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経時変化するインピーダンスを適切に評価 3Dインピーダンス法の紹介

株式会社東陽テクニカ 開発部 古川 直人

本記事の内容は、発行日現在の情報です。
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目次
  1. 電気化学インピーダンス法(EIS)
  2. 3Dインピーダンス法(In-situ EIS)
  3. 補間の式
  4. In-situ EISの適用例
  5. In-situ EISの利点
  6. おわりに

モバイルデバイスや電気自動車などのエコカーの発展に伴い、電池の重要性は一層増しており、高性能化に向けた研究開発が世界中で盛んに行われています。電池の高性能化のためには、電極界面反応を始めとする電池の内部現象を定量的に評価する必要があります。その評価手法の一つとして電気化学インピーダンス法(EIS)があります。しかし、反応を伴う充放電過程のような過渡現象においては不変性を満たさず、EISの適用が難しい場合もあります。そのような場合でも、「3Dインピーダンス法」(In-situ EIS)を用いることで、不変性を持たないインピーダンス(電流の流れにくさを数値化したもの。電圧と電流の比)から、ある時刻における瞬間のインピーダンスを決定することができます。EISの適用の幅が広がるため、さまざまな応用が期待されています。

電気化学インピーダンス法(EIS)

EISは、電池の酸化還元反応や各種金属の腐食・溶解機構など、電気化学反応の検討に有効な手法です。EISを用いて解析を行うためには“因果性”、“線形性”、“不変性”の3条件を満たす必要があります。

周波数応答アナライザ(FRA)を使用した測定では、測定対象周波数のAC信号を被測定対象(DUT)に印加し、測定された応答信号からインピーダンスを算出します。インピーダンスの算出は、周波数を変えながら繰り返し行います(ここでは、上記手順で測定した一連のインピーダンスのデータを「インピーダンスデータ」と呼びます)。対象となる現象を等価回路にモデリングし、得られたインピーダンスデータへフィッティングすることで、電極の反応素過程を定量的に解析することができます。

EISでは周波数を変化させながら測定を繰り返し行うため、周波数範囲が広ければそれだけ時間がかかります。測定中にDUTの特性が変化すると不変性を満たさないため、EISによる評価が難しいケースがあります。

3Dインピーダンス法(In-situ EIS)

In-situ EISは、得られたインピーダンスデータが不変性を満たさない場合でも瞬間のインピーダンスを決定する手法です。例として電池の放電現象に対してIn-situ EISを適用する場合を考えます。この場合、ポテンショガルバノスタット(P/G Stat.)を用いて放電を行うと同時に微小なAC信号を重畳して、インピーダンス測定を繰り返し行います。この際に、インピーダンスデータの全てのポイントに測定を行った時刻の情報を付加します。

次に、インピーダンスの複素平面に時間軸を追加した3Dナイキストプロットに放電中の全てのインピーダンスをプロットします(図1-(a))。その後、複数あるインピーダンスデータ間の同一の測定周波数毎に、各インピーダンスを、スプライン関数などの適当な関数を用いて補間します。この処理を全ての周波数に対して行い、時間軸に対して垂直な平面を考えると曲線と平面の交点が複数得られます(図1-(b))。この交点の集合をその時刻の瞬間のインピーダンスとします(図1-(c))。

図1:In-situ EIS (参考文献1より引用)

補間の式

補間に用いる関数にはさまざまなものが考えられます。ここでは参考文献2に示されている張力付加スプラインを紹介します。

In-situ EISにおいては(1)~(3)式中のx、yがそれぞれインピーダンスの実数成分と虚数成分に、zが時間に対応します。z(1)<z(2)<z<z(3)<z(4)という位置関係を想定しています。(1)~(3)式中の係数t1~t4は(4)~(7)式により求められます。cは曲線の形に関する定数で、c = 0.5とします。uは媒介変数で、0から1の範囲で変化させることでx(2)、y(2)、z(2)からx(3)、y(3)、z(3)の間が曲線で補間されます。なお、特定の時刻zにおけるインピーダンスが必要な場合は、とし、(1)、(2)式を計算することで求められます。

In-situ EISの適用例

BioLogic(バイオロジック)社製のP/G Stat.を用いて、リチウムイオン電池を0.5C(2時間で完全放電する放電速度)で定電流放電させながら、100kHz~0.1Hzの周波数範囲で繰り返しインピーダンス測定を行った例を示します。1回のインピーダンス測定にかかった時間は約170秒です。放電終了間際の4サイクル分測定時のDC電流・電圧の時間変化を図2に示します。放電をしながらインピーダンス測定を行っているため、各サイクルの測定の最中にもDC電圧が低下しています。このことから各サイクルのインピーダンス測定において不変性を満たしていないことが推察されます。

図2:DCグラフ

各サイクルの測定で得られたインピーダンスを確認すると、放電が進むにつれて低周波域のインピーダンスが大きくなっていることが分かります(図3)。

図3:不変性を持たない実測インピーダンス

In-situ EISを行い瞬間のインピーダンスを求めた結果が図4です。水色が実測インピーダンス、黄色が計算で求めた瞬間のインピーダンスです(100秒毎)。

図4:放電終了間際の3Dナイキストプロット

時間の影響を見やすくするため、図5に横軸:時間軸、縦軸:インピーダンス実部となるように描いたグラフを示します。各サイクルの右下部が間延びしており、低周波の測定に大部分の時間を消費していたことがわかります。

図5:3Dナイキストプロットの俯瞰図

最後に、より細かい間隔で瞬間のインピーダンスを算出し、図3の③のサイクルの測定開始時と測定終了時の瞬間インピーダンスを求めました。図6に結果を示します。破線が実測インピーダンス、実線が当社ソフトウェアで解析した瞬間のインピーダンスです。本例のように、実測インピーダンスが不変性を満たさない場合、瞬間のインピーダンスに対して形状が歪んでしまいます。図6中の③(青)の例においては、一見すると拡散のインピーダンスのように見えていた低周波側の最後の立ち上がりは、実は③の測定開始(灰色)から測定終了(茶色)までの間に瞬間のインピーダンスの円弧の大きさが変化したことによって錯覚的に見えていたものであったことが推定できます。このように、実測インピーダンスをそのまま解析に用いると誤った結論につながってしまう場合があることが懸念されます。In-situ EISを用いることで、より正確な解析を行うことができると考えられます。

図6:瞬間のインピーダンスと実測インピーダンスの比較

In-situ EISの利点

電池の充放電測定において、従来のEISでは、不変性を満たさない測定となることを避けるため、充電レベル(SOC)が変わるたびに充放電を止めて、平衡状態となるのを待ってから測定を行っていました。そのため測定を行うSOCの数だけ待機時間が必要となり、一つのDUTの測定に長い時間がかかっていました。また、実稼働状態とは異なる状態での評価となっている点も課題でした。In-situ EISを適用することで、実稼働状態で測定を行い、後から任意の瞬間のインピーダンスを算出することができます。これにより従来のEISが抱えていた課題を解決できます。

おわりに

In-situ EISは、二次電池の分析だけでなく、状態が変化していくケースのインピーダンスを評価する場合に幅広く適用できます。例としては鋼板の腐食速度の定量化や、燃料電池の発電時の解析などにも有用と考えられます。

当社ではIn-situ EISを支援する自社開発ソフトウェア(Z-3D-Analysis)を販売しています。
https://www.toyo.co.jp/material/products/detail/Z-3D.html

参考文献:
1. 時間情報を保持したインピーダンス測定法の各種材料解析への適用方法についての最新動向、星 芳直、ほか、Electrochemistry、84(11)、2016、pp892-pp898
2. 時間安定性を持たない電極反応の電気化学的インピーダンス決定法、板垣 昌幸、ほか、Electrochemistry、68(7)、2000、pp596-pp601

著者紹介

株式会社東陽テクニカ 開発部

古川 直人

2019年、東陽テクニカに入社。インピーダンス解析支援を目的としたソフトウェアをはじめとする自社ソフトウェアの開発に従事。

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