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ノーベル物理学賞受賞
天野浩名古屋大学教授との特別対談

名古屋大学教授 天野 浩
株式会社東陽テクニカ 水田 愼一朗

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目次
  1. ACホール測定器の登場は画期的だった
  2. 今、めざしているのは、パワー半導体の実用化
  3. 測定器に求めるもの、それは信頼に尽きる
  4. 「ものづくり」こそが、人々の暮らしを豊かにする

近年、明るい話題が少なかった日本の半導体産業。そのような状況下、飛び込んできた赤﨑勇・名城大学教授、天野浩・名古屋大学教授、中村修二・米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授、の日本人3氏が2014年ノーベル物理学賞を受賞したというニュースは、半導体業界のみならず日本国民全体が注目する話題となっています。

3氏のノーベル物理学賞受賞理由となった「高効率青色LEDの発明」には、所属されていた大学や会社は異なるものの、それぞれの研究室において東陽テクニカのホール測定装置(商品名「レジテスト」)を導入いただき、試作したLED用半導体の特性を調べるために活用していただきました。

今回、天野浩先生と、ACホール測定技術の発明者で当社で30年以上レジテストの開発に携わってきた水田愼一朗(現、事業戦略室長)との対談1が実現。旧知であるお二人に、90年代当時の研究開発の様子や今後の豊富などを語っていただきました。

1. 2014年10月28日名古屋大学豊田講堂に於いて

ACホール測定器の登場は画期的だった

水田:このたびはノーベル物理学賞の受賞、そして文化勲章の受章、おめでとうございます。また、お忙しい中お時間をいただきましてありがとうございました。微々たるものかもしれませんが、当社のホール測定装置2が、今回のノーベル物理学賞の受賞に少しでも貢献できたのであれば嬉しく思っています。

天野先生(以下、天野):ご丁寧にありがとうございます。正直なところ、予想外の出来事でしたのでとても驚いていますが、このように色々な方とお目にかかる機会があると、改めて自分だけではなく、みなさんの協力があったからこそ成し遂げることができた成果だと実感し、喜ぶよりも感謝の気持ちでいっぱいです。

水田:今日は、約20年前、90年代半ばに当社のホール測定装置を使い始めていただいた当時の資料なども引っ張り出してきましたので、思い出話などもさせていただければと思っております。よろしくお願いします。

(論文を示しながら)当時、天野先生はMgドープ3でp型4のGaN結晶5を作ってホール測定で結晶のキャリア6を評価されていました。

天野:ええ、当時はアンドープ7でもキャリアが多くて移動度が上がらないという段階でしたから、測定が難しかったですね。あの頃はだいぶ苦労していて、最初はホール測定をしてもp型かn型8かさえなかなかはっきりしなくて、磁場を反転させたりして、やっとp型になっていることを確認できたりしていました。

(当時の論文に示されているキャリア濃度の温度依存性データを見ながら)大体はきれいに直線に乗ってきていますが、 キャリア濃度の低い低温領域ではまだバラツキが多いですね。

水田:そうですね。確かにまだばらついているところもあったのですが、当社としては、なんとかノイズを減らして、キャリアの多すぎる方もキャリアの少ない高抵抗の方も、温度もいろいろ変えて、きれいなデータが得られるように測定装置の方で工夫を重ねてきました。

また当時、天野先生からもいくつかの試料をお借りしてサンプル測定をさせていただきましたが、ちょうどその頃、ACホール測定器の開発中で、DCホール測定では計測が困難だった試料のキャリア濃度を、ACホール測定装置の試作機を使って測定に成功したこともありました。当時の先生のp型GaN結晶は移動度が1桁[cm2/V・s]程度でしたから‥。

天野:いや1桁有るか無いかくらいでしたでしょう。今はうまくホール測定ができるようになって来ており、すごいですね。ACホール測定の力⁹がやっぱり大きかったですね。電流も大きく取れなくてマイクロアンペア以下くらいしか流せない状態でしたから、それで有効なホール起電圧を発生させることは困難でした。

水田:ACホール測定技術を高く評価していただきありがとうございます。当社のACホール測定装置では従来よりも高い電圧をかけて大きな電流を流す、つまり、より多くのキャリアを半導体に注入することができるようにしました。また温度も広範囲で変えられるようにいたしました。

天野:特にGaNなどの窒化物は高温で測定した方が都合が良いので、とても助かりました。

水田:そうですね。ワイドバンドギャップ半導体は、GaNだけではなくSiCやダイヤモンドでも同じですが、半導体材料開発の初期の段階では温度を上げてキャリア数を増やすことで測定を容易にしていました。

2. 電流や磁力を使って半導体内部の電子の動特性を測定する装置
3. マグネシウム原子を半導体結晶の中に組み入れること。電子を減らす効果がある。
4. 電子が充満している結晶中に電子の孔(正孔)が存在する状態
5. ガリウムナイトライド。ガリウム原子とチッ素原子が交互に組み合わさった結晶
6. 半導体中で電気を運ぶ働きをするもの。通常は電子または正孔
7. マグネシウム原子等の不純物を結晶中に入れる前の状態
8. 結晶中に電子が充満していなくて電子が自由に動ける状態
9. ホール測定の感度を従来の100倍以上に向上させた東陽テクニカ独自のAC(交流)磁場によるノイズ除去技術(→ 裏表紙に解説記事)

今、めざしているのは、パワー半導体の実用化

水田:現在ではGaNの結晶成長技術も進化して、研究開発の対象としては青色LEDからパワーデバイス用途の方に向かわれているのですが、そうなると結晶欠陥の評価とかが重要になってきますね。

天野:結晶欠陥の評価も重要ですが、それだけではなく、やはりアンドープでの残留キャリアの濃度も知りたいので、CV測定法じゃなくてホール測定のようにキャリア濃度そのものを測る必要性があります。ただ、その測定は簡単ではありません。

水田:最新のアンドープ結晶ですと、キャリア濃度10は10の16乗[cm-3]台ぐらいでしょうか。

天野:今は16乗を下回って15乗台に入ってきています。さらにもう1桁下げないといけないのですが、そうなるとそれで移動度が低いので測定が相当難しくなってくると予想しています。

水田:実はその辺りこそ、当社のような計測器メーカーが活躍できるところだと考えて開発に取り組んでおりまして、イントリンシック半導体11の測定ができるようにすることを目標に、半導体研究者の皆さまのお役に立ちたいと頑張っています。

天野:それはいいですね。イントリンシック半導体の測定ができるというのは、大きいですね。期待しています。

水田:結晶欠陥の評価の方は、やはりDLTS法12で行われているのでしょうか。

天野:DLTSもやりますが、現在取り組んでいるのはDLOS法13です。光でキャリアを動かした方が速く測れるし深い準位のキャリアも測定できるので、現在、貴社の協力も得ながらDLOS測定の仕組みを構築しているところです。

水田:DLOSだと、どのくらいの温度範囲で測られるのでしょうか。

天野:室温でも測れます。DLTSだと、 800度ぐらいまで温度を上げて測らなければならないですから大変です。DLOSの測定にはまだ自動化できる余地があり、自動化した方がきれいに測れると思われるので、ぜひ貴社でも開発の検討をお願いします。

水田:パワー半導体14では、当然電子回路用途とはまったく違って大電力に対応するために高耐圧が要求されます。そうやって結晶欠陥をなくして残留キャリア濃度を下げて行くことができたとして、目標はどれぐらいの耐圧を目指しておられるのでしょうか。

天野:限界という意味では、やはり最高3M [V/cm]15まで行きたいですね。実際にはまだまだ理論値にまで到達していません。理論的にはダイヤモンド半導体の方が高耐圧ですが、実用化された半導体としてGaNがどこまで行けるかがこれからの課題ですね。

水田:パワー半導体の開発競争は日本が先頭集団にいると認識していますが、GaNをはじめ可能性のある複数の材料に国家レベルのオールジャパン体制で臨まないと日本の優位性を保つことは厳しいかもしれませんね。当社にも若くて優秀なエンジニアがたくさんおりますので、ぜひ、無理難題をもっともっと突きつけてください。

天野:わかりました(笑)。パワー半導体は、インバータ16などの分野で大きな省エネ効果が見込めるので、できるだけはやく実現したいと思っています。

10. ドープしてキャリアを増加できるのでアンドープ状態ではキャリア濃度は可能な限り低いのが理想的
11. p型でもn型でもない半導体。自由に動き回れる電子がほとんど存在しない状態
12. 深いエネルギー準位のキャリアを解析する方法で温度を変えて電荷容量変化を測る
13. DLTSと同様の目的だが温度励起の代わりに光励起による電荷容量変化を測る
14. 従来のIC等の電子機器ではなく大電力回路を制御する回路素子に使われる半導体
15. 1cmの厚みの半導体に3百万ボルトを印加しても耐えられる
16. 電力のAC⇔DC、電圧、周波数などを変換する電子装置

測定器に求めるもの、それは信頼に尽きる

水田:当社は世界最高水準の「はかる」技術の提供をコアコンピタンスとして活動しています。しかし、先進的な技術開発分野においては、どうしても「つくる」ことに注目が集まりがちで、「はかる」技術は縁の下の力持ち的なイメージが強いのが現状です。今ここで改めて伺うことではないかもしれませんが、天野先生は「はかる」ことに対してどのようなイメージをお持ちでしょうか。

天野:僕の見解は、水田さんの話とは異なるかもしれません。たとえば、論文を発表する際、測定結果は最も重要なファクターの1つだと捉えています。測定が正しく行われているというところが論文として最も説得力のあるところですから、測定が良い加減だと論文そのものがまったく信じてもらえません。一番大事なことだと思います。

水田:それは、「はかる」という事にこだわり続けている当社にとってはとても心強いお言葉で、責任感に身の引き締まる思いがいたします。

天野:実験段階では、様々な条件で試料を作り、その特性を「はかる」というのは1つのルーチンワークです。当然、「はかる」をないがしろにすれば、それまでの努力が水の泡になってしまいます。青色LEDの実用化に関する研究でも、何百回も試料を作り、その特性を見極めるためホール測定を繰り返してきました。

水田:当社のような測定器メーカーに対する要望などはありますでしょうか。

天野:すごく基本的で当たり前なことかもしれませんが、信頼のおける計測器を作り続けて欲しいと思います。この測定器で計測すれば、世界中のだれもがその結果を信頼してくれるという計測器が、理想の計測器です。それに尽きます。

水田:天野先生のおっしゃる通り、当たり前のことですが、私たちはそれを忘れることなく、肝に銘じて、活動していかなければなりませんね。

「ものづくり」こそが、人々の暮らしを豊かにする

水田:最後に少し堅い話になるかもしれませんが、近年、学生の理系離れが言われたり、就職に有利という理由だけで理系学部に進学する学生が増えていたりという話を聞きます。そのことに関して、研究者として大きな成果を上げた天野先生のお考えを、ぜひお聞きしたいのですが。

天野:私自身は、“ものづくり”こそが人々の暮らしを豊かにすると信じて、研究活動に臨んできました。もちろん、お金を稼ぐことは重要です。しかし、それが過ぎてマネーゲームのようになってしまうと、良い結果にはつながらないと思います。

そういう意味では、これから研究者やエンジニアリングの分野をめざす学生やすでに取り組んでいる若者には、自身の日々の努力が人々の暮らしを良い方向へと導いていると信じ、誇りを持って目の前の課題に向き合ってほしいと思っています。

水田:「ものづくり」においては、すぐに結果が出ないことや、世代をまたがって引き継いで行かないと大きな成果につながらないことも多いのが現実ですが、私も天野先生と同じ思いです。

本日は、興味深い話をお聞かせいただきありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。

<天野 浩先生 略歴> 平成26年10月現在

氏名:
天野 浩 (あまの ひろし)

生年月日:
1960年9月11日 (54歳)

現職(専門分野):
名古屋大学大学院工学研究科教授 (電子・電気材料工学)

学位:
1989年1月 工学博士(名古屋大学)

経歴:
1983年3月 名古屋大学工学部電子工学科 卒業
1985年3月 名古屋大学大学院工学研究科博士課程前期課程電気工学・電気工学第2および電子工学専攻 修了
1988年3月 名古屋大学大学院工学研究科博士課程後期課程電気工学・電気工学第2および電子工学専攻 単位修得退学
1988年4月 名古屋大学工学部助手
1992年4月 名城大学理工学部講師
1998年4月 名城大学理工学部助教授
2002年4月 名城大学理工学部教授
2010年4月 名古屋大学大学院工学研究科教授