという手法でサンプルの傾きを測定し、そのデータをもとにソフトウェアが傾きを補正します。これにより、プローブとサンプル間の距離変動を防ぐ、国際特許取得済みのic-SECMモード(図3)による一定距離測定が可能です。
図3. Ic-SECMモードのイメージ
II.2.(b) SDC(走査型液滴セル)
SDCは、特殊な構造のフローセルに溶液を送液することで、サンプル表面に微小な液滴を形成し、その局所的な反応場で電気化学計測を行うシステムです(図4)。そのフローセル全体が走査型のプローブとなり、専用ソフトウェアでXYZに走査しながら、各地点で電気化学測定を自動で行います。SDCの特徴は以下の通りです。
①サンプルの変性が無い
液滴がサンプルに触れている、つまり測定している部分だけで電気化学反応が生じるため、それ以外のサンプルエリアは変化の無い状態を維持することができます。
②測定に使用する電解液が常に新鮮
液滴に用いる溶液は常に新しい溶液がフローされているので、次の測定点では前の測定による生成物などの影響も回避できます。
③別の分析機器との連動
溶液のフローにより、SDCでの実験と他の分析機器(例えば、ICP-MS[3]や液体クロマトグラフィなど)と組み合わせることで、より反応生成物の計測など多角的な評価が可能です。
III. ハイスループット試験における走査型プローブ電気化学測定システムの適用
SECMやSDCといった走査型プローブ電気化学測定システムが触媒や金属腐食[4]のハイスループットな評価として適用される理由は主に二つです。
①実験時間の大幅な短縮
元々サンプルの各地点での局所的な電気化学的評価をするための走査型システムであるため、1回の測定で1つのサンプルだけではなく、複数のサンプルやライブラリを一つの基板上にセットすれば、連続かつ自動的に走査して評価できます。
②複数サンプルを同じ環境下で測定
1回の実験で多数のサンプルをスクリーニングすることは、全てのサンプルが同じ実験条件下で測定されるということになります。また、異なるサンプルの測定をするためにセルを都度組みなおして、再構築する必要がなく、これによりサンプル測定の測定環境による誤差を低減でき、セル構築の手間も大きく軽減できます。
これらの2つのポイントは、高スループットスクリーニングにとって非常に重要です。
最後に、SECMを用いた燃料電池の酸素還元反応(ORR)触媒の評価の流れを示します。
① カーボン電極に複数種のORR触媒を埋め込んだ(塗布した)サンプルを用意
② プローブを水の電解電位に設定、カーボン電極は酸素還元の電位に設定
③ プローブを走査しながら電流値を検出→より電流値の大きい地点にある触媒が、活性の大きいと予想可能
図4. SECMを用いた燃料電池の酸素還元反応(ORR)触媒評価の流れイメージ図
ここでは例として、2種類(A、B)の触媒を用いた評価イメージを示していますが、より多くの触媒をセットすることで、簡便にハイスループットスクリーニングシステムを構築することが可能です。
Bio-Logic社の走査型プローブ電気化学測定システムを用いれば、10cm×10cm角といった広いエリアの走査も可能であり、より効率的な評価が行えます。
スクリーニングにより、触媒活性の高いサンプルの選定の目途が立った後は、回転電極システム(BluRev)を用いた詳細な反応解析に移行することで、研究開発をさらに効率よく進めることができます。
IV. まとめ
近年、特に触媒関連で注目されている、ハイスループットな電気化学測定システムについて、BioLogic社の走査型電気化学測定システムの適用についてご紹介しました。
参考文献
[1] Royal Society of Chemistry’s Chemistry World AI and Automation in Chemistry Collection:
https://www.chemistryworld.com/collections/ai-and-automation-in-chemistry
[2] Discovery of new materials using combinatorial synthesis and high-throughput characterization of thin-film materials libraries combined with computational methods:
https://www.nature.com/articles/s41524-019-0205-0.pdf
[3] Transpassive Metal Dissolution vs. Oxygen Evolution Reaction:Implication for Alloy Stability and Electrocatalysis
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/anie.202317058
[4] A High Throughput Aqueous Passivation Testing Methodology for Compositionally Complex Alloys Using a Scanning Droplet Cell
https://iopscience.iop.org/article/10.1149/1945-7111/aceeb8/pdf
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