核融合で生み出すフュージョンエネルギーの実現へ
地上に太陽を創る挑戦
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“地上に太陽を創る”研究とも言われる核融合。核融合エネルギーは資源が豊富にあり、二酸化炭素を排出しないという特徴があり、次世代クリーンエネルギーとして社会の注目を集めています。その仕組みとは一体どんなものでしょうか。
20世紀半ばに構想され、いま実現に向けて挑戦が続く最先端技術について、核融合科学研究所 研究部 プラズマ・複相関輸送ユニット 准教授の本島 厳氏にお話を伺いました。

核融合研究の最前線

本島先生が所属されている核融合科学研究所は、どのような組織でしょうか
核融合科学研究所は大学共同利用機関法人 自然科学研究機構に属しています。その名前の通り、国内外の大学の研究者とともに核融合の研究を推進していくことを目的として、岐阜県土岐市に設立された共同利用機関です。日本の核融合研究には2つの大きな拠点があります。1つがこの核融合科学研究所で、もう1つが国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構です。

核融合科学研究所(核融合科学研究所 提供)
本島先生の研究の概要を教えていただけますか
私が研究している核融合エネルギーは、「核」という言葉に抵抗感を持つ方もいらっしゃるということで、内閣府では「フュージョンエネルギー」という用語への統一が進められています。
フュージョンエネルギーとは、核融合反応で発生するエネルギーです。燃料となるのは水素で、1億度以上に加熱することで莫大なエネルギーを生み出します。
私はその水素をいかに制御するかを研究しています。水素の供給やその排出タイミングなどの制御が重要なポイントで、私は供給と排出のバランスを最適化して1億度の高温状態をどれだけ安定して長く維持できるか、また装置の性能向上について研究しています。
核融合エネルギーと原子力エネルギーの違いについてご説明いただけますか
核融合と核分裂(原子力エネルギーのエネルギー源)は混同されることがありますが、最も大きな違いは燃料です。核融合では地球上で一番軽い元素である水素を使用します。一方、核分裂では水素の100倍以上の質量をもつウランなどの重い元素を燃料にしています。
もう1つの大きな違いは、核融合は少ない燃料で莫大なエネルギーを生み出すことができる点です。ウラン燃料は1グラムで石油1.8トン分のエネルギーを生み出します。これも非常に大きなエネルギーですが、核融合は水素1グラムで石油8トン分と、さらに大きなエネルギーを生み出すことができるのです。
2030年代、核融合エネルギー実証への展望

まさに夢のエネルギーですね。これはよく聞かれることだと思うのですが、この技術が実現するのはいつ頃になるでしょうか
2024年6月に閣議決定された内閣府の「統合イノベーション戦略2024」1)において、フュージョンエネルギーの早期実現を目指すことが決定されました。それまでは2050年にフュージョンエネルギー技術による発電実証実験を目標としていましたが、新たな計画では2030年代には発電実証できるように見直されています。これは非常に挑戦的な目標です。
核融合研究が始まったのはおよそ70年前です。長年にわたり現実的なロードマップを示すことができませんでしたが、この10数年で格段に進展しています。現在は核融合に必要な要素技術を統合していくというフェーズに入っています。
1) 科学技術・イノベーションに関する関連施策を府省横断的・一体的に推進するために、政府により策定される年次計画。
着実に進んでいるのですね。どのような点が大きく進捗したのでしょうか
私たちの実験装置(大型ヘリカル装置)は、核融合エネルギーを実現するために重要な達成すべき技術目標である「水素の温度1億2,000万度」を達成しました。核融合反応を起こすためには高温のプラズマ2)を作り出すことが必要で、これが大変難しかったのですが、確実に達成できてきている状況です。

核融合科学研究所の大型ヘリカル装置。プラズマを封じ込める磁場はわが国独自のアイデアに基づく、ねじれたコイルを周回させて作られる。(核融合科学研究所 提供)
そして国家や国際共同の大規模プロジェクトだけでなく民間企業も核融合開発に参入する流れが出てきました。世界で40社以上の熱意あるスタートアップが生まれています。これはフュージョンエネルギーの経済的価値が社会に認められて、民間の投資が核融合に流れてきていることを意味します。ですから、2030年代という目標は非常に難しい挑戦ではありますが、私は実現可能だと思っていますし、実現することが私たち研究者の使命だと捉えています。
2) プラズマは非常に高温になった場合に生じる固体、液体、気体に続く第4の物質状態。原子を構成する粒子が電気的に+のものと-のものに分かれて存在する状態。核融合でプラズマを加熱するのに使ったエネルギーを超えるエネルギーが得られる分岐点となる条件の1つにプラズマ温度1億度がある。
核融合装置表面の不純物を色で測る
本島先生は核融合装置の表面から情報を得るために、カラーアナライザーを使用されています。まず、核融合装置の表面の研究が重要な理由を教えてください
核融合装置の表面で、プラズマの制御性に悪影響を及ぼす堆積物(不純物)がどこに、どの程度形成されているかを詳細に調べる必要があります。
核融合では水素を高温のプラズマ状態にして反応させることで莫大なエネルギーを生み出します。実際には核融合炉の真空容器、あるいはダイバータと呼ばれる機器の中で反応させています。

真空容器(ダイバータ)の内部(核融合科学研究所 提供)
真空容器は、1億度もあるプラズマとは接触せず、プラズマからの直接的な相互作用は基本的にはありませんが、プラズマ粒子が容器の表面に当たることがあります。これは“スパッタリング”と呼ばれる現象で、容器表面の金属材料の粒子をはじき出してしまいます。はじき出された粒子は容器内の別の場所に微小ながら堆積し、水素燃料を吸蔵してしまうことがあります。
核融合の燃料は水素ですが、より正確には、核融合反応が起きやすい水素の同位体である重水素と三重水素を使います。重水素は海水の中に含まれていますが三重水素は自然界にほとんど存在せず、人工的に作り出さないといけません。容器内に不純物があるとせっかく作りだした三重水素が堆積物に一緒に吸蔵されてしまい、余計に三重水素を作る必要が出てきます。
できるだけ堆積物への水素燃料の吸蔵を防ぐ方法を探るためにも、まず堆積物が容器内のどこに形成され、どのように分布しているのかを広い範囲で把握する必要があり、カラーアナライザーを活用しています。その結果から、堆積物を作らないために適切な材料、オペレーションの方法を議論することができます。
軽くてコンパクトなカラーアナライザーで広範囲の情報を得る
カラーアナライザーを使うことで、どのようなメリットがありますか
これまでは、1センチ角くらいの試料片(サンプル)を限られた枚数、容器内に貼り付けて実験の終了後に分析していました。堆積物にどれだけの水素燃料が取り込まれているかを定量的に評価することができますが、時間もかかりますし、大型ヘリカル装置の真空容器の表面は約200平方メートルあるので、それで得た結果が全体を反映しているとはとても言えない状況でした。
そこで広範囲の表面の情報を得る方法を模索していたところ、色分析で推定できる装置に出会ったのです。カラーアナライザーはコンパクトで軽く携帯しやすく、1点の計測にかかる時間も数秒ととても短いので、真空容器に持ち込んで表面の光沢や色調の堆積物によるわずかな変化を広範囲で計測することができるようになりました。また、材料を選ばずに光沢面の反射率を精度よく計測できるのは応用性があり、大きな利点だと思います。

真空容器の中というのは場所によってはまっすぐに立つことが難しいような環境とお聞きしています。そこで膨大な量の測定を行うのですね
1回の実験で約2週間をかけ、1万5,000点のデータを取得しています。立つのも難しいような環境で、これだけの点数をこの期間で取得するのは、カラーアナライザーでしかできないことです。これまでに3回、異なる実験の後にデータを取得しておりますが、各実験で堆積状況が異なり、とても興味深い情報が得られています。

カラーアナライザーを使って実験を行う様子(本島 厳氏 提供)
カラーアナライザーは他にどのような活用ができますか
カラーアナライザーは、大型ヘリカル装置に限らず、核融合のあらゆる実験装置の表面分析に応用できると考えます。実験中に電磁波を使って水素を加熱するときに、ミラーを使用してマイクロ波の方向を変えているのですが、そのミラーの経年劣化を計測し、反射率の違いを推定することにも使用しています。目で見る印象とカラーアナライザーで定量的に測定したデータは結果が異なりますので、信頼できる測定ができることは大きな利点です。
今後、カラーアナライザーに期待する機能などはありますか
今でも十分に役立っていますが、例えば、黒に極力近い反射率の低いものに対して精度の高い計測ができる機能があるとよいなと思います。
あとは、今は人が容器内に持ち込んで測定していますが、人が容器の中に入らなくてもよいような遠隔性を持たせられたらと思います。商業炉が実際に発電するような時代が訪れたら、ロボット技術と組み合わせて無人でカラーアナライザーによる測定を行い、定期メンテナンスができるようになるといいですね。
また、核融合炉の中には不純物を排出するダイバータや核融合エネルギーを電気に変えるブランケットと呼ばれる装置があり、これらは消耗品です。高価なものなので安全性は確保しつつ、適切な交換時期を知ることができたらよいですね。消耗具合をある程度正確にカラーアナライザーの色分析で判定できれば、大きなイノベーションが起こると思います。
研究者を目指した理由と現在研究者として思うこと

研究者になろうと思ったきっかけは何ですか
実はエネルギーを専門とする科学者として私は3代目なんです。核融合については、祖父と父から少しは聞いていました。明確に研究者になりたいと思ったのは高校の授業で核融合について習ったときです。高校3年生の3学期、受験のことで頭がいっぱいの時期でしたが、先に話したように水素1グラムで石油8トン分のエネルギーが得られるというのを聞いて衝撃を受けました。それがきっかけです。
研究者として大事にしている考えを教えてください
私自身が今一番大事に思っているのは、研究者として社会貢献まで責任を持つということです。核融合の研究者である以上は、皆さまに核融合エネルギーで電気を供給するというのが究極の社会貢献です。そういったことを強く意識したのは、実は最近です。私は研究所の研究者ですが、兼業で、2023年6月にスタートアップ3)も立ち上げました。核融合研究で培った技術を基にした製品で社会貢献することを理念としています。水素の吸着に関する研究をウイルスの吸着に発展させてウイルスを不活化させる装置を岐阜県内で社会実装しようとしています。そのなかでいろいろなものづくりをしている企業と連携して社会貢献する楽しさと重要性を実感しています。
3) 株式会社Applied FUSION Technology
今は若者が夢を持ちにくい時代だと言われています。本島先生のように信念をもって社会と関わっていくにはどうしたらよいでしょうか
私も結構挫折だらけです。夢を見つけたら目標をしっかり定めるのが重要かなと思います。遠くの夢だけ持っていても、じゃあどうしたらいいのかというのがなかなかわからない。その夢が先にある、手の届くようなゴールは一体何だろうというのをしっかり考えると、今、自分に何が必要なのか、何をしなくてはいけないのかということが分かってくると思います。

