【 コラム / 野崎隆行 博士、山本竜也博士 】(2)電圧制御型磁気抵抗効果ランダムアクセスメモリ(VC-MRAM)開発に向けた物性評価技術(2)

半導体業界におけるSDGsの取り組みの一つとしてIT機器の更なる低消費電力化のために電力を消費せずに情報維持が可能な不揮発性メモリの開発が進められています。その技術の一つである磁気抵抗効果を用いたメモリ(MRAM)において消費電力の低減が可能なことで期待を集めている電圧制御方式(VC-MRAM)について、研究・開発を行われている国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)新原理コンピューティング研究センターの研究チーム長 野崎隆行博士と研究員 山本竜也博士にご研究と評価技術について詳しくお話をうかがいました。
*ご所属・肩書は取材当時のものです。

向かって左:野崎隆行博士 向かって右:山本竜也博士

野崎隆行博士:電気測定を利用した電圧磁気異方性制御効果の評価

目次

Chapter1:電圧磁気異方性制御(VCMA)効果の電気的評価

--どのように電圧磁気異方性制御(VCMA)効果を電気的に評価されていますでしょうか。

産総研の強みの一つとして、湯浅センター長の磁気トンネル接合(MTJ)素子の開発の頃からの技術により、非常にきれいな単結晶(エピタキシャル)膜を作ることができます。
左図は実際に作製したCr buffer上の超薄膜Feの例ですが、膜厚は0.6 nmと原子数でいうと5原子層以下の超薄膜になっています。このような超薄膜でもきれいに作製すると磁性を保ち、VCMA効果が発現するとともに、それをMR効果を通して電気的に評価することが可能となります。

高VCMA効率化を目指した材料開発でその評価法を利用した例をご紹介します。この画像は物質・材料研究機構が所有する装置で観察されたもので、MTJ素子の結晶構造を原子レベルで解析することができます。私たちは先程のCr buffer層上のFe超薄膜中にIr(イリジウム、大きなスピン軌道相互作用を持つ材料)を分散させると非常に大きい電圧効果が得られることを見出しました。(右図参照)。
この時はFeに対して数%のIrをドープしました。このような材料系のVCMA特性を評価するのに私たちが使用しているのが、トンネル磁気抵抗(TMR)効果を介して磁化過程を評価する電気的な測定手法です。

振動試料型磁力計(VSM。(3)で解説)や超電導量子干渉素子(SQUID)といった測定手法を使用して磁気特性を評価するのは最初の材料スクリーニングとして標準的に行っていますが、1ナノを切るような超薄膜の磁化過程を精度高く評価することは非常に困難となります。
一方、TMR効果を使った電気的な磁化過程評価はS/N比が非常に高いため、エラーバーの小さいVCMA効率評価が可能であり、MTJデバイス化できる材料系に関してはTMR効果で磁化過程を評価しています。

●参考文献
T. Nozaki et al. NPG Asia Mater. 9, e451 (2017)
https://doi.org/10.1038/am.2017204

TMR効果による磁化過程測定をご説明します。
VCMA評価用には、通常のメモリ素子と異なって、電圧制御層(図中イラスト下側の磁性層)は垂直磁化膜、参照層は面内磁化膜となっている90度磁化配置型のMTJを用います。この素子に対して面内に徐々に磁界を印加すると、電圧制御層の磁化だけが面内方向に徐々に向いていきます。最初面直方向だった磁化が完全に面内方向に向くと磁化が上層と下層で平行になるので、この過程で磁気抵抗が徐々に下がります。この飽和するまでの磁界は、電圧制御層の磁化がどれだけ強く垂直に向きたがっているか(=垂直磁気異方性)を反映しています。
様々な電圧強度で同様の測定を行うと、飽和磁界の大きさが明瞭に変化していることが分かります。例えば青で示した+の電圧をかけたときは、より小さい磁界で面内方向に向くので垂直磁気異方性が弱くなっているのに対し、赤で示した-の電圧をかけたときは、より大きな磁界の印加を必要としているので、垂直磁気異方性が強くなっていることを意味します。この変わり方でVCMA効果がどれぐらいあるかを評価することができます。
この実験は電磁石で磁界を印加しながら、二端子抵抗測定を行うことで簡便に行えます。MTJの場合はそれほど大きな素子抵抗とはなりませんが、TMR効果が出ない材料系でVCMA効果を評価する場合には磁気光学効果を用いることもあります。その場合は素子サイズが大きくなってしまうためMTJ素子よりも非常に厚いトンネル障壁層(絶縁層)を必要とし、素子抵抗が1MΩ以上と非常に高くなる場合もあります。
このような高抵抗素子の精密な抵抗測定では電流測定分解能として10fA程度、印加最大電圧として100Vなどが計測機器への要求仕様になります。
電磁石への要求仕様として、将来的に大きな垂直磁気異方性を有する材料設計を進めていく上では出来るだけ大きな磁界が欲しいところです。通常の電磁石は例えば1cm角の試料に対して2.5~3T程度が限界となります。我々が使用している測定系では超伝導電磁石を用いているため最大6Tが発生できます。この超伝導電磁石はこれまで欠点とされてきた遅い磁場スイープ速度が改善され、電磁石と同じ感覚で測定が可能となっている点が優れています。

Chapter2:より精密なVCMA効果の評価

--VCMA効果を改善する上で注目しているその他の評価手法などはありますでしょうか。

VCMA効果は界面効果ですので、どれだけクリーンな界面が形成できているかを知ることも非常に重要となります。
例えばこの実験では、超薄膜磁性体層の上に厚み勾配がある非磁性の極薄MgAl層を挿入し、そこに酸素を照射したMTJ素子を作製しました。MgAlが酸化されて追加のトンネル障壁層となる訳ですが、MgAlの膜厚によってその酸化状態が変わってきます。例えばMgAl層が薄すぎると過酸化状態となって下の磁性体層まで酸化されてしまいますし、厚すぎれば未酸化状態のMgAlが残ってしまいます。このような酸化状態が垂直磁気異方性やVCMA効率にどのような影響を与えるかを調べています。右図のグラフのような結果になり垂直磁気異方性はあるMgAl膜厚で最大値を取ることが分かりました。これは過酸化でも未酸化でもない最も理想的な界面酸化状態になっていると考えられます。一方、VCMA効果はそれよりも薄いMgAl膜厚でより大きくなることが分かりました。これは若干過酸化状態でVCMA特性が大きくなる可能性を示唆しています。このような界面酸化状態を電気的に評価する手法の1つとしてトンネル分光法があります。

●参考文献
T. Nozaki et al. APL Mater. 10, 081103 (2022)
https://doi.org/10.1063/5.0099549

トンネル分光法ではMTJ素子の微分コンダクタンスを測定します。これによりフェルミ準位付近の電子状態の情報を電気的に精密に測定できます。通常のI/V測定では電子状態を反映した傾きの変化が非常にわかりにくいのですが、微分コンダクタンス(dI/dV)で測定するとステップ状の信号として見えてくるのではっきりと捕らえることができます。更に2回微分(d2I/dV2)で測定するとピークとして現れるためより分かりやすくなります。この方法によってどのような電子状態がトンネル過程を支配しているかを知ることができます。
最近導入した機器では、これらの機能を持つモジュールを多彩に組み合わせて様々な物性測定回路を1台で構築できます。このような機器ではモジュール-サンプル間の信号ケーブル数や長さを削減できるため、より寄生成分を抑制した測定が行うことができました。また(dI/dV)の他に(d2I/dV2)などのより高次の微分係数を同時に測定することもできます。

このような機器による微分コンダクタンスの実際の測定例をご紹介します。先程のMgAlを挿入して作ったデバイスで微分コンダクタンス(dI/dV)がMgAlの厚みでどのように異なるかを比較してみました。赤の負バイアス側が過酸化状態にある界面の電子状態を反映していますが、他の酸化状態と比較してコンダクタンス特性が変わっているのが明確に測定できました。これによって界面の電子状態がよく分かるようになります。先に紹介したようにこの素子では少し過酸化気味の方が電圧効果が大きくなる傾向が見られていたのですが、微分コンダクタンスの評価結果と合わせることによりVCMA特性にとって理想的な界面状態を議論し、次の材料設計にフィードバックすることができます。

●参考文献
T. Nozaki et al. APL Mater. 10, 081103 (2022)
https://doi.org/10.1063/5.0099549

Chapter3:今後の研究展開について

--今後のご研究の展開についてご紹介いただけませんでしょうか。

量産化を目指した研究になっていくと思っています。VC-MRAM量産化技術確立のために産総研では300mmウェハ対応のスパッタ成膜装置、加工プロセス装置を導入しました。今回ご紹介した成果の多くは単結晶基板上に作製したエピタキシャルMTJで、量産化時には採用しにくい分子線エピタクシー法で成膜しています。この方法では1日に1~2枚程度の試料しか作製できませんが、非常に高品質な試料を作製できるため、基礎物性評価には適しています。このエピタキシャルMTJは高性能なVCMA特性を示しますが、現在のところ量産向けの多結晶MTJでは大きなVCMA特性が実現できていません。基礎研究プロセスと量産プロセス両方の実験環境が充実しているのが産総研の特徴でもあり、その橋渡しが責務ですので、今後は基礎研究で蓄積してきた知見を量産プロセスに技術移管し、実際にメモリ素子に適用可能な量産用MTJデバイスの特性向上を目指していく予定です。

● 取材協力

国立研究開発法人産業技術総合研究所 新原理コンピューティング研究センター
不揮発メモリチーム チーム長  野崎 隆行 博士

※ 所属・肩書は取材当時のものです

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株式会社東陽テクニカ 理化学計測部