データ収集機器(DAQ)の性能指標

データ収集機器(DAQ)のフロントエンドには、あらゆるノイズの影響が最小限になるような設計が求められます。そのような観点からDAQフロントエンドの性能を表すために、信号にどの程度ノイズが乗ってしまうかを示す様々な指標が利用されています。その中でも特に一般的なパラメーターについて、今回はご紹介します。 なお、多くのパラメーターは工業規格等でも定義されていますが、メーカーごとに独自の定義が利用されるケースもあります。そのため、特に比較検討などに利用するときは、各メーカーがパラメーターをどのように定義しているか確認しておくことも重要になります。

ノイズには様々なノイズ源が存在しており、それらの影響が積み重なって最終的なノイズが観測されます。ノイズ源による寄与は、ノイズフロア、スプリアスピーク、高調波などに大別することができます。

基本用語の説明

まず、以下の図で、いくつかの基本的な用語について説明します。

基本周波数(Fundamental frequency):
周期的な信号を観測するとき、その信号の中に存在している最も低い周波数成分を基本周波数と呼びます。校正か、もしくは以下に説明するパラメーターを定義する時は、多くの場合、1つの周波数成分からなる正弦波を入力信号とします。

高調波(Harmonics):
基本周波数の整数倍に等しい周波数成分を高調波と呼びます。 純粋な正弦波が入力されている場合、高調波はデータ取得プロセスの中にある非線形な特性によって発生している可能性があります。

スプリアスピーク(Spurious Peak):
基本周波数の整数倍以外の周波数で発生しているピークです。

ノイズ(Noise):
上記の3つ(基本周波数、高調波、スプリアスピーク)を除外して残る、その他全ての周波数成分です。

性能指標

■ノイズフロア
ノイズフロアは、本来の入力信号に含まれていない全ての周波数の最大振幅として定義されます。ただし、高調波とスプリアスピークは除外して考えます。量子化プロセスの性質上、bit数に依存する最小ノイズフロアが原理的に存在します。ノイズフロアより小さい信号はフロアに埋もれてしまうため、そのデータ収集システムで正確に捕捉することができません。

Note#1:ノイズレベルはFFTの振幅を元にして計算されるため、その値はFFTの周波数分解能に大きく影響を受けます。指標測定(計算)時の周波数分解能が統一されているとは限らないため、より信頼できる手法として、単なるFFT振幅ではなくパワースペクトル密度(PSD)を利用することがあります。PSDを用いた評価手法は、FFT計算における周波数分解能の違いを補償することができるため、ノイズフロアを比較評価する際により信頼性の高い方法と言えます。この手法に関しては、今後の技術資料で改めて取り上げられる予定です。

Note #2:ノイズフロアは周波数成分の最大値ではなく、RMSで定義される事の多い指標です。

Note#3:Figure1に示したノイズフロアの模式図は理想化されたもので、実際のフロア形状とは大きく異なります。実際の測定結果においては、通常、AD変換器の電気的な特性によって低周波数領域に1/fノイズスロープが現れます。一方、高周波数領域では、通常正のfスロープが見られます。こちらは、シグマデルタAD変換器の次数に由来する特性です。これらの影響があるために、評価する事のできる周波数領域には上限も下限も存在する事に注意が必要です。

Note#4:実際には、ノイズフロアは入力チャンネルを抵抗で短絡する事で測定されます。使用する抵抗値が明確に定義されていない場合もありますが、使用する抵抗値が異なると熱雑音の寄与が変わることになります。

■Signal to noise ratio(SNR)
SNRは本来の入力信号が持つパワーと、ノイズパワーの比として定義されます。もしくは等価な計算として、信号振幅とノイズ振幅のRMSの比を用いる場合もあります。このとき対象とするノイズとは、DC成分、基本周波数成分、スプリアスピーク、高調波成分を除外したノイズスペクトラムです。

Note#5:SNRに限らずその他の指標の測定に関しても、多くの場合、基準信号の振幅は入力レンジの90%が使用されます。これはクリッピングを防ぐためですが、入力レンジの100%やそれ以外の振幅値を採用しているケースも見られます。

■Total harmonic distortion(THD)
高調波成分の和を取り、基本周波数成分に対する比率を取ったものがTHDです。極端にTHDが高い場合は信号がクリッピングされている可能性があります。また、多くの場合、シグマデルタAD変換の非線形性を評価する尺度として使用されます。

Note#6:メーカーによっては、何倍(次)の高調波までの和を取るのかが異なる場合があります。一般には、5倍か6倍までの高調波成分に関して和が取られますが、周波数帯域内すべての高調波が考慮されるケースも見られます。

■Signal to noise and distortion(SINAD)
SINADはノイズと歪み(高調波成分)の合計パワーに対する、ノイズ、歪み、基本周波数成分の合計パワーの比として定義されます。従って、定義上、この比率は1より小さくなることはありません。
主にはTHDと組み合わせてノイズレベルを評価する際に利用されます。

■Spurious free dynamic range(SFDR)
SFDRは、DC成分も含めた中で最も大きなスプリアスピークのパワーと、基本周波数成分のパワーとの比として定義されます。SFDRは本来の入力信号なのか、スプリアスなのかを判別する事のできる最小の信号を表すと考える事ができます。

Note#7:最大ピークを決定するとき、高調波も含めて考えるケースと、高調波を含めずに考えるケースの両方が見られます。

■雑記
Note#8 実際の測定においては、基本周波数やその高調波成分が単一の周波数ラインのみに現れることはほとんどありません。ピーク幅は広がり、振幅値も本来の信号とは異なる値を示します。しかし、そのような結果においても、ピークが広がった範囲のパワー総和をとれば、本来の振幅によるパワーと一致するはずと考えられます。そのため、ピークのパワーを計算する際は、対象周波数だけで無く、隣り合う複数の周波数ラインが考慮されます。

Note#9:基本周波数の振幅を基準とした比(dBc)の代わりに、機器のフルスケール入力レンジを基準にした比(dBFS)が利用されることもあります。

Note#10:ここで紹介したパラメーター以外にも、測定機器の性能を示す様々なパラメーターが利用されています。例えば、フラットネスや、有効ビット数(ENOB)などです。

Note#11:ここで説明したパラメーターは全て周波数分析から計算されています。一方で、本稿では説明しておりませんが、時間領域に関するパラメーターもあり、周波数領域のパラメーターとは違った観点から信号の品質を考える上で利用されることがあります。

■最後に
ここで説明したパラメーターは、メーカー毎に異なる定義で使用されている可能性があります。従って、異なるメーカーの製品について性能を比較する際は、特に注意が必要になります。
本稿の注記(Note#1 ~ 11)では、その中でも良く見られる定義の違いについて補足しています。

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