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東陽テクニカ製 微生物1細胞ゲノム解析用「AGM™試薬キット」

株式会社東陽テクニカ ワン・テクノロジーズ・カンパニー インキュベーションユニット 課長 小森 研治

本記事の内容は、発行日現在の情報です。
製品名や組織名など最新情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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目次
  1. はじめに
  2. AGMとは -1細胞ゲノム解析に貢献
  3. 「AGM™試薬キット」の特長
  4. 「AGM™試薬キット」開発にかける想い -開発者のコメント
  5. AGM関連記事のご紹介

タイトル画像

はじめに

東陽テクニカは2023年1月に「AGM™ (アガロースゲル・マイクロカプセル)試薬キット」の販売を開始いたします。これは、自社開発製品の企画、製造を手掛ける社内カンパニー「ワン・テクノロジーズ・カンパニー」のインキュベーションユニットが開発し、自社製品としてリリースするもので、国立研究開発法人理化学研究所(理研)の青木弘良氏の技術を具体的に商品化したものです。バイオサイエンスという当社にとって新たな分野に進出するきっかけにもなる製品ということもあり、東陽テクニカとして非常に大きな意味を込めた製品となっています。

本稿では、この最新製品「AGM™試薬キット」の概要と、開発担当者より、製品化に至るまでの話をご紹介します。

AGMとは -1細胞ゲノム解析に貢献

AGMは、理研 光量子工学研究センター 先端光学素子開発チームが発明した技術です。その名前の通りアガロース(寒天)成分でできた微小なカプセルで、この微小カプセルは、細胞一つだけを、内部での流動性を損なわないように水溶液とともに包埋することができます。このカプセルがゲノム解析、特に1細胞で全ゲノム解析を行う際の重要なツールとなり得ると期待されています。

図1:AGMイメージ

ゲノム解析の手法としては、メタゲノム解析という確立された技術が、広くそして長く使われてきており、これを補完する技術として1細胞ゲノム解析(シングルセルゲノミクス)は考案されました。そして、その名を冠した学会も存在するなど、以前にも増して浸透してきており、そのような状況下でAGMを研究者自身が自由に手軽に作製できる「AGM™試薬キット」を提供できることは、意義が大きいと感じています。

今回特に「AGM™試薬キット」の対象となっている微生物を研究される方のケースでは、一部の種以外はおおよそ培養ができず、検体量が多く取れないことが課題としてあげられています。1細胞ゲノム解析を行う場合、解析可能な量にまでDNAを増幅する必要がありますが、ゲノムの部位による増幅率の偏り(増幅バイアス)が生じると、全ゲノム解析が困難となります。この増幅バイアスを抑制し、ゲノム増幅の完全性を100%に近づけることが、1細胞ゲノム解析における重要な課題です。

この課題解決法を共同研究していた理研の研究チームが発明しました。それがAGMです。

図2:AGMに包埋された大腸菌1細胞とAGM内で増幅したDNA
実際に大腸菌を包埋して増幅した場合、従来法では約50%しか増幅されないゲノムを、90%以上増幅することができた(ゲノムカバー率90%)

「AGM™試薬キット」の特長

製品としての試薬キットには、アガロースのカプセルを作るためのプロトコルが添付されており、それを参照することで、半日もあれば細胞を包埋できます。通常の増幅法では極めて高額な装置を使って増幅に至りますが、「AGM™試薬キット」を使用すれば、基本的には多くの研究室が所有している機材のみでアガロースの生成作業は可能なため、非常にコストパフォーマンスの高い手法と言えます。

実際にプロトコルに載っている作業も、実験の経験年数に依存するような特殊技法は必要なく、攪拌や、遠心分離、混合、洗浄など、基本的な動作で終始するところは極めて大きな特長です。

図3:「AGM™試薬キット」

「AGM™試薬キット」開発にかける想い -開発者のコメント

ここからは、「AGM™試薬キット」開発チームのプロダクトマネジメントを担う、ワン・テクノロジーズ・カンパニー インキュベーションユニット シニア プロダクトマネージャ 佐々木浩人のコメントをご紹介します。

ワン・テクノロジーズ・カンパニー インキュベーションユニット
シニア プロダクトマネージャ 佐々木 浩人

大学時代は分析化学、特に電気化学分野を専攻。卒業後は医療検査装置のベンチャーで研究開発に従事。1999年、東陽テクニカに入社し、電気化学測定関連の装置企画、製品開発、技術営業に従事、中国での販売に向けて中国法人の立ち上げに携わる。2017年よりワン・テクノロジーズ・カンパニー所属。2019年より理研 客員技師。

「AGM™試薬キット」開発が決定するまで ~理研との出会い・社内承認~

私がワン・テクノロジーズ・カンパニーに異動したのは2017年で、その頃にバイオ系の新規事業プロジェクトの社内公募があり、応募したのがきっかけです。そのテーマは後に中止となりましたが、ご縁があって2019年より理研の山形氏、青木氏と共に研究を進めることとなり、その中で「AGM™ 試薬キット」開発の話が生まれました。

ワン・テクノロジーズ・カンパニーの中でも、「AGM™ 試薬キット」の開発は異色でした。計測機器でもなく、当社技術シーズも活かさず、販売チャネルも持ちません。それでも、この「AGM™ 試薬キット」によってこれまで敷居の高かった1細胞ゲノム研究の裾野を広げ、研究推進に貢献するのは非常に意義があり、ぜひ事業化を進めたいと考えました。理研や外部共同研究者の方にも協力していただき当社経営陣向けにプレゼンした結果、こちらの熱意が伝わって事業化の承認を得ることができました。当社の中期経営計画“TY2024”の「自社開発・新技術分野への投資」という事業戦略に合致していることもあり、期待を持って信じてもらえたのだと思います。

「AGM™試薬キット」の開発 ~社内外の“仲間”と共に~

開発は、理研の研究者と当社の開発担当者、そして当社の営業担当者も加わって一つのチームとして活動しています。それぞれ立場や背景などが少しずつ違い、同じ言葉でも捉え方が異なることもありますので、丁寧にコミュニケーションを取ることを心がけています。

開発作業は、基本的に理研の実験室で行っています。リモートワークはできませんが、現場で仲間と共に活動する喜びを強く感じながら仕事を進めています。また、「AGM™ 試薬キット」の試供品を使ってくださっているユーザーを訪問してデモ実験やヒアリングを行っていますが、分析に協力いただくことができてありがたいのはもちろん、外出してさまざまな方と交流するのは楽しいですね。

発売を控えて

とてもワクワクしています。また同時に、ここからがスタートだという想いもあります。今後は、販売地域の拡大(米国や欧州、アジア太平洋地域)、対象試料の拡大(微生物→ヒトを含む動物)、ハイスループット化(手動→自動化)を実現すべく、新たなパートナーも探してオープンイノベーションを加速させていきます。また、他のバイオサイエンス系のプロジェクトも同時進行しており、順次事業化していけるように頑張ります。この「AGM™ 試薬キット」を機にバイオサイエンス分野への展開を進めて、将来、当社の事業の柱の一つに成長すれば何よりです。今後も研究者の方々と向き合い、製品開発・アプリケーション開発に努めてまいります。

AGM関連記事のご紹介

AGMを開発した理研 光量子工学研究センター 先端光学素子開発チームのチームリーダー山形豊氏と研究員の青木弘良氏、そしてAGM研究開発に参画され、ユーザーとして「AGM™試薬キット」をご使用いただいている東京工業大学 生命理工学院 教授の本郷裕一氏にも取材いたしました。AGMの技術や、専門家から見る「AGM™試薬キット」について詳しくお話しいただいています。その記事は、こちらからご覧ください。

超精密加工・バイオ工学がゲノム研究を助ける―微生物1細胞ゲノム解析用「AGM™試薬キット」の開発について

理化学研究所 光量子工学研究センター 先端光学素子開発チーム
チームリーダー 山形豊氏、研究員 青木弘良氏

https://www.toyo.co.jp/magazine/detail/id=37380

ゲノム研究の新たな道 ―微生物1細胞ゲノム解析用「AGM™試薬キット」の可能性

東京工業大学 生命理工学院 教授 本郷裕一氏

https://www.toyo.co.jp/magazine/detail/id=37311

筆者紹介

小森研治 写真

株式会社東陽テクニカ ワン・テクノロジーズ・カンパニー インキュベーションユニット 課長

小森 研治

2009年に東陽テクニカに入社。
ナノイメージング・表面解析系の製品、変位センサー、工業向け加速度計、ポテンショスタットなどの販売担当を経て、現在はAGMの営業を担当。

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