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EMI測定分野における「EMINT」への期待と共同開発・利用の試み

富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 国際認証センター 主任エンジニア 原口 直也氏

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目次
  1. さまざまな試験をワンストップで提供する国際認証センター
  2. 目に見えない電磁波を相手にするEMI測定 -業務の属人化が課題
  3. 「EMINT」によるデータ共有がEMI測定のDXを推し進める
  4. ノイズ対策アシストAIの活用範囲はまだまだ広がる
  5. EMI測定の未来はサイバーとフィジカルの融合

タイトル画像

東陽テクニカが開発・販売している、AIとデジタルでEMI対策業務をアシストするソフトウェア「EMINT」。共同開発者でもある富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 国際認証センター 主任エンジニアの原口直也氏にお話を伺いました。

まずは原口氏が所属する国際認証センターの業務内容やEMI測定に関する課題などに触れ、その中で「EMINT」の共同開発のきっかけや活用方法、さらには今後の展望についてもご紹介します。

【インタビュアー】
李 从兵
(株式会社東陽テクニカ ワン・テクノロジーズ・カンパニー インキュベーションユニット 主任)

さまざまな試験をワンストップで提供する国際認証センター

富士フイルムビジネスイノベーションの事業概要について教えてください。

2021年4月1日に、富士ゼロックスから富士フイルムビジネスイノベーションに社名が変わりました。富士フイルムブランドのもとでグループ内の連携を強化することでシナジー効果を創出し、さらなる革新を目指しています。

富士フイルムグループは大きく4つの事業セグメント(ヘルスケア、イメージング、マテリアルズ、ビジネスイノベーション)に分かれており、このうち富士フイルムビジネスイノベーションは主にビジネスイノベーション領域を担っています。「オフィスソリューション事業」「グラフィックコミュニケーション事業」「ビジネスソリューション事業」の3本柱で紙中心のビジネスからの事業構造転換を図っており、クラウドサービスやDXなどのビジネスソリューションを通じてお客様の経営課題の解決、価値創造に取り組んでいます。

原口様の所属部署の業務内容や役割について教えてください。

複合機やプリンターなどを販売するにあたっては各国の法規制に適合する必要があり、私が所属する国際認証センターでは規格に基づいた評価ができる環境を構築しています。開発段階の評価から最終の認証試験までをワンストップで提供しており、商品のタイムリーな市場投入に貢献することがミッションです。

国際認証センターでは「EMC(電磁両立性)測定」「無線機器測定」「音響(騒音)測定」「排出化学物質(ケミカルエミッション)測定」「特定有害物質測定」「消費電力測定」「EMF(電磁波人体暴露)評価」「電気・機械的安全性試験」「レーザー安全性試験」の9分野の試験を取り扱っており、その中で私は電波領域(EMC、無線、電磁波人体暴露)を担当しています。各分野にエキスパートの技術者がいるというのが、我々の強みです。また、当社としてEMC分野では2002年にISO/IEC 17025の試験所認定を取得しております。

業務内容としては規格認証のためのEMC試験を行うだけでなく、国内外の標準化団体や工業会を通じた新しい規格の提案・策定にも参加しています。新しい規格に対応すべくインフラ整備や設備投資の計画を立てることも、タイムリーな市場投入には非常に重要な役割と考えています。また、新しい評価技術を導入した場合には第三者機関の認定を取得し、適合性評価結果として外部に提出できるようにしています。

目に見えない電磁波を相手にするEMI測定 -業務の属人化が課題

EMI測定1)業務との関わりや現在の課題についてお聞かせください。

私の業務は規格策定や測定法の開発などがメインなので、自社製品のEMI測定業務を実際に行うことはありません。ただし規格策定時に社内外でさまざまな実験を行っており、その中で自社製品に規格を適用するとどうなるかを想定してEMIの実験を行うことはあります。また新しい規格が適用される場合には、開発部隊と協力して商品開発にどのような影響を及ぼすかを検討することもあります。

現在の課題としては、開発、規格策定、規制、評価とさまざまな部門で測定業務を行っていることもあり、部門間でのデータ共有が課題と考えています。

1)EMCの分野ではノイズ規制としてEMI(エミッション)とEMS(イミュニティ)が規定されている。このうちEMI規制では電子機器が外部へ発するノイズの強さを規制しており、放射性ノイズと伝導性ノイズの2つを測定する必要がある。

EMI測定を行っている製品の特徴について教えてください。

複合機やプリンターがメイン製品となりますが、オフィスで使用する小型プリンターから商業用印刷物の印刷などで使用する大型プリンター(プロダクションプリンター)まで担当しています。これらの製品は、一般的な電子機器と比較してさまざまな動作モードがあることに加えて、機械的な要素も絡んでくるため、EMI測定も非常に複雑になることが特徴です。

EMI測定においてどのような悩みや課題がありますか。

複合機は定常ノイズだけでなく間欠ノイズ2)も発生し、複雑なノイズの挙動を示します。そのためEMI測定の難易度が高く、その上でノイズ対策まで必要となると要求される技術レベルがさらに高くなってしまいます。そのため、どうしても業務が属人化してしまいがちという課題があります。業務の属人化については弊社だけでなく、EMC業界全体の課題とも感じています。

また最近はフロントローディング(初期工程で問題点を洗い出して修正をかけること)の一環としてシミュレーションを用いたEMC性能の作り込みが重要視されていますが、複合機全体をシミュレータ上でモデル化することは現実的ではありません。そのため実際には現場での試行錯誤が必要となり、それにより電波暗室を占有することになり、電波暗室不足を招くこともあります3)

2)複合機における間欠ノイズの例としては、印刷時やメモリの書き込み時にのみ発生するノイズがある。いずれもその瞬間でしかノイズが発生しないため、EMI測定、ノイズ対策の難易度が定常ノイズと比較して高い。
3)EMI測定では試験対象機器(EUT:Equipment Under Test)の全ての動作モードを評価する必要がある。複合機の動作モードが多岐にわたるため、1機種あたり1.5ヶ月以上の試験期間を要するものもあり、ノイズ対策が不十分で再測定となると更に電波暗室での試験期間が延びることになる。

「EMINT」によるデータ共有がEMI測定のDXを推し進める

「EMINT」の共同開発に至った動機について教えてください。

共同開発の最も大きな動機は、EMI測定やノイズ対策業務の属人化を緩和するためです。これまで多くのEMI測定を行う中でさまざまなデータを蓄積してきましたが、あまり有効に活用できていなかったというのが実情でした。

そんな中で、2018年頃に東陽テクニカ様よりAIを活用した測定データ解析のご提案をいただいたことが共同開発のきっかけです。その当時タイムドメイン機能を使ったEMIレシーバが普及し始めて、測定データの有用性・再現性が高まったことも共同開発に至った要因の一つです4)

もちろん東陽テクニカ様との長年の付き合いの中での信頼があってこそですが、ご提案内容を聞いて測定データの有効活用の現実性が高まってきたなと感じました。

「EMINT」画面イメージ

4)EMIレシーバは掃引型とタイムドメイン型に分かれる。従来の掃引型EMIレシーバの場合、原理的に間欠的なノイズは取りこぼしが発生する。一方でタイムドメイン型はリアルタイムに一定の周波数帯を測定し続けるためノイズの取りこぼしがほとんど発生せず、信頼性の高い測定データが得られる。

EMI測定において「EMINT」をどのように活用できますか?

「EMINT」にはさまざまな可能性を感じていますが、まずは測定データの共有化から始められると考えます。当社ではさまざまな部門でEMI測定を行っていますが、部門間でのデータ共有がうまくできていませんでした。過去機種まで含めて、トラブル情報やノイズ対策事例を一元管理できるだけでもかなり有効に機能するのではと考えています。また遠隔でもデータ共有できるというのは非常に大きなメリットです。特にベテラン技術者が現場に不在であってもリモートで情報共有することで、業務の属人化を緩和できるのではと期待しています。

「EMINT」の現場運用にはデータ学習のリアルタイム性が重要と考えています。EMI測定ソフトウェアを用いて取得したデータを素早く学習して「EMINT」側に反映できれば、測定から解析にスムーズに移行できます。

ノイズ対策アシストAIの活用範囲はまだまだ広がる

共同開発の中で感じた「EMINT」の有効性の高い機能について教えてください。

「EMINT」で有効性の高い機能として、前述のデータ共有以外に大きく以下の3つがあります。

・プロジェクト機能
・ノイズ源の推定機能
・統計分析機能

【プロジェクト機能】
こちらは弊社からの要望をもとに実装いただいた機能で、単純なデータ共有だけでは物足りない部分を補うための機能です。当社の場合、複数の部門が協業して一つの機種を作り込んでいくため、機種別、ユニット別、あるいは開発フェーズに合わせて試作、量産試作、量産と状況に応じてデータを整理できることは非常に重要です。プロジェクト別にデータを管理する本機能により、部門間の情報共有がよりスムーズになると感じています。

【ノイズ源の推定機能】
これまでは熟練の経験をもとにノイズ源を調査していましたが、製品内部で用いられる動作周波数をまとめたクロックリストを用いることでノイズ源の調査を効率化して、誰でも簡単にノイズ源を推定できるようになりました。クロックリストとの突合については、作り込みの部分で関わらせていただいたことで非常に使いやすい機能に仕上がっていると感じています。業務の属人化の解消につながると期待できます。

【統計分析機能】
統計分析は、最大値、最小値、ばらつきなどさまざまな変化を検知することが得意なので、「EMINT」を使って動作モードによるノイズレベルの違い、ノイズ対策別の効果の比較などで活用できると考えています。これまで技術者の経験に頼っていた部分を定量化した数値をもとに判断できるようになれば、測定ミスやばらつきが低減されるので電波暗室の占有状態の改善施策としても期待しています。

EMINTのAI・DX機能について、今後どのような機能拡張を期待されますか?

今後期待する機能については、やはりAIによるノイズ源推定機能の強化です。

複合機は間欠ノイズを取り扱うことが多いので、ノイズ周期やタイミング別で分類できるようになるとノイズ対策の効率化、EMI測定のばらつき低減が図れると考えています。実現にあたってはクロックリストとは異なる製品固有のタイミングデータが必要となりますが、時間情報を加味したノイズ対策のアシストがあれば業務属人化の解消につながります。

また、ノイズ源の推定だけでなく、放射源の推定にも期待しています。根本的なノイズ対策を行うときにはノイズ源を調査することが重要ですが、期限が迫っている中で対症療法的なノイズ対策が必要な場面もあり、放射源が簡単に特定できると非常にありがたいです。放射源の推定にあたってはCADデータなどの構造情報が必要になると思いますが、それらのツールと連携して放射源が推定できることを期待しています。

機能拡張とは視点が異なりますが、新機能を導入するにあたって導入ハードルが低いことも重要と考えています。以前ノイズ対策用のツールとしてEMIレシーバのウォーターフォール機能を推進したことがありましたが、このときは現場の方に受け入れてもらえず定着しませんでした。そのため現場で実際に使ってもらうには、直感的なユーザーインターフェースも重要になると感じています。

EMI測定の未来はサイバーとフィジカルの融合

富士フイルムビジネスイノベーションのEMI測定の未来についてお聞かせください。

ありきたりかもしれませんが、誰がEMI測定を行ってもばらつきの無い結果が得られることが我々の理想です。EMI測定では設置方法、測定設備、測定者の技能などさまざまな要因が相まって測定結果にばらつきが生じてしまいますが、ソフトウェアの改良によってこれらのばらつきが解消される未来に期待しています。

また実測とシミュレーションの連携についても重要と考えています。複合機の場合、完成品のシミュレーション精度が現状では高くないので、実測とシミュレーションでシームレスにデータを共有・フィードバックできれば設計品質の向上にも役立てられると感じています。

あとは「EMINT」の活用という面ではEMI(エミッション)だけでなく、EMS(イミュニティ)にも活用できると嬉しいです。EMCではEMIとEMSの両立が求められますが、ノイズ対策しているとどちらか一方が足を引っ 張ってしまうことがあるので、「EMINT」の新機能や拡張機能としてイミュニティも考慮したノイズ対策のアシストにも期待しています。

原口様、本日はお忙しい中、大変貴重なお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました。近年、AI・デジタル技術が大きく進歩し、異なる分野の技術を組み合わせて、新たな価値を生み出すという動きが加速しています。EMC分野でも、EMC計測技術とAI・デジタル技術の融合が進み、蓄積された測定データ・対策ノウハウを有効活用するようになってきました。「EMINT」はこのような背景から生まれた製品で、現状の課題を解決し、業務効率の向上に貢献しています。「EMINT」の機能拡張・改善に向けて、今後ともよろしくお願いいたします。

プロフィール

名前 写真

富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 国際認証センター 主任エンジニア

原口 直也 氏

2010年シャープ株式会社に入社し、AV機器の安全設計、EMI評価業務を経て、ISO/IEC 17025試験所立ち上げを経験。2016年富士ゼロックス株式会社に転職。電磁環境評価技術/規格の開発、社内インフラ設計構築、開発評価の効率化、ISO/IEC 17025試験所の運用に従事。iNarte-EMCエンジニア。2021年富士フイルムビジネスイノベーション株式会社に社名変更、現在に至る。

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