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矩形波インピーダンス測定法の開発と実用化にむけて

早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構上級研究員/研究院教授 横島 時彦

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目次
  1. はじめに
  2. 矩形波インピーダンス法の開発
  3. LIB解析への適用
  4. 大容量蓄電システムへの適用
  5. おわりに

はじめに

リチウムイオン電池(LIB)は、1991年の実用化以来、様々な機器の電源として用いられています。蓄電池の内部状態を正確に把握し、安全に運用するキーテクノロジーとして、特集1に述べられている電気化学インピーダンス法による非破壊分析があります。電気化学インピーダンス法は、一般に測定対象にポテンショスタット(Potentio/Galvano-stat、以下PGS)と周波数特性分析器(Frequency Response Analyzer、以下FRA)を用いて測定しますが(図1:従来の蓄電池評価システム参照)、電気自動車や定置用蓄電施設に用いられるLIBは、大容量化や低内部抵抗化が進み(「特集1」図6参照)、従来の電気化学インピーダンス法の適用が困難になってきています。大量に用いられるLIB各々に測定機器を接続して測定するのは現実的ではないため、FRAを用いた電気化学インピーダンス法に代わるインピーダンス測定法が求められています。

図1:大容量蓄電システム用新規インピーダンス測定システムのコンセプト

矩形波インピーダンス法の開発

我々は、PGSおよびFRAを使用しないインピーダンス測定法の開発に着手しました。インピーダンス応答を得るためには測定信号の入力が必要なため、我々は蓄電池の充放電を行うパワーコントローラに着目しました(図1:新規蓄電池評価システム参照)。一般にインピーダンス測定では、微少な正弦波を測定時に重畳しそのときの応答信号からインピーダンスを算出します(図2上段)。

図2:矩形波インピーダンス法のコンセプト

それに対し、パワーコントローラで合成が容易な矩形波を入力信号に用い、入力信号とその応答信号をフーリエ変換して、正弦波の入力信号とその応答信号を得ようと考えました(図2下段)。電気化学インピーダンス法にフーリエ変換を用いる方法は1982年にFFTインピーダンス法として論文発表されて以来、測定時間を短縮する方法として実用化されています。矩形波はフーリエ変換すると基本周波と複数の高調波成分が得られるため、一つの周波数を入力するだけで、理論上は入力信号より高いインピーダンスが複数得られます。つまり、パワーコントローラの性能が低く入力周波数が低くても、高い周波数のインピーダンスが得られる可能性があり、低コストでのインピーダンス測定が期待できます。そこで、従来のフーリエ変換を用いたインピーダンスの迅速測定とは異なる、簡便な装置でのインピーダンス測定を目指し、入力信号に矩形波を用いてフーリエ変換による信号処理を行う電気化学インピーダンス法「矩形波インピーダンス法」の開発を行いました。

矩形波インピーダンス法の検証として、一般的な電気化学反応系である10mM [Fe(CN)6]4-/[Fe(CN)6]3- 溶液を用いて検討しました。矩形波入力機器および測 定 機 器としてPGS(Bio-Logic社 製VSP-300)と高性能データロガー(Data Translation社製DT9837B)を用い、図3のように電位制御にて信号入力しました。 PGSによる一般的な交流インピーダンス法では、インピーダンスの数だけ測定が必要であり、図3では51回の測定が必要です。一方、矩形波インピーダンス法では、 40Hzのみの矩形波入力に対して40Hz-3.5kHzにおいて複数のインピーダンスが得られ、単一周波数の入力信号のみで入力周波数および高い周波数のインピーダンスが複数得られています。矩形波インピーダンス法による測定結果はPGSによる交流インピーダンス法での測定結果と一致しており、交流インピーダンス法と同等の性能を有することが示されました。

図3:矩形波インピーダンス法によるインピーダンス測定例
〇 交流インピーダンス法による測定
・ 矩形波インピーダンス法による測定

LIB解析への適用

矩形波インピーダンス法の蓄電デバイスへの適用を目指し、パワーコントローラとして充放電試験機、電流・電圧測定に汎用デジタルマルチメータを用いた簡便な測定システムを構築しました。5AhのLIBを測定対象として、50Hz、5Hzの矩形波信号、 1Hz、0.1Hzの疑似正弦波信号の4種の入力波を用いて測定しました。入力信号は電流制御で行い、疑似正弦波信号はステップ波により合成しました。図4より、 0.1Hz-2.5kHzの幅広い周波数領域でのインピーダンスが得られ、一般的な交流インピーダンス法と同等の値が得られています。本結果より、矩形波インピーダンスが簡便な装置にて測定可能なことが示されました。

図4:矩形波インピーダンス法によるLIBの測定例
〇 交流インピーダンス法による測定
+, x矩形波インピーダンス法による測定
* 疑似正弦波によるインピーダンス測定

大容量蓄電システムへの適用

矩形波インピーダンス法の応用として、合計100kWのPCSに、LIB(東芝製SCiBTM、2.3V 20Ah)を合計960個、 44kWhの容量を有する大容量蓄電システムのインピーダンス測定を試みました。本システムに50Hz、5Hz、0.5Hz、50mHzの4種類の矩形波を入力信号としてインピーダンスを測定したところ、50mHz-1kHzと幅広い周波数範囲において、11kWhの蓄電池盤全体およびモジュール(1.1kWh) 10個の一括測定を実現しました(図5)。

図5:大型蓄電池状態把握システムと11kW蓄電池盤および1.1kWモジュール1個のインピーダンス応答

なお、矩形波入力信号は、PCSにより合成、測定にはデータロガーを用いており、大きな改造を行うこと無くインピーダンス測定を実現しています。運用中でのインピーダンス測定が可能なことから、蓄電システムを休止や取り外すこと無くLIBのインピーダンス測定を実現しました。

おわりに

矩形波インピーダンス法について、開発の動機から大型蓄電池への適用まで幅広く紹介しました。本研究は主に早稲田大学先進理工学部応用化学科逢坂・門間研究室が、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 安全・低コスト大規模蓄電システム技術開発事業を受託して研究開発を行いました。矩形波インピーダンス法は、定置用蓄電施設のみならず、電気自動車などの大容量蓄電池への応用も可能です。また、入力周波数が少なく短時間で測定可能な特長を生かし、operando測定への応用も期待できます。今後は「特集1」の技術と組み合わせ、さらなる発展を目指します。

参考文献
1) T. Yokoshima, et.al, Electrochim. Acta, 180, 922‒928 (2015).

筆者紹介

早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 上級研究員/研究院教授

横島 時彦

1974年生。2002年3月早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了、博士(工学)。2001年より早稲田大学理工学部助手、産業技術総合研究所産総研特別研究員、早稲田大学理工学術院主任研究員/研究院准教授、等を経て、2016年4月より現職。専門分野:電気化学、材料化学、表面処理。