技術資料
スラリー抵抗率および沈殿挙動の評価
1. はじめに
バッテリースラリーは、リチウムイオン電池の電極製造工程において使用される重要な材料であり、その均一性と安定性は、最終的なセルの性能や一貫性に大きく影響します。現在、スラリーの状態を評価する手法としては粘度パラメータが一般的に使用されています。しかし、粘度だけではスラリーの電気的特性における均一性や安定性を的確に把握することは困難です。
一方でスラリーの抵抗率は、導電助剤の種類・含有量やバインダーの種類・含有量などの配合条件と相関があり、それらの違いによって抵抗率が変化します。また、スラリーは混合後に一定時間静置するとゲル沈降現象が生じることがあり(参考文献1–2)、その過程で抵抗率も変化します。図1は、スラリー中のLCO(正極活物質)と導電性炭素粒子の分散状態を模式的に示したものです。粒子が均一に混ざるほど電気的導通が良くなり、抵抗率は低くなります。一方で、粒子の分散が不十分な場合、局所的に抵抗が高くなります。したがって、スラリーの抵抗率は電気的特性の均一性および安定性を評価する有効な指標です。
スラリーの抵抗率を評価することで、活物質、導電助剤、バインダー、固形分含有量などの違いが電気化学的特性に与える影響を把握・スクリーニングできます。また、製造プロセスの安定性を評価する手段としても有効であり、混合工程中の異常を迅速に検出することで、不良品の後工程への流出を防止し、時間とコストの無駄を削減することも可能です。

図1. LCOと導電性カーボン粒子の3種類の混合方法の概略図
2. 実験装置及び試験方法
■2.1 実験装置
試験装置は、BSR2300(IEST)を用いて測定しました(図2)。BSR2300の電極ペンには3組(上、中、下)の電極チャンネルが搭載されています。

図2. 電極スラリー抵抗評価システム BSRシリーズ
■2.2 試験方法
試験対象のスラリーを試験用ボトルに入れます。電極ペンをスラリーに挿入し、電極表面がスラリーに完全に浸るように軽くかき混ぜます。その後、BSR2300に付属のデータ取得ソフトウェアを起動し、各電極チャンネルに対応する抵抗率の変化データをリアルタイムで収集します。
3. スラリー抵抗率の試験実例
■3.1 粘度の異なる導電性カーボンスラリーの抵抗率比較
粘度は、スラリー中に分散した導電性カーボン粒子の状態に影響を与えます。一般に、スラリーの粘度が高いほど、粒子間の接触や分散状態は安定しやすくなります。粘度の異なる2種類のスラリーに対して抵抗率試験を実施した結果、粘度が高いスラリーの方が、粘度が低いスラリーよりも抵抗率が小さいことが確認されました(図3)。
したがって、スラリーの製造において配合を固定した後、同じ粘度で調製された複数のスラリーに対して抵抗率試験を行うことで、製造プロセスの安定性を評価することが可能です。

図3. 異なる粘度におけるスラリー抵抗率の比較
■3.2 希釈倍率の異なる導電性カーボンスラリーの抵抗率比較
導電性カーボンスラリーを異なる倍率で希釈することで、単位体積あたりの導電性カーボン粒子の濃度が変化し、スラリー中の分散状態にも影響を及ぼします。希釈倍率が高くなるにつれて、導電性カーボンの濃度は徐々に低下し、それに伴いスラリーの抵抗率は増加する傾向が見られます(図4)。
よってスラリーの製造において配合条件が一定である場合、同じ濃度で調製された複数のスラリーに対して抵抗率試験を行うことで、製造プロセスの安定性を評価することが可能です。

図4. 異なる希釈倍率におけるスラリー抵抗率の比較
■3.3 スラリーの沈降性能の分析
撹拌後のスラリーを一定時間静置すると、スラリー中の懸濁粒子が徐々に沈降します。スラリーの鉛直方向における異なる位置で抵抗率の変化を測定することで、沈降挙動を評価することが可能です。
図5に示すように、NCM811スラリーを3日間連続で測定した結果、3日目の朝の試験では下部チャンネルの電極で測定された抵抗率が大きく低下しました。これは、上層に存在していた粒子が時間の経過とともに下層へ沈降したことを示しています。
このように、異なる時間における抵抗率の測定結果から、スラリーの最大静置可能時間を評価することができ、撹拌後のスラリーの保管時間を適切に管理することで、品質の安定性を維持することが可能となります。

図5. スラリー抵抗率の時間変化曲線
4. まとめ
本稿では、BSR2300(IEST)を用いて、粘度、希釈倍率、静置時間の異なるスラリーに対して抵抗率を評価しました。これにより、配合条件や製造プロセス、品質状態の違いに応じたスラリーの抵抗率の変化を識別できることが示されました。 スラリー抵抗率の規格範囲を設定することで、製造プロセスの安定性や最大静置可能時間を評価・管理することが可能となり、生産現場における品質保証や工程管理に有効な指標として活用できます。
5. 参考文献
[1] B.G. Westphal et al. Journal of Energy Storage 11 (2017) 76–85.
[2] Kentaro Kuratani et al. Journal of The Electrochemical Society, 166 (2019) (4) A501-A506.
本内容はInitial energy science technology Ltd.の許諾を得て下記資料を一部改変し翻訳したものです。
引用元:Novel Method for Characterizing Slurry Resistivity and Settling Behavior
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