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今、試験機関に求められる「ISO/IEC 17025認定校正」

株式会社東陽テクニカ 技術部 第1課 池永 裕司

本記事の内容は、発行日現在の情報です。
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目次
  1. はじめに
  2. CISPR/A/1038/CD文書Annex J
  3. おわりに

はじめに

2011年5月、CISPR(国際無線障害特別委員会) A国際委員会からRR(Review Report)文書「CISPR/A/950/RR」が発行されました。この発行文書には、EMI試験に使用する計測器の校正に対する厳しい要求事項が言及されました。各国の代表は、この要求事項の重要性を理解しながらも、一部の者だけが有利になることを禁じる“Technology Neutral”の概念に反するという懸念、計測器メーカの情報開示や校正コストの問題などを危惧したようです。 A国際委員会はバンコク、アドホックでの会議を重ね、2013年8月には2回目となるCD(Committee Draft)文書「CISPR/A/1038/CD」が発行されました。なかでも、議論の的となったのは、Annex J(normative)の章に述べられた要求事項です。

Annex JはJ.1からJ.6の6章から構成されています。以下にそのポイントとなる要求を簡単に紹介します。

CISPR/A/1038/CD文書Annex J

J.1 General

この章では、試験機関は製品仕様に適合した計測器を使用しなければならないとされ、試験機関がISO/IEC 17025認定校正を依頼する場合も、校正に必要な項目を理解して依頼しなければならないとしています。

J.2 Calibration and Verification

ここでは「Calibration(校正)」と「Verifi cation(検証)」が定義されました。

校正結果は計測器の製品仕様に適合するかどうかを決定するために用いられ、校正のゴールは計測器の製品仕様に対する適合表明にあるとしています。

J.3 Calibration specifics

計測器が製品仕様またはCISPR16-1-1の要求事項を満たしているかどうかを判定するために適用できるのは、計測器メーカの校正プロセス(計測器メーカでは一般的にPerformance Testと呼ばれる)またはCISPR16-1-1に従った検証プロセスだとしています。

この要求事項は「計測器メーカの校正プロセスこそが計測器の製品仕様を満足するかどうか決定できるもの」とした最初のRR文書から変更された部分です。この文中で、「または」の表現が用いられたことから、計測器メーカの校正プロセスだけが唯一とされることを拒んだ国の代表は胸をなでおろしたに違いありません。

J.4 Measuring receiver specifics

この章でも「測定用受信機は もし可能ならば、計測器メーカの校正プロセスを適用しなければならない」と、されました。

これらは計測器メーカが校正プロセスを開示しない場合を配慮し、変更されたものと考えられます。

しかし、技術的な面を考えれば、多くの計測器メーカは独自の出荷検査プロセスを持ち、出荷する計測器が製品仕様を満たすかどうかを検査しています。この出荷検査プロセスに適用されているPerformance Testを基に校正した結果は、試験機関が使用する計測器の適合を表明する上で、非常に有効なものであることは明らかです。それを証明するかのように、試験機関の認定審査でも、このPerformance Testを基にした校正項目が行われているかを審査し、もしそうでなければ、それを強く勧める審査官もいます。

例として、EMI試験で最も重要なEMIレシーバの校正について考えてみます。

●校正項目
ある校正機関では受信性能を評価する校正項目として、正弦波の周波数応答とその帯域幅のみを校正結果としているものがありました。通信機としての評価であれば問題ないかもしれませんが、EMI試験に要求される性能はそれだけではありません。重要な校正項目として、パルス応答特性があります。この校正項目にはCISPR専用のパルス発生器が必要になり、Band A (9kHz~150kHz)、Band B (150kHz~30MHz)、Band C/D (30MHz~1000MHz)、Band E (1GHz~18GHz)それぞれの周波数バンドでの評価が必要になります。校正に要する時間が増えることで採算性が落ちることを嫌う校正機関もあり、安価だという経済的な理由だけで必要な校正項目を限定している校正機関を選択してしまうと、試験機関が実施するEMI試験の信頼性さえも損なう危険があります。当社キャリブレーション・ラボラトリー(以下、キャルラボ)では2013年6月にA2LA(The American Association for Laboratory Accreditation)の更新審査を受け、日本で初めてBand Eのパルス応答特性評価について、ISO/IEC 17025認定校正ができることになりました。

●測定の周波数ポイント
CISPR16-1-1は具体的な測定周波数については指定していません。しかし、計測器を開発・設計した設計者ならば、その製品の特性を隅々まで理解し、出荷検査では最小の時間で最大限の評価ができる工夫をしているはずです。Performance Testにはその情報が含まれています。100, 200, 300MHzの一般的な100MHzステップの校正のみ実施する校正機関もありますが、当社キャルラボではPerformance Testを参考に100, 128, 200, 300MHzと特定の周波数を含めて校正することで、適合表明の信頼性を確実にすることができます。この「128MHz」は、校正するEMIレシーバが内蔵するキャリブレーション信号の周波数であり、受信レベルの基準となる非常に重要な意味のある測定周波数なのです。当社は信頼性の高い校正サービスをご提供するために、Rohde & SchwarzのEMIテストレシーバに適用されているPerformance Testの校正項目を測定できるように注力し、キャルラボ開設時より準備を進めてきました。その結果2011年には「フル校正」オプションとして計測器メーカのPerformance TestとCISPR16-1-1の要求事項を校正するサービスを開始しました。
また、2011年から新登場したAgilent TechnologyのEMIレシーバ N9038A MXEでも同じ方針の基、「フル校正」を可能とした日本では唯一のISO/IEC 17025認定校正機関です。
一方で、計測器メーカであっても全ての校正項目がISO/IEC 17025認定されているわけではありません。特に日本法人の場合は、本国の計測器メーカと同じサービスが提供できない場合があり、むしろ別の校正機関と考えて、校正機関の選定時にScope(適用範囲)をしっかり検討しなければなりません。
当社キャルラボでは、Performance Testに何が求められ、発行される校正証明書に何が含まれているかを明らかにするため、下記のような「Review Sheet」を作成しました。 ISO/IEC 17025認定校正を希望するお客様には校正内容を確認する「校正内容確認書」に添えて配布するサービスも行っています。

J.5 Partial calibration of measuring receivers

試験機関がEMIレシーバの全ての機能を利用しないとき、機能を限定した校正が認められましたが、これには試験機関あるいは校正機関が計測器メーカの校正手順を基に校正しない機能と、限定した機能の間に依存した関係がないことを判断しなければなりません。

J.6 Determination of compliance of measuring equipment with applicable specifications

計測器の製品仕様やCISPR16-1-1への適合表明では、校正の不確かさを考慮に入れた上で、校正した結果が限度値の範囲内でなければなりません。その場合、測定結果から適合性の判定はFigure J.1に描かれた4つのケースの一つになるはずです。

Case a: 測定値に不確かさを考慮しても限度値を超えていませんから「合格」と判定できます。

Case b: 測定値は限度値を超えていませんが、測定値に不確かさを加えた範囲は限度値を超えていて、確実な判定はできません。信頼水準は95%より低いですが、当社では「合格」と判定していました。これが、CISPR16-1-1でも「合格」と判定することになりました。

Case c: 測定値は限度値を超えていますが、測定値に不確かさを加えた範囲は超えていないので、確実な判定はできません。 Case d:測定値に不確かさを考慮しても限度値を超えていますから「不合格」と判定できます。

●EMIレシーバの周波数応答特性の校正結果(例)
2010年から継続して校正を実施しているEMIレシーバについて、2013年の今年、周波数20GHzの受信レベルが限度値± 2.5dBを超えて-2.65dBの偏差になりました。不確かさの0.6dBを考慮するとCase cにあたります。
通常なら、確実な合否判定ができないのですが、今回は修理をお勧めしました。
各データから総合判断すると、7GHz以上に適用されるPreselector (YIG fi lter)に問題がありそうでした。このEMIレシーバは毎年、当社キャルラボで校正していたことから過去3回の経年変化を知ることができました(下記グラフ)。このグラフから今年修理しないと来年、再来年とさらに悪化することが容易に予測できます。
修理という経済的な負担はありますが、 EMI試験の測定結果が信頼性を損なうことの代償を考慮すれば必要な措置であることをご理解いただきました。
このCase cを、当社では「合格」にすることも、「不合格」にすることもありましたが、 CD文書に従うと、今後は「不合格」と判定することになります。

おわりに

ここで紹介したCD文書が示すように、試験機関に求められる「ISO/IEC 17025認定校正」は、その校正結果から計測器の適合性を確実に判定できることが求められており、当社キャルラボは、これを実現した数少ない校正機関です。

筆者紹介

株式会社東陽テクニカ 技術部 第1課

池永 裕司

1984年 東陽テクニカ入社。EMC関連製品の修理、サポート業務に従事後、システム設計を担当。現在はキャリブレーション・ラボラトリーの技術管理者