押し込み試験による薄膜密着性の評価

押し込みによる剥離の概要

薄膜に対する一般的なナノインデンテーション試験では、膜厚の10%を押し込み深さの目安にしています。この深さの目安は、試験結果が基材の影響を受けないようにすることが目的です。では、圧子先端が基材に到達する深さまで押し込みを実施した場合、どのような現象が発生するのでしょうか?押し込みが深くなるに従い、得られるヤング率や硬度は基材の影響を受ける為、通常の薄膜機械特性測定には適さない試験結果になります。しかし、より深く押し込まれた圧子は、その側面が上部薄膜を横方向に押し出すことになります。押し出された上部薄膜は圧子側面の周辺でパイルアップ(盛り上がり)を生じます。そして、パイルアップにより上部薄膜は基材に対して上方に引き上げられる事になります。この引き上げ動作により上部薄膜が基材から剥離する現象が発生します。


パイルアップに伴う上部薄膜の剥離モデル

パイルアップによる剥離の発生により、上部薄膜と基材界面の応力が開放されるため、荷重変位曲線に屈曲点が現れます。また、試験荷重印加中の押し込み深さに対する接触剛性をモニターする事で、より高感度で剥離現象(応力開放)が確認できます。

試験例

 

 ・サンプル:
    Si基板上のLow-k膜(約400nm厚)
    ・試験条件:
    –荷重: 2mN,8mN,16mN
    –荷重-変位曲線と同時に押込み中の接触剛性を記録し、その推移を解析
    –押込み後の圧痕を剛性マッピングで観察
     (ナノインデンターのオプション機能を使用)
 
    ・試験結果
    ①2mNの試験設定


凹凸像


剛性像

この試験設定では、押し込み深さに対する荷重・接触剛性の推移共に明瞭な屈曲点は確認できませんでした。凹凸像にパイルアップは確認できず、剛性像でも局所的な剛性低下は確認できませんでした。
従って、この試験設定ではLow-K膜の剥離は発生していなかったと考えられます。

②8mNの試験設定


凹凸像


剛性像

印加荷重にわずかな屈曲が確認できました。そして、剛性の推移には明瞭な屈曲が確認できます。押し込み深さに対する剛性推移は印加荷重の推移よりも試料内部の応力変化を、敏感に検出できることが判りました。
凹凸像では圧痕周辺にパイルアップが確認できました。そして、パイルアップ部では剛性が低下していることが視覚化できました。
パイルアップの下部でLow-K膜が剥離していることが判りました。

③16mNの試験設定


凹凸像


剛性像

印加荷重にわずかな屈曲が確認できました。そして、剛性の推移には明瞭な屈曲が確認できました。更に、剛性の推移は一様な屈曲ではなく2段階で低下し、その後で上昇していることが判りました。
凹凸像ではパイルアップだけでなくクラックの先端が二つに分かれている事が確認できました。剛性像ではパイルアップ部で剛性が低下していることが確認できました。また、クラック先端部でV字に分かれている領域では剛性が低下していないことからこの部位ではLow-K膜は剥離していないと考えられます。パイルアップ部のLow-K膜が、互いに引張りあうことで裂けたと考えられます。
パイルアップ下部の膜剥離により一旦低下した剛性は、パイルアップした膜が引張りあうこと事によりにより再度上昇し、膜が裂ける事により再び低下したと考えられます。
その後、圧子先端が基材に到達することで剛性の推移は上昇しています。

押し込み動作時の接触剛性を解析することで、膜の剥離やクラックの発生状況が解析可能なことが判りました。また、凹凸像と剛性像を同時に収集することで剥離やクラックの状態を視覚化可能なことも判りました。
そして、試料表面の凹凸と剛性の視覚化には、AFM等のイメージング装置ではなく、ナノインデンターのオプション機能が利用可能なことが判りました。