東陽テクニカルマガジン70周年記念号はこちら東陽テクニカルマガジン70周年記念号はこちら

複雑化する電磁環境への対応
自動車・電装品に対するEMC
大電力RFパワーアンプ/EMS試験システム

株式会社東陽テクニカ EMC・マイクロウェーブ計測部 営業第2グループ 今泉 良通

本記事の内容は、発行日現在の情報です。
製品名や組織名など最新情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

ログイン・新規会員登録して
PDFダウンロード
目次
  1. EMC環境とは?
  2. 自動車を取り巻くEMC環境
  3. 自動車に対するEMS試験要求
  4. 大電力RFパワーアンプ
  5. 自動車向け放射イミュニティシステム
  6. 今後のEMC

EMC環境とは?

EMC:Electromagnetic Compatibility 「電磁両立性」とは、「電気・電子機器などが電磁環境を汚染し、他に妨害を与えるような不要電磁エネルギーを放出することもまた同時に電磁環境の影響を受けることもなく、その性能を十分に発揮できる能力」とIEE電気・電子標準述語辞典に定義されています。つまり製造された電子機器がその動作によって他の製品に電磁妨害を与えず、またその動作が電磁環境下で妨害を受けない能力のことです。市場に送り出されるほとんどの電子機器は、雷などの自然現象や他の機器によって形成される電磁環境の影響を受け、これらの電磁環境の中で共存していくことが求められます。これが「電磁両立性」の意味するものです。

しかし、これは容易なことではありません。例えば、携帯電話を使用する際は、当然アンテナから電磁波が放射されます。この電磁波は通信を行うためには必要なものですが、近くにあるテレビによっては雑音の原因となる不要電磁波以外の何物でもありません。今日では、いたるところでこのような環境が存在しています。

自動車を取り巻くEMC環境

-EMC試験の重要性-

図1:自動車内のEMC環境例

図1は自動車内外のEMC環境例です。自動車の車内は、多くの電子装置が密集しているだけでなく、ノイズに敏感な受信機や大きな信号を出力する送信機などが共存している非常に厳しいEMC環境と言えます。近年のEV/HVは、従来の内燃機関の自動車構造と大きく変わり、ノイズ発生源も多様化し一層EMC環境を複雑で苛酷なものにしています。もちろん車内だけではありません。自動車が何百kWもの送信電力を持つラジオ塔や強力なレーダ波を照射する航空管制等などの近くを走行したら?静電気を帯電したドライバが車内の電装品に触れたら? EV充電中に近くに雷が落ちたら?などの意図しない電磁妨害にさらされることも日常です。

そこで、疑似的にこれら電磁的なストレス環境を作り、それに対する耐性を確認する試験が重要になります。これをEMSまたはイミュニティ試験と呼んでおり、電子機器から放射される不要な電磁放射を抑えることを目的としてそのレベルを測定するEMI測定とは反対に位置します。自動車など走行車両にとっては小さな誤作動が重大事故にも繋がるため、これらの試験は非常に重要です。このために、自動車向けのイミュニティ試験では、その他の情報処理装置や家電装置に比べて数十倍から数百倍も強い電磁的ストレスを与えて電磁環境に対する安全性を確認しています。

自動車に対するEMS試験要求

ISO(国際標準化機構)にて自動車及び自動車部品に対する試験要求がガイドラインとして提示されています。さらに自動車メーカ各社はISO規格よりも数段厳しい電磁環境での試験を実施しています。

◇放射イミュニティ試験 自動車要求
-国際規格 ISO11451-2 10kHz-18GHz 25-100V/m
-自動車メーカ実施試験例 100KHz-18GHz 50V/m-600V/m

◇放射イミュニティ試験 自動車電装品要求
-国際規格 ISO11452-2 80MHz-2GHz 25-100V/m
-自動車電装品メーカ実施試験例 200MHz-3.2GHz 100V/m-600V/m

これらは公道走行中にさらされる可能性のあるTV・ラジオ放送局や航空管制等レーダなどからの電磁界環境を想定したものです。その他に、車内に携帯電話や通信機能が付属された端末などを持ち込んだ場合や、人体からの静電気や落雷などを想定したものや、最近ではEVなど家庭で充電を行うために家電装置とのEMC両立性を定義した試験規格も発行されています。

大電力RFパワーアンプ

-自社製パワーアンプの提供-

これらの強い電磁的なストレス環境を作るには、RF信号を10kWクラスの大電力RFパワーアンプで増幅し、アンテナから照射します。大型RFパワーアンプは増幅器としての基本性能が重要なことは当然ですが、大電力、大型であるために操作上や運用面(サポート)においても特別な機能が要求されます。当社では完全に自社開発することにより、これらの特殊な要求に対応したRFパワーアンプを提供しています。

-大電力に対する安全確保-

RFパワーアンプと電界照射アンテナを接続するRFケーブルは非常に高電圧のもとで動作することになり、ケーブルロスにもとづく電力損失は、ケーブル自体の温度上昇をもたらし、絶縁破壊や焼損の原因にもなります。また、ケーブル配置によっては、電波暗室の金属床とカップリングが起こりケーブル焼損事故の危険もあり、RFケーブルの配線やRFコネクタの選定、取り扱いには十分な注意が必要です。EMC用途で使用される大電力RFパワーアンプでは、これらの重大事故を未然に防ぐ一つの機能として、接続されるケーブルやコネクタ部に温度センサを設置し、設定温度で動作を停止させる温度監視機能が要求されます。無人のアンプ室に設置される大型のRFパワーアンプ自体にこれらの監視機能を持たせることで安全な運用が可能です。

図2:温度センサ設置例

-サポート重視の構造-

一般的にRFパワーアンプでは故障原因の50%近くが電源部とも言われ、電源設計は非常な重要な課題です。これまでの代表的なRFパワーアンプは、その出力電力に応じてアンプメーカが専用電源を設計していました。一般的には図3の様に、供給されるAC電源をDC変換して各RF回路(ユニット)や制御回路(ユニット)に供給します。この集中電源方式は、アンプの小型化には有効で構造も簡素化できますが、アンプメーカによる特注なため故障率も高くメンテナンス性は良くありませんでした。そこで図4の様に、高品質で故障率の低い市販の小型電源モジュール(日本製)を各RFや制御ユニットに組み込むことで故障率の低減、そして同時に圧倒的なメンテナンス性をも実現しました。故障発生時に、この電源・RF回路共通ユニットを交換することで、ほとんど即日復旧させることができ、海外など遠隔地でのサポートが非常に容易となりました。実際に当社では、海外展開している中国において、上海拠点のTOYO Corporation Chinaに本ユニットを保管しており、不具合が発生した際は現地スタッフが即日交換サポートを行っています。

図3:従来のパワーアンプ構造

図4:新パワーアンプ構造

図5:RF交換ユニット(電源+RF回路)

-自己診断機能- 故障原因解析

基本特性である進行波電力や反射波電力の他に各トランジスタの電流値や温度など内部の状態を確認できることも重要です。本製品では出力電力、各トランジスタ電圧 /電流/温度や電源電圧などの各種パラメータを最長10年のデータを分時系列的に内部メモリに保存することができます。 RFパワーアンプとしては非常に画期的で、電源を投入した日時やアンプの動作状態、さらにトランジスタなど部品レベルの劣化状況なども解析できます。この結果をフィードバックすることで、操作上の故障を大幅に減少させることができました。

図6:アンプパラメータディスプレイ

-故障率低減の熱設計- 特殊なEMC用途

パワーアンプの故障要因の多くは温度依存性があります。主要部品であるトランジスタは、温度が高くなると半導体素子を構成する物質の化学反応が加速されて破損したり、寿命が短くなります。一般的にパワーアンプには複数のトランジスタが使用されますが、当然個々に特性のばらつきがあり、並列に接続された場合などは特定のトランジスタに電流が集中することでも温度上昇が起こります。さらに出力がショートやオープン状態になった場合などは、反射波により出力電圧が上がりトランジスタ内部の温度が急激に上昇します。

ホットキャリアによる半導体劣化も重要な課題です。トランジスタのドレインに高電圧を印加するとドレイン近傍に電界領域が形成され、キャリアが加速され非常に大きなエネルギーを得てホットキャリアが発生します。特に出力がオープン/ショートなど全反射状態になった場合は、ドレイン電極電圧が大きくなり、よりホットキャリアの発生を促します。 EMC用途の場合、広帯域アンテナではVSWR特性が悪い周波数数帯域があり、また照射された電磁波は自動車など金属面が多い被試験物によって反射され全反射状態に近い状態になることがあります。この時に十分な負帰還を掛けておけば全反射に対する多くの問題を抑えることができます。これは、周波数特性を平坦にするとともにEMC用途で起こり得る異常環境に対処するために重要な設計思想です。さらに電源に使用される電解コンデンサも温度上昇により内部の電解液が蒸発して性能が維持できなくなるドライアップ現象が発生します。

このように、RFパワーアンプにとってどのような熱設計を行うかは故障率を低減させ寿命を長くする重要なテーマです。本パワーアンプは、他社パワーアンプに比べ内部温度が非常に低く設計され、細かな温度に対する保護機能が付加されています。実際のトランジスタ実装基板はサーモグラフィを使用して温度分布を測定し、特定の部品に温度上昇が発生していないかを確認し実装されます。

図7:実装基板の温度分布測定

自動車向け放射イミュニティシステム

-自動車計測との連動-

電磁的なストレス環境の中で自動車などが正常に動作することを確認するため、強電界を発生させると同時に各自動車計測が必要になります。

計測した各データは、EMS試験制御ソフトウェア上に試験電界強度と合わせて表示され試験に対する結果を効率良く判断できます。

図8:自動車計測との連動8:自動車計測との連動

・CAN-BUS,LIN-BUSデータの取得
任意のCANデータを照射電界上画面に表示させ、設定したトレランスに対して正常/異常を自動判定します。
・アナログメータの画像デジタル認識
車内に設置したカメラ映像からスピードや回転数などのアナログメータの画像認識を行い、デジタルデータ化して取り込みます。
・シャーシダイナモデータ取得
シャーシダイナモから馬力、トルク、回転数など各種データを取得し自動車動力を計測します。
・ドライビングロボットの制御
試験中は自動車内が強電界環境となるために専用のドライビングロボットを設置しEMS試験に合わせてアクセルやブレーキを制御します。

図9:照射電界及びCANデータを同時表示

今後のEMC

現在の情報化社会においては、すでに多くの電子機器が通信機能を持ち、自動車についても通信の他、制御や監視装置に様々な電磁波を利用しています。電子装置は、今後もさらに高度化、多様化してより複雑なEMC環境での共存が必須になります。当社は、今後も効率良く確かなEMC試験が行えるEMCシステムの構築を初め、EMC品質の向上に貢献できる様に努めてまいります。

筆者紹介

株式会社東陽テクニカ EMC・マイクロウェーブ計測部 営業第2グループ

今泉 良通

1987年入社、高周波技術部門で技術サポート担当。現在、営業第2グループを統括