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中立的な交通事故解決に向けて
迅速・正確な撮影で効率的に現場を図化

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係 係長  广瀨浩毅氏

本記事の内容は、発行日現在の情報です。
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目次
  1. 事故の状況を頭の中で具体化、中立的な立場から事案の解明を
  2. 交通の流れを止めずに撮影できるMMS導入のメリット
  3. 不幸な交通事故が一つでもなくなるよう私たちができること

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係 係長 廣 瀨 浩毅氏 写真

東京都内の交通事故の現場へ日々出動している、警視庁交通部交通捜査課。なかでも交通鑑識第三係は、事故現場の見取図を作成する部隊です。見取図は、主に死亡事故や危険運転事案などの重大事件を立件するにあたり必要となるものです。

現場の見取図を作成する際には、事故現場の騒然とした中での冷静でかつ素早い計測が求められます。交通事故は公共の場である道路上で起きているため、1秒でも早く交通規制を解除し、正常な状態に戻さなければならないからです。

そんな事故現場の見取図を作成するのに活用されているのが、モービル(モバイル)マッピングシステム(以下、MMS)です。MMSとは車両搭載型の三次元計測装置で、全天球カメラや三次元レーザー計測器など複数の計測機器を組み合わせ、道路面や道路周辺の三次元座標データと連続映像を取得します。

今回は、東陽テクニカ取り扱いのMMS(株式会社岩根研究所製「オルソV」)を採用している、警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係の係長である广瀨浩毅氏に、警視庁交通部交通捜査課の業務内容、また「オルソV」の採用に至った経緯などをお聞きしました。

警視庁 看板

警視庁提供

【インタビュアー】
川内正彦
(株式会社東陽テクニカ 執行役員 情報通信システムソリューション部統括部長)

事故の状況を頭の中で具体化、中立的な立場から事案の解明を

交通捜査課 腕章

警視庁交通部交通捜査課の役割について教えていただけますか。

交通捜査課は、警視庁交通部の一組織であり、主に交通事故を担当しています。都内で発生する交通人身事故やひき逃げ事件、危険運転事案、当たり屋と言われる車を使った保険金詐欺事件、さらに道路を占拠してライブを行うといった道路不正使用など、道路交通に起因する事故事件の捜査を担当しています。また白タクや白バスといったような、白ナンバーで営業行為をしている事案や不正車検なども担当しています。

事故が起こると管轄警察署の交通課員が臨場して捜査に当たりますが、特に事故当事者が亡くなったり、大きな怪我をしたり、捜査の難しい交通事故事件が発生した場合には、管轄警察署と協力して捜査に当たります。交通捜査課は、島しょ部も含めて都内全域を担当しています。

交通鑑識第三係の業務について教えてください。

交通捜査課には交通事故現場の鑑識活動を行う交通鑑識係があり、その中に我々が所属している「交通鑑識第三係」があります。

第一係は都内23区、第二係は多摩地区において、現場の写真撮影や、現場の痕跡(例えばガラスのかけらなど)を探す業務を行います。

そして第三係は都内全域において、捜査に必要な現場図面の作成を行います。交通死亡事故や危険運転致死傷事件などが発生した場合には、立件するにあたり、道路形状や横断歩道、停止線の位置、信号機の設置状況などを正確に表した現場見取図を作成する必要があります。係員の専門技術や経験と合わせて、保有しているさまざまな機材を活用し、製図作業を行っています。第三係には私を含めて5名のメンバーが所属しています。

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係の皆さん(中央が廣瀨浩毅氏)

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係の皆さん(中央が广瀨浩毅氏)

なお、警視庁における職種は警察官以外にも警察行政職である警察署の一般事務や自動車整備士、通訳などさまざまありますが、その中に我々のような「交通技術職」という職種があります。主に交通渋滞対策や事故防止など交通規制業務を執り行う仕事で、警視庁独自の方法で採用します。私自身は、学生時代に土木工学科で交通工学を専攻しており、道路交通規制業務に携わりたいとの思いから、警視庁を目指しました。

交通鑑識第三係の業務の意義や、やりがいを教えてください。

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係係長 廣瀨浩毅氏

交通事故事件の場合、普通の生活を送っている人が不注意(過失)によって交通事故を起こしてしまったり、巻き込まれてしまったり、という不幸な事案が多くあります。

その過失を認定するため、現場に残されたわずかな痕跡、付近の防犯カメラやドライブレコーダーなどの客観的証拠、事故当事者や目撃者などの供述を全て勘案し、その場所で起こった事故の状況を頭の中で具体化し、中立的な立場から事案の解明を図ります。

道路形状や横断歩道、停止線、信号機の位置関係も過失の認定に重要な要素となるので、それらを詳細に計測し、どの位置から相手の車を認識できるかなど、見通しの状況を図上に表現しなければなりません。交通裁判を行うときに事故現場の見通しは重要で、例えば右折の事故のときに直進がどこまで見えるのかというのは、図面でなければわかりません。裁判で公判を維持するためには、正確な図面が必要です。正確な図面があることで、被害者も被疑者もどれくらいの過失なのかが証明されますし、事故の関係者が真実を正しく理解して、平等に解決する糸口になります。

また、交通鑑識が臨場するような社会的に耳目を集める事案では、多数の報道陣と野次馬などでごった返し、騒然とした中での作業となります。加えて、雨が降っている状況、夜中で灯りが全くない場所など、環境が必ずしも良いとは言えません。どのような場合であっても冷静さを保ち細かな痕跡を精査しながらも、1秒でも早く交通規制を解除するという相反する要求に応えなければなりません。そこが、交通鑑識活動の難しさであると同時に大きなやりがいでもあります。

交通の流れを止めずに撮影できるMMS導入のメリット

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係係長 廣瀨浩毅氏

現場ではどのようなことをされているのですか。

現場では先着した交通鑑識係員が路面に印象されたスリップ痕などの痕跡位置の確認、車両損傷状況などから事故の大まかな事故態様を特定します。我々は、警察署屋上などの安全で上空視界が開けている場所に独自基準局1)を設置し、それから現場に向かいます。この独自基準局はGPS(米国)、GLONASS(ロシア)、BeiDou(中国)を含む複数の衛星測位システムも捕捉します。これにより現場での観測衛星数が増え、精度向上に役立ちます。

1)公共の基準局(電子基準点など)は日本全国(島しょ部含む)に存在するが、精度のさらなる向上を目的として独自で基準局を設置し、利用する方法がある。GNSS(衛星測位システムの総称)計測は基準局と移動局が近くにある方が計算上有利となり、精度向上が望める。

警察署屋上に設置した独自基準局(警視庁提供)

警察署屋上に設置した独自基準局(警視庁提供)

その後、現場では車載のGNSS測定値から衛星状況を確認した後、「オルソV」を搭載した車で走行しながら現場を撮影することで、道路面や道路周辺の三次元座標データと連続映像を取得します。撮影終了後、各データを基に専用ソフトにて車両軌跡解析、画像解析処理を行い、製図します。現場でかかる時間は早くて1時間、長くても3時間程度です。

車両に搭載された「オルソV」(警視庁提供)

車両に搭載された「オルソV」(警視庁提供)

なお、現場での作業のおよそ8割はこの流れとなりますが、トンネルの中や高速道路の下などGPSで位置情報が取得できないような所に関しては、トータルステーション測量機を用いて現地で基準点測量(相対座標の取得)を行い、その後、「オルソV」にて撮影します2)

2)「オルソV」は相対座標でも利用可能。

トータルステーション測量機で基準点測量を行う様子(警視庁提供)

トータルステーション測量機で基準点測量を行う様子(警視庁提供)

MMSを利用するシーンについて具体的に教えてください。

都内では年間約3万件の交通人身事故が起きていますが、そのすべてのケースでMMSを使用するわけではありません。主に死亡事故や重傷事故など、被害程度が大きい事案やひき逃げ事件、暴走事故、危険運転事案などのMMSを使用しなければ状況を解明できない場合に活用しています。

MMSは、周辺車両と同等の速度で走行しながら現場を撮影できる、ということが非常に重要なポイントです。実際にMMSを利用する際は、一般道でだいたい時速40km、首都高では60kmと、法定速度の上限くらいで走行して撮影します。交通の流れを止めずに撮影できるのがメリットですね。また、事故多発路線についてはあらかじめ撮影しておき、事故が起きたときにその現場だけ図化をするといった業務省力化にも貢献しています。

また、「オルソV」は交通事故以外で、横断歩道や道路標示の劣化状況調査などにも活用できます。人が斜めから見てもなかなかわからない道路状況などもオルソ画像では真上から確認することができるので、例えば、白線のかすれ状況なども一目瞭然です。

「オルソV」搭載車両で計測している様子(警視庁提供)

「オルソV」搭載車両で計測している様子(警視庁提供)

MMSを導入する前に利用していた機材について教えてください。

1960年代から70年代に全国警察に「ステレオカメラ」という地上写真を使用した図化システムを導入しており、当庁でも導入しています。このシステムは、約1m基線長のデジタルカメラで同時に撮影した写真データを、立体図化機という写真を立体視して地図を作成するシステムで、現在も使用しています。システムが簡単なことと小雨程度であれば撮れることがメリットで、鑑識活動には向いている機材です。

ステレオカメラで撮影する様子(警視庁提供)

ステレオカメラで撮影する様子(警視庁提供)

また、1998年から空中写真を活用した図化システムも導入しています。ヘリコプターでおよそ上空600mの高さまで上がり、専用のカメラを使って交差点や高速道路などを鉛直下向きに撮影し、それを基に図化します。これは警視庁のみ導入しているシステムです。地上撮影では時間がかかり、周辺交通に多大な影響をもたらすような大きな交差点の図化や、長大な範囲の図面が必要な場合に活用しています。

MMSの導入や「オルソV」を採用した経緯を教えてください。

従来使用していたステレオカメラは高精度であることが長所ですが、およそ5m間隔で静止画を撮影する必要があるため、撮影作業に時間がかかります。また、図化作業に関しても立体視の訓練が必要であるため、少なくとも3カ月は訓練をしなければまともな図面が書けません。撮影と図化双方の負担が大きいことが長年の問題でした。そのため、現場を走りながら撮影できるMMSに魅力を感じ、導入を検討しました。

私が2008年頃にMMSを探していたときは、地図情報レベル5003)のものが多く、1/500の図面を作ることがメインのシステムでした。しかし交通事故では図面縮尺が1/200という特殊な縮尺なので、当時は精度を保証するものがありませんでした。さまざまなMMSを検討した結果、地図情報レベル200が可能な「オルソV」を採用しました。

3)地図情報レベルとは、数値地形図などのデジタル化された地図の表現精度を表すもので、アナログの地図の縮尺の概念と同じ。地図情報レベル500とは、アナログ地図で縮尺500分の1のレベルに相当する。

多くの開発業者がMMSを販売していますが、そのほとんどが点群データを中心としたシステム構成です。点群データは三次元的に道路を計測したり、シミュレーションを作成したりする作業には適していますが、点群同士の間隔が開いているところがあり、我々の主な業務である平面図作成には向いていません。「オルソV」は、撮影で取得した三次元映像から処理を行うことで精度の高いオルソ画像を生成するため、図化が非常に容易であるということも導入のきっかけとなりました。東京都を中心にDX化を進めていますが、MMSもデジタルデータを活用して作業の効率化を図るという点でDXの側面もあります。

さらに「使いこなせるかどうか」も重要な要素でした。我々も専門家ではないので、高価なシステムを導入しても結局は使えないということもありえます。そのため我々のレベルで使いこなせて、なおかつメリットが非常に大きいというのも導入のきっかけになります。

不幸な交通事故が一つでもなくなるよう私たちができること

MMSを導入し、向上した技術などがありましたら教えてください。

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係係長 廣瀨浩毅氏

MMS導入後の一番のメリットは、現場での計測時間の短縮です。短時間で計測ができるため、周辺交通に与える影響を最小限に抑えることができ、交通規制に当たる警察官の負担も軽減されました。特に高速道路などのあおり運転や危険運転の場合には、故意性を立証するため、実況見分を行う範囲が数kmに及ぶこともあり計測は大きな負担でしたが、MMS導入によりそれが軽減されました。また、本システムは夜間撮影用照明が装備されており、夜間やトンネル内の事故にも対応できるようになりました。

また、車が歩道や店舗などに突っ込むという事故が頻繁に起こります。従来のステレオカメラは車が入れないところでは使えなかったのですが、今回のMMSは機器を車両からカート(台車)へ付け替えて利用することができるので、その点でも有用性が高いと考えています。

最近では2023年7月に改正道路交通法が施行され、電動キックボードの規制が緩和されました。今後、電動キックボードなどの特定小型原動機付自転車などが増えると思われるので、それにともなう事故の発生も懸念されます。我々はカート式のMMSを持っているので、どんな事案でも対応できるのは安心できますね。

「こんな技術があれば、交通事故事件捜査に活かせる」といったものがあれば教えてください。

まず一つ目にドライブレコーダーや防犯カメラなどの映像の解析ですね。多くの車にドライブレコーダーが設置されるようになり、事故を起こしたときに事故状況が記録されることで、当事者の記憶や供述のみに頼ることなく事実関係の認定ができるようになっています。

しかし、ドライブレコーダーを解析し、事故当時の車両位置などを正確に特定するには、現状では実際の現場に車両を置いて検証する必要があります。検証は道路を封鎖しての作業になりますが、幹線道路の場合はドライブレコーダーや防犯カメラの解析に何時間もかかります。これを三次元的に解析し、現場に車両を置かずに状況を判別できるシステムがあると大きな省力化になります。

そして二つ目はAIの活用による自動トレースです。現在、「オルソV」では道路標識、信号、街路灯などの自動認識はできますが、道路形状や横断歩道などの道路標示については自動で認識できませんので、人間が判断しています。これが自動で図化できると大変助かります。

読者に対し、メッセージをお願いします。

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係係長 廣瀨浩毅氏

日々、当たり前のように報道されている交通事故は決して他人事ではなく、ひとたびハンドルを握ればいつでも誰もが、加害者にも被害者にもなり得ます。交通事故は一瞬で被害者やその家族を不幸にしてしまいます。突然、愛する家族を失う悲しさは想像に難くないと思います。

我々は事故が起きた後に仕事をすることになりますが、警察署に行くと被害者の方や遺族の方とお会いすることもあります。怪我をして痛い思いをしたり、家族が亡くなって不幸になる交通事故が一件でもなくなるようにと考えています。

一方、加害者は刑事責任、民事責任、行政責任の三つの責任に問われることになります。加害者もまた普段は頼れる父や、優しい母であるはずなのに、逮捕され、人生を狂わせてしまう場面に何度も立ち会いました。その中には防げたはずの事故もたくさんあったはずです。ちょっとした不注意や慣れがもたらす結果は重大であることを改めて認識していただき、ご自身も周りの方々にも交通安全について今一度初心に戻って、安全運転に努めていただきたいと思います。安全で安心な交通社会づくりにご協力をお願いします。

プロフィール

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係係長 廣瀨浩毅氏 写真

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係
係長

广瀨 浩毅氏

1995年、一般職員(現警察行政職員)交通技術職として警視庁に入庁。
交通捜査課(図化室)に配属以降、交通鑑識係において交通事故事件の現場見取図作成に従事。
庁内唯一の測量専門部署として交通部門に限らず、部門の垣根を超え数々の事件事故現場の測量、製図作業を行い、事件解決に貢献している。

事業紹介