大水深に眠るコバルトリッチクラストの開発に挑むJOGMEC

独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)
金属海洋資源部長 栗原 健一氏

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目次
  1. 資源とエネルギーの安定供給を目指すJOGMEC
  2. レアメタルを豊富に含む海洋鉱物資源、コバルトリッチクラストとは
  3. 日本がリードするコバルトリッチクラスト探査
  4. 2027年度の総合評価に向けた今後の調査
  5. コバルトリッチクラストがもたらす未来

大水深に眠るコバルトリッチクラストの開発に挑むJOGMEC

資源小国と言われる日本ですが、海に囲まれた島国ゆえに国の権利がおよぶ海域の面積は世界第6位の大きさです。その海底には、さまざまな海洋鉱物資源が存在しています。そのうちの1つがコバルトリッチクラストと呼ばれるもので、カーボンニュートラルの達成に向けて重要なクリーンエネルギー技術に欠かせない希少金属(レアメタル)を多く含んでいると言われます。

開発の期待が高まるコバルトリッチクラストについて、日本の海洋鉱物資源探査を力強く牽引してきた独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の金属海洋資源部長 栗原 健一氏にお話を伺いました。

JOGMEC ロゴ

資源とエネルギーの安定供給を目指すJOGMEC

栗原 健一氏 写真

エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)についてご紹介いただけますか

JOGMECは資源とエネルギーの安定供給を目的として、国および民間企業と連携し、その達成に努める機関です。私たちは7つの分野で活動しております。まずは今回のトピックでもある金属鉱物。そして、エネルギー分野では、石油・天然ガス、石炭、地熱、洋上風力があります。最近では水素・アンモニア、CCS(二酸化炭素回収・貯留)などの新しい分野にも取り組んでいます。

今回は海洋鉱物資源についてお聞きしていきます。海洋鉱物資源にはどういった種類がありますか

日本において海洋鉱物資源と呼ばれているものには、4つの種類があります。コバルトリッチクラスト、海底熱水鉱床、マンガン団塊、レアアース泥です。実は、日本だけでなく世界のどの国でも、海洋鉱物資源を商業的に開発した事例はまだありません。

海洋鉱物資源の分布イメージ

海洋鉱物資源の分布イメージ(JOGMEC 提供)

JOGMEC様は海洋鉱物資源開発にどのように関わっていますか

JOGMECでは開発に向けた取り組みを複数のステージに分けて計画し実行してきました。具体的には深海での採掘・回収方法や採掘した鉱物に適した製錬の仕方など必要な技術の開発と、海域での環境調査や資源量の評価などです。段階的に課題を洗い出しそれを解決しながら、開発に向けた取り組みを進めているところです。コバルトリッチクラスト、海底熱水鉱床、マンガン団塊は経済産業省とJOGMECが、レアアース泥については内閣府が中心となって取り組みを進めています。

実試料写真

左から、マンガン団塊、コバルトリッチクラスト、海底熱水鉱床の実試料

レアメタルを豊富に含む海洋鉱物資源、コバルトリッチクラストとは

ここからはコバルトリッチクラストにフォーカスしてお話を伺います。コバルトリッチクラストとは具体的にどういったものでしょうか

コバルトリッチクラストとは、海底に存在する山のような地形「海山」のうち頂部がほぼ平坦な「平頂海山」の頂部から斜面にかけての岩石をアスファルト状に覆う多金属を含むマンガン酸化物のことを指します。

コバルトリッチクラスト写真

調査で海底から引き揚げたコバルトリッチクラスト

黒い部分がコバルトリッチクラストで、下の茶色い部分は基盤岩といってコバルトリッチクラストに覆われる土台となった海山の表面部分の岩石です。コバルトリッチクラストは基盤岩の上に数ミリから十数センチの層を形成しています。これは100万年に数ミリという、非常にゆっくりとしたプロセスで形成されるものです。

大変長い時間がかかっているのですね。コバルトリッチクラストが注目される理由は何でしょうか

コバルトリッチクラストに含まれる金属にあると思います。コバルト、ニッケル、銅、白金、マンガンなど、希少価値があり注目されるレアメタルを含んでおり、特にコバルトの含有量が多いために注目が高まっています。

コバルトリッチという言葉は、同じようなマンガン酸化物であるマンガン団塊と比べてコバルトの含有量が3~5倍ほど多いことを指しています。また、クラストは、表面を覆う硬い層を意味します。コバルトは電気自動車(EV)のバッテリーの原料であり、EV普及のカギを握るといわれています。

日本の周囲ではどの辺りの海域にコバルトリッチクラストが分布していますか

日本に近い北西太平洋には多数の海山があり、世界的に見てもコバルトリッチクラストが多く分布する海域とみなされています。これまで日本で資源調査が行われたのは、南鳥島周辺から太平洋沖合にかけての海域で、この海域の海山には全体的に多くのコバルトリッチクラストが存在していることが分かっています。日本の排他的経済水域(EEZ)内やその外側の公海域でも調査が行われていますが、小笠原諸島の南鳥島周辺は日本の本土に近いことから探査・開発に良好な条件を備えていて期待されています。

日本近海で賦存が期待される鉱物資源の分布

日本近海で賦存が期待される鉱物資源の分布(JOGMEC 提供)

日本がリードするコバルトリッチクラスト探査

日本でのコバルトリッチクラスト探査の歴史について教えてください

科学調査により、このような資源が存在することは以前から認識されていました。2007年に日本の海洋政策の枠組みを定めた「海洋基本法」1)が制定され、そのなかで海洋鉱物資源についてその実態を把握し、有効に活用する目標が設定されたのです。これを受け、本格的な調査を行う方針となり、JOGMECはコバルトリッチクラストの調査を開始しました。現状、日本はコバルトリッチクラストの調査において世界をリードする国の1つです。

1) 海洋に関する基本理念や施策の基本となる事項を定め、海洋立国の実現を目的とした日本の法律

大きな成果をあげられた2020年の調査についてお聞かせいただけますか

2020年に、JOGMECは日本のEEZ内にある南鳥島南方の拓洋第5海山で試験機を用いた掘削試験を行いました。コバルトリッチクラストの掘削試験は世界初の試みでした。コバルトリッチクラストを削り取る機器を海底に沈めて、斜面や砂地など特徴のある条件で掘削効率や走行性能などのデータを取得するとともに、掘削試験を実施し合計で649キログラムのコバルトリッチクラストを試験機と共に船上に揚収しました。回収したコバルトリッチクラストを使用して、鉱石から有用金属を取り出す製錬工程など生産技術試験も実施しました。

コバルトリッチクラストが分布する海山のイメージと、そこでの調査活動

コバルトリッチクラストが分布する海山のイメージと、そこでの調査活動(JOGMEC 提供)

掘削を行った海域の環境保全についてはいかがでしょうか

事前に周辺環境への影響を慎重に検討、確認し、環境への影響を最小限に抑える対策を講じています。また、掘削中・掘削後のモニタリングも実施し、継続して評価を行っています。

海洋調査の現場でのエピソードや印象的な出来事がありましたら教えてください

関係者に聞いた話ですと、調査が行われた2020年は新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生した年でしたので、海洋資源調査船「白嶺」の乗船者の感染対策がとても厳格に行われたようです。

また、EEZ内といっても東京から2,000キロメートル離れた場所ですので、調査海域まで行くのに1週間近くかかります。船の運航スケジュールは決まっていますので、何か機器トラブルなどが起こったら、そのまま何もできずに戻ることになりかねません。

遠隔操作無人探査機(ROV)から見た掘削の様子

遠隔操作無人探査機(ROV)から見た掘削の様子(JOGMEC 提供)

気象・海象も重要で天気が悪く海が荒れるとせっかく持ってきた機器を海底に降ろすことさえできなくなります。幸い無事に10日間連続して作業ができて、現地での試験もうまくいったということでした。帰路では西ノ島が噴火活動中で、船上から見た溶岩流が大変印象的だったと聞いています。

JOGMEC本部に飾られている「白嶺」

JOGMEC本部に飾られている「白嶺」(JOGMECが保有する海洋資源調査船)の模型

2020年の調査から現在までどういった進展がありましたか

まずは、資源量や分布を正確に把握することがすべての基本になります。さまざまな機器を活用して観測、あるいは実際に掘削しながらその確認作業を実施しています。

また、試験機を用いて実際に掘削したことによって、掘削機に必要な改良点が具体的に判明しました。その課題解決に向けた取り組みも行っています。さらに、この鉱石を処理して金属にするプロセスの開発も継続的に進めています。

日本以外の国の調査や開発の動向は分かっていますか

公海における海洋鉱物資源は国際海底機構(ISA)2)が探査や開発を含め活動を管理しています。現在ISAと契約を締結してコバルトリッチクラスト探査のための鉱区を保有しているのは、日本、中国、韓国、ロシアの4ヵ国です。ただ、他国が具体的にどのような活動を行っているかについては公表されていません。

2) 国連海洋法条約が「人類の共同の財産」と規定した深海底の鉱物資源の管理を主な目的する組織

2027年度の総合評価に向けた今後の調査

2025年度以降もコバルトリッチクラストの調査が予定されていると伺っていますが、その具体的な内容について教えていただけますか

2007年の海洋基本法の制定以降、政府が定める海洋基本計画を踏まえて、経済産業省が海洋エネルギー・鉱物資源開発計画を5年ごとに作成しています。現在は4期目の計画に入っており、JOGMECはこの工程表に基づいて活動しています。

現5ヶ年計画の最終年度(2027年度)には、経済性評価を含めた総合的な評価を行う予定です。また掘削試験も予定されており、その実施に向けて、現在は試験機の開発が進められています。今後、試験を行う海域の選定や必要な機器の選定に加え、環境面での調査も並行して進めていく予定です。着々と準備を進めている段階です。

コバルトリッチクラストの調査・開発に関して、現時点で課題はありますか

非常に薄いアスファルト状に存在するコバルトリッチクラストを採掘する際に、基盤岩が混入することがあります。効率的な開発の観点から、鉱石以外のものが入り込まないように掘削する技術が求められます。さらに、効率的に船上へ鉱石を揚げる方法の開発も重要です。また、環境面でのデータ収集や解析手法の開発に努め、皆様にご理解いただける情報を提供することが必要だと考えています。

開発について国際的なルールなどはあるのでしょうか

現時点では、開発に関するルールはありません。現在、ISAによってコバルトリッチクラストを含めた海洋鉱物資源の開発のためのルール作りが行われています。

JOGMECの職員がISAの法律技術委員に選出されているほか、日本政府代表団の一員として理事会に参加し、国際的なルール作りにも貢献しています。

また、ISAで開発規則が制定されると、日本国内でもそれを踏まえたルール整備の議論が進むのではないかと思われます。

JOGMEC様には水中3Dモデリングカメラを購入いただきました。今後の調査ではどのような活用を想定されていますか

水中3Dモデリングカメラ「Discovery Stereo」

物体の形を、正確な位置情報を持つ3D点群データとして表現。
海底地形を精密に立体的に表現できるほか、表面の色情報も同時に持つことができる。

海底地形を立体的に詳細に把握するために活用したいと考えています。特にコバルトリッチクラストの掘削試験に関して、掘削時には機器を操作しますが、海底面の地形により揺れが発生し、傾斜によっては機器が上下に動いてしまい、掘削がうまくできないことがあります。そのため、地形を事前に詳細に把握しておくことが、掘削機器を正確に地形に追従させるために重要です。試験測線の微地形の把握、凹凸量や転石のサイズ測定、掘削跡地の観察、掘削量の把握を予定しています。また、海底観察による環境調査では高解像度画像による生物相の把握、一定範囲における個体数の推定などへの利用も期待しています。効率的な開発のために詳細な地形データの取得は非常に有益であると考えています。水中3Dモデリングカメラを使用することによる効果に大きく期待しています。

コバルトリッチクラストがもたらす未来

栗原 健一氏 写真

将来的にコバルトリッチクラストの商業採掘が開始された場合、どのような利益が考えられますか

コバルトリッチクラストに含まれるレアメタルの中で、特にコバルトについて言及すると、世界の生産量の7割近くがアフリカのコンゴ民主共和国で生産されていますが、歴史的に政治的な不安定さなどが存在します。そのため、新たな供給源を確保することは、経済安全保障上極めて重要な課題となっています。このような状況下で、日本が自国または企業の意思で管理することが可能な資源を確保できるという点は、大きなアドバンテージになると考えています。

最後に、一言コメントをお願いいたします

海洋鉱物資源は世界でもまだ商業化した事例がありませんが、JOGMECでは、将来の実用化に向けて、必要な情報収集や技術の開発をしていくことが重要だと考えています。他の国々にとっても同様に初めての試みであり、挑戦の多い分野ですが、適切なタイミングで技術と情報を提供できるよう、着実に準備を進めてまいります。

プロフィール

栗原 健一氏 写真

独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)
金属海洋資源部長

栗原 健一氏

1993年にJOGMECの前身である金属鉱業事業団に入団。専門は地質。中南米での鉱物資源探査のほか、国内の休廃止鉱山の鉱害防止支援部門や生産技術開発部門に従事。2021年6月にリマ事務所から帰任し、コロナ禍において海洋資源調査課長として海洋鉱物資源事業を初めて担当。2024年5月より現職。

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