技術資料
Bio-Logic社装置と水晶振動子マイクロバランス(QCM)カップリング:ポリピロール膜蒸着中の質量測定
1.はじめに
ナノテクノロジーの分野における研究の進歩と傾向において、研究者はますます効率的な分析法を求めています。
単一の科学分野において、単一の手法を用いるだけでは、もはやシステム全体を識別・記述するのに十分ではない場合があります。特に生体(バイオ)電気化学システムにおいては、反応機構を理解するために複数の分析手法を用いることが不可欠となります。
BioLogic社のポテンショスタット/ガルバノスタット製品群は、別の機器で収集された外部アナログ信号を記録できるように設計されています。本機器は2つの補助アナログ入力を備えています。本機器は2つのアナログ電圧を補助信号として記録します。EC-Lab®ソフトウェアの専用メニュー(External Devices)は、記録された信号のラベルと単位を、外部機器で測定された元の信号と同じになるように設定するためのものです。
ここでご紹介する実験は、電気化学的手法(サイクリックボルタンメトリー)によるポリピロール膜の重合と同時に、SEIKO EG&G社製 QCM922モデル(共振周波数:9MHz)を使用して、Au水晶振動子上で重合により増加するポリマー重量変化を追跡します。
水晶振動子マイクロバランス(QCM)法は、水晶振動子の振動における周波数変化に基づき、質量変化を検出する手法です。ある周波数における水晶の振動は、水晶表面近傍の溶液特性(粘度、密度、温度、および圧縮波(疎密波)を含む)と同様に、結晶の質量に比例します。質量増加は、周波数の減少をもたらします。
まずSauerbreyは、気相中で水晶振動子に固定された異物層間の質量/周波数の関係について議論と実験的検証を行いました[1-2]。
その後、1980年代にはQCMは液体中での測定に応用されました[3-4]。
本稿の目的は、BioLogic社のポテンショスタットと水晶振動子マイクロバランス(QCM922)のような外部デバイスとの連動が実現可能であることを記述することにあります。
2.実験
2-1.電解重合
ポリピロール膜を、サイクリックボルタンメトリー(20サイクル)を用いてAu水晶振動子(作用電極として使用)上に重合しました。作用電極とした水晶振動子を、10-2mol/Lの1-メチルピロールモノマーを含むアセトニトリル溶液(Bu4NPF6 0.2mol/L)中でバルク電解を行いました。平滑な膜を得るために、定電位モードでの電解重合の代わりに電位掃引を使用しました。 電位掃引は0Vから1.018V vs.Ag/AgClで、100mV/sのスキャン速度で行いました。Au水晶振動子を作用極、白金線を対極、Ag/AgCl電極を参照極とした3電極セルを実験に用いました。
2-2.質量変化測定
共振周波数および抵抗変化の測定は、電位掃引と周波数および抵抗の記録との間の時間的な矛盾を避けるため、周期的電位掃引と同時に行われました。実験開始時に、QCMの初期周波数および初期抵抗(バルク溶液中の水晶振動に対応)をデフォルト値に初期化しなければなりません。ユーザーはQCMの周波数範囲と抵抗範囲を選択する必要があります(詳細はQCM922のユーザーマニュアルを参照)。この実験では、周波数範囲は±20kHz、抵抗範囲は±2kΩと設定しました。使用した水晶振動子は、9MHzのATカット共振器で、鏡面研磨(0.5µm)され、Ti上に300nmの金がスパッタリングされ、水晶振動子上に製膜されたAu電極面積は0.198cm²でした。
2-3.EC-Lab®におけるQCM入力信号設定
EC-Lab®ソフトウェアには、外部デバイスの設定を行うウィンドウ(図1, External Devices)があります。このウィンドウでは、実験中に外部デバイスからポテンショスタットに送信される2つの入力電圧を設定できます。
図1. External Devices設定ウインドウ(EC-Lab®ソフト)
このウィンドウでの設定は、Device TypeおよびDevice Nameの選択から始まります。これらのパラメータが選択されると、アナログ入力欄はソフトウェアによって自動的に設定されますが、ユーザーは、各アナログ入力信号に対して定義された変数およびスケールの範囲をチェックしてください。
「Device Type」で、「Device Name」としてQCMおよびQCM922を選択します。これで、Analog Input1にHz単位の周波数変化が記録されるようになります。デフォルトの周波数範囲は20kHzで、デフォルトの抵抗範囲は2kΩです。これらの条件では、全電位範囲([0-10]V)が全周波数範囲または全抵抗範囲に対して校正されます。
3.結果及び考察
3-1.水晶振動子電極上でのポリピロール膜の成長
下の図2は、サイクリックボルタンメトリーの連続サイクル測定中のAu水晶振動子電極上のポリピロール膜の成長を示しています。
図2. 10-2 mol/Lのメチルピロールを含むBu4NPF6 0.1 mol/L溶液中で、Au石英電極上にポリピロール膜が連続サイクルで成長しています(電圧= 100 mV/s、25サイクル)。
このようなポリマーフィルムにおける電荷移動の可逆性は、電解析出の仕方に依存することが多いです(この例では準可逆)。
ポリピロール膜の成長はとても規則的ですが、最後の方のサイクルでは遅くなっていく傾向があります。これは、電極表面近傍でのメチルピロール種の枯渇および作用電極表面積の飽和に起因していると思われます。
最初のサイクルのCVは、1.16V vs. Ag/AgClで、メチルピロールモノマーの酸化ピークの開始を明確に示しています。
3-2.膜成長中のQCM測定
図3は、ポテンショスタットによって電流および電位と同じ時間で記録された、共振周波数および抵抗の時間変化を表示しています。この表示は、前の図1で記載されたExternal Device設定により可能となっています。
図3. Au水晶振動子電極上のポリピロール膜
成長中の共振周波数と共振抵抗応答(EC-Lab®上)
図3のグラフは、高分子膜の成長に伴う共振周波数の低下と共振抵抗の増加を示しています。さらに、この変化は電位掃引に依存し、結果として、連続するサイクルに関連した周波数と抵抗の擬似振動が生じます。このプロットは時間にではなく、電位に対しても作成できます(図4)。
図4. Eweに対する周波数およびポリマーフィルム成長のCV曲線の重ね書きプロット
1サイクルごとの周波数変化vs.電位変化をフォローすることに価値があります。
下の図は、ある1サイクルでの時間変化を示しています。
図5. ある1サイクルでの共振周波数と電流密度の変化
電位掃引に伴う共鳴周波数の変化を報告した複数の論文によると、共鳴周波数のプラトーはポリマーの非ドープ状態に対応すると推測できます。これは、Ag/AgClに対して0~0.2Vの範囲にあるようです。電位が上昇し始めると(Ag/AgClに対して0.2~0.8V)、周波数は一定の傾きで減少します。これはポリマーの酸化に対応しており、電気的中性を保つために電解質の陰イオンがポリマーに挿入されることと関連しています。
それから、周波数は+0.8 Vから頂点電位(+1.18 V vs. Ag/AgCl)まで、そして再び+0.8 V vs. Ag/AgClまで、より大きな傾きで減少します。この電位範囲では、モノマー(メチルピロール)が酸化され、ポリマー膜が成長します。共鳴周波数曲線のこの部分の傾きは、前の部分よりも重要であり、サイクル数とともに増加します。
+0.8 Vから+0.2 V vs. Ag/AgCl(逆電位掃引)まで、ポリマー膜は還元され、未ドープ状態に達します。この段階で、陰イオンが膜から脱離し、ポリマーの質量が減少し、共鳴周波数が増加します。これらの現象は、導電性ポリマー膜への陰イオンの挿入・脱離を理解するために広く研究されています[5-7]。一般的に、ポリマーの質量は未ドープ状態のプラトーで決定されると考えられています。
3-3.EC-Lab®ソフトウェアを用いた質量計算
EC-Lab®ソフトウェアには、石英の質量変化を自動計算するための質量計算機能があります。まず生データファイル(.mpr)を表示します。「Analysis」メニューで「Process data」を選択すると、プロセスウィンドウが表示されます。
図6. 質量計算時のプロセスウィンドウ
プロセスウィンドウでは、実験に使用された共振周波数(キャリブレーションによって取得)を設定し、計算したい「Delta(mass)/g」を選択する必要があります。「Display」をクリックすると、グラフ上に質量変化が表示されます。
この質量計算によってにプロセスファイル(*.mpp)が生成されます。この計算では、電圧範囲[0; 0.2 V vs. Ag/AgCl]、つまり周波数が最小値に戻ったときの中性状態のポリマーの電析質量を考慮するものと想定されます。
4.まとめ
上に示した結果は、水晶振動子マイクロバランスQCM922とBioLogic社のポテンショスタットの連動の可能性を示しています。External Device設定は、QCM922との連動と質量変化計算の両方のために特別に設計されています。2つのアナログ入力端子を有するBioLogic社のポテンショスタットは、QCM922によって送られた周波数および抵抗値を生データファイルに記録し、保存することができます。読み取った値はグラフィックウインドウでプロットすることもできます。
QCM922によって送られたアナログ電圧信号は、ユーザーによって規定された変換の比率や選択された範囲に従って、ソフトウェアによって自動的に周波数および抵抗値として変換されます。
このような外部機器との連動は、ユーザーが容易に行うことができ、ポテンショスタットまたはソフトウェアにおいて一切追加のモジュールなどは必要としません。
※【EC-Lab®ユーザー向け】本アプリケーションノートのデータは下記フォルダに保存しています。
C:\Users\xxx-\Documents\EC-Lab\Data\Samples\-Fundamental Electrochemistry\CV_QCA
5. 参考文献
- G. Sauerbrey, Phys. Verh., 8 (1957) 113.
- G. Sauerbrey, Z. Phys., 155 (1959) 206.
- T. Nomura, M. Okuhara, Anal. Chim. Acta, 142 (1982) 281.
- K.K. Kanazawa, J.G. Gordon, Anal. Chim. Acta, 175 (1985) 99.
- W. Paik, I.-H. Yeo, H. Suh, Y. Kim, E. Song, Electrochim. Acta, 45 (2000) 3833.
- M. Skompska, M. A. Vorotyntsev, J. Goux, C. Moise, O. Heinz, Y. S. Cohen, M. D. Levi, Y.Gofer, G. Salitra, D. Aurbach, Electrochim. Acta, 50 (2005) 1635.
- Aurbach, Electrochim. Acta, 50 (2005) 1635.
- C. Debiemme-Chouvy, H. Cachet, C. Deslouis, Electrochim. Acta, 51 (2006) 3622.
2025年7月改訂
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