技術資料

精密充放電測定で見えるリチウムイオン電池の微小な変化 ― クーロン効率から寿命・副反応・金属リチウム析出を捉える ―

1. なぜ今、精密充放電測定が必要なのか

リチウムイオン電池の研究開発では、エネルギー密度や急速充電性能に加えて、「どれだけ長く性能を維持できるか」という長寿命化が重要なテーマとなっています。
特に定置用蓄電池や車載用電池では、長期間の使用が想定されます。しかし、新しい材料や電解液、充電条件を検討するたびに、数百~数千サイクルの長期試験を実施していては、研究開発に非常に長い時間を要します。
そこで重要になるのが、電池の使用初期に現れるごくわずかな変化を高精度に捉え、将来の劣化を示唆する情報を早い段階で取得することです。
参考データでは、定置用蓄電池の長期寿命を評価する場合、1サイクルあたりの容量維持率を0.99990~0.99999といった精度で解析する必要があることが示されています。 つまり、長寿命電池の評価では単に「容量が減ったかどうか」を見るだけでは十分ではありません。
1サイクルごとに、どれだけの電気量を充電し、どれだけの電気量を放電できたのか。 そのごくわずかな差を正確に測定することが重要になります。 このような考え方に基づく評価手法が、精密充放電容量測定(High Precision Coulometry)です。

2. まず実測結果を見る ― 一般的な充放電測定との違い

精密充放電測定がなぜ必要なのかを理解するには、実際の測定結果を見るのが最も分かりやすいでしょう。
これは周囲温度を25℃から段階的に低下させながら、リチウムイオン電池を1Cで充放電した結果です。

【図1】一般的な充放電装置と精密充放電測定の比較


このグラフを見ると、一般的な充放電装置でも、温度変化に伴う充放電容量の変化そのものは確認できます。一方、精密充放電測定では、容量変化に加えて、クーロン効率の微小な変化やばらつきまで明確に観測できます。
一般的な充放電装置では容量変化を確認できるものの、クーロン効率の微小な変化を測定することは困難であり、ここが、通常の充放電試験と精密充放電測定の大きな違いです。
通常の充放電試験では、サイクルを繰り返した結果として現れる容量低下を主に観察します。 これに対して精密充放電測定では、容量低下として大きく現れる前の、電池内部の微小な変化を捉えられる可能性があります。

3. 精密充放電測定では何を測っているのか

精密充放電測定の基本となるのは、非常にシンプルな物理量です。
電池の容量は、流れた電流を時間積算することで求められます。
容量[Ah]= 電流[A]× 時間[h]

充電時と放電時の容量をそれぞれ高精度に測定し、その比率として求められるのがクーロン効率(Coulombic Efficiency:CE)です。
クーロン効率 = 放電容量 ÷ 充電容量

例えば、充電容量が1.00000 Ahであるのに対し、放電容量が0.99990 Ahであった場合、クーロン効率は0.99990、すなわち99.990%となります。
実際のリチウムイオン電池では、充放電に伴う主反応だけでなく、さまざまな副反応が発生します。 そのため、充電によって電池へ入れた電気量のすべてを放電によって取り出せるわけではありません。
精密充放電測定では、この充電容量と放電容量の非常に小さな差に注目します。クーロン効率は電池内部で生じる副反応の影響を評価するための指標の一つとして用いられます。

4.なぜ普通の充放電装置では難しいのか

では、単純に充放電装置の表示桁数を増やせば、精密充放電測定ができるのでしょうか。
実際には、それほど単純ではありません。
精密充放電測定では、評価したい変化自体がppmレベルに及ぶ場合があるため、通常の充放電試験では問題にならない誤差まで考慮する必要があります。

【図2】サンプリング間隔が積算容量へ与える影響


例えば、参考データではC/2の充放電試験を0.1秒間隔で測定した場合、サンプリングによる理論上の積算容量最大誤差が14 ppmになる可能性が示されています。
充放電開始時や終了時の電流をどこまで正確に取得できるかによって、積算される容量そのものが変わってしまうためです。
さらに、温度の影響も無視できません。 電池温度が1℃変化した場合、クーロン効率に最大1600 ppm相当の影響が生じる例もあります。 つまり精密充放電測定では、電流測定精度だけではなく、サンプリング間隔、オフセット、測定レンジ、温度安定性など、測定系全体を考えて精度を確保する必要があります。 精密充放電測定とは、単に「高精度な充放電装置を使用すること」ではなく、微小な容量差を正しく捉えられる測定環境を構築することともいえます。

5. 実測例1 ― 休止時間を変えただけでも差が見える

【図3】休止時間によるクーロン効率の違い


精密充放電測定の特長の一つが、電池の使用条件による微小な違いを比較できることです。
この試験では、45℃、C/2という同じ充放電条件で、休止時間だけを1時間と2時間に変更しています。14サイクルの平均クーロン効率は、
1時間休止:0.99955
2時間休止:0.99942
となり、休止時間を変更しただけで明確な差が確認されています。
通常の容量測定では、こうした条件差が短期間では明確に現れない場合があります。
しかし、精密にクーロン効率を測定すると、電池内部で生じている反応の違いを反映した微小な変化を、容量差が大きく現れる前から比較できる可能性があります。

6. 実測例2 ― Cレートを変えるとクーロン効率も変わる

【図4】Cレートによるクーロン効率の違い


次に、充放電レートによる違いを見てみます。
45℃、休止時間1時間の条件で、C/2とC/10を比較した結果です。
クーロン効率は、
C/2:0.99955
C/10:0.99903
となりました。
この試験では、C/10に比べてC/2の方が高いクーロン効率を示しました。これは、測定条件によって副反応の寄与が異なる可能性を示唆しています。
重要なのは、「どちらのCレートが常に良い」ということではありません。
充放電条件を変化させたときに、電池内部の反応がどの程度変化したのかを高精度に比較できることが精密充放電測定の価値です。 同様の考え方を用いることで、電極材料や電解液、添加剤、SOC範囲、温度条件などを変更した場合の比較にも応用できます。

7. クーロン効率だけでは分からない ― 「可逆ロス」を見る

【図5】クーロンロスと放電容量減少量


精密充放電測定をさらに詳しく解析すると、クーロン効率の値だけでは捉えにくい電池挙動も確認できます。
充電容量と放電容量の差を、ここでは「クーロンロス」と考えます。
一方、サイクルを繰り返した際に実際に減少した放電容量を「放電容量減少量」とします。 興味深いことに、この2つは必ずしも同じ値にはなりません。
本記事では、両者の差を次式で表し、「可逆ロス」と定義します。
可逆ロス ≒ クーロンロス - 放電容量減少量
例えば、45℃、C/2の試験では、休止時間を1時間から2時間に変更すると、放電容量減少量には大きな差が見られない一方、可逆ロスは増加しています。
つまり、クーロン効率が低下したからといって、そのすべてがそのまま容量低下につながっているわけではないということです。
精密充放電測定によって得られるデータを詳細に解析することで、単純な容量維持率だけでは見えない現象まで検討することができます。

8. 可逆ロスから自己放電的な挙動を考える

では、この可逆ロスは何なのでしょうか。
ここでは、可逆ロスについて、正極と負極間を移動するLiイオン量そのものを減少させない自己放電的なプロセスの寄与を考えます。
その要因としては、電子伝導による漏電やシャトル反応などの化学的プロセスが考えられます。


【図6】温度・休止時間・Cレートによる可逆ロスの比較


ここでは、休止時間、Cレート、温度を変化させた場合、クーロンロスの中でも特に可逆ロスの変化が大きいことが示されています。さらに、この可逆ロスについてフロート試験を行った結果、自己放電電流によって30~40%程度を説明できることが確認されています。
このように精密充放電測定は、単なる寿命評価だけではなく、「なぜその電池でロスが生じているのか」という劣化メカニズムを考察するための手法としても利用できます。

9. 実測例3 ― 金属リチウム析出を捉える

精密充放電測定のもう一つの応用例が、低温充電時に発生する金属リチウム析出の検出です。 低温環境では負極へのリチウムイオンの挿入反応が遅くなり、大きな電流で充電すると負極表面に金属リチウムが析出する場合があります。
金属リチウム析出は、容量低下だけでなく内部短絡や安全性にも関係する重要な現象です。
しかし、電池内部で生じるため、非破壊で初期段階から検出することは容易ではありません。
そこで、温度を段階的に低下させながら容量とクーロン効率を精密に観察します。


【図7】低温条件における容量とクーロン効率の変化


40 Ahの市販リチウムイオン電池を1Cで充放電し、周囲温度を段階的に低下させた結果、-10℃において充放電容量とクーロン効率が急激に低下しました。特に注目したいのが、クーロン効率の挙動です。
容量が大きく低下するだけでなく、それ以前からクーロン効率のばらつきが変化していることが確認されています。

【図8】解体分析による金属リチウム析出の確認


測定後にセルを解体し、負極に対して^7Li NMR測定を行った結果、負極のほぼ全表面に金属リチウムの析出が確認されました。
さらに、-10℃より前の-5℃でも、0℃より大きなクーロン効率のばらつきが観測されており、析出予兆である可能性が検討されています。この結果は、精密充放電測定の可能性を考えるうえで興味深い結果です。
精密充放電測定で観測された微小な変化が、実際の電池内部で発生した現象と結びついている可能性を示しているためです。
精密に容量とクーロン効率を逐次観測することで、将来的には金属リチウム析出のような異常反応の兆候を、初期段階から非破壊で捉える評価手法への応用が期待されます。

10. 精密充放電測定はどのような研究に向いているのか

ここまでの実測例から分かるように、精密充放電測定が特に有効なのは、通常の容量測定ではまだ大きな差が現れていない段階で、電池の違いを見つけたい研究です。 例えば、新しい電極材料や電解液、添加剤を比較する材料研究では、長期サイクル後の容量低下だけでなく、初期のクーロン効率を比較することで、副反応の違いを早期に検討できます。
また、Cレート、SOC範囲、休止時間、試験温度などを変更することで、電池にとってどのような使用条件が適しているのかを評価することも可能です。
さらに、クーロンロスと容量減少量を詳細に解析することで、自己放電的な挙動など、容量維持率だけでは分からない劣化メカニズムの検討にも利用できます。
低温充電時の金属リチウム析出のように、安全性に関わる異常反応の早期検出へ応用できる可能性もあります。
つまり、精密充放電測定は、例えば次のような研究・評価への活用が考えられます。

  • ・「寿命を早く評価したい」
  • ・「材料の違いを早期に見分けたい」
  • ・「最適な充放電条件を決めたい」
  • ・「劣化の原因を詳しく調べたい」
  • ・「異常反応を早期に検出したい」
  • といった電池研究に有効な評価手法と考えられます。

    11. 精密充放電評価に対応するBCSシリーズ


    ここまで紹介してきたような評価では、単に電池を充放電できるだけでは不十分です。容量とクーロン効率の微小な変化を捉えるためには、電流・電圧を高精度に取得し、長期間にわたって安定した測定を行う必要があります。
    BioLogic社のBCSシリーズに恒温槽やセルホルダなどを組み合わせ、対象となる電池や研究目的に応じた評価システムをご提案しています。

    製品紹介URL:https://www.toyo.co.jp/material/products/detail/BCS-9xx

    12. まとめ

    精密充放電測定は、充放電容量とクーロン効率を高い精度で取得することで、通常のサイクル試験では捉えにくい電池の微小な変化を観察する手法です。
    本記事で紹介した実測例では、一般的な充放電測定では見えにくいクーロン効率の変化を捉えられること、休止時間やCレートによる違いを比較できること、さらに可逆ロスのような劣化挙動の解析や金属リチウム析出の検出へ応用できる可能性も示されています。
    本記事では、精密充放電測定について、短期間での寿命推定、可逆ロスの観測、金属リチウム析出の初期・非破壊検出への応用可能性をまとめました。


    リチウムイオン電池の研究では、「何サイクル使用できたか」という最終結果だけでなく、劣化がまだ小さい段階で、電池内部で何が起き始めているのかを捉えることが重要です。
    精密充放電測定は、その微小な変化を電気量という基本的な物理量から捉えることのできる、有用な電池評価手法の一つです。

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