「より安全な車のために」 ―Euro NCAPの取り組みとバーチャル試験の動き

CSI社 Sales Director, Business Unit Automotive Andrea Tesio氏

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目次
  1. はじめに
  2. Euro NCAPの認定試験所 CSI社について
  3. 欧州の自動車の安全性能を評価するEuro NCAPのミッション
  4. 対象車を選ぶ方法、欧州市場の状況を表すための仕組み
  5. Euro NCAPにもバーチャル試験を導入する動き
  6. 自動運転の実現
  7. CSI社が考える日本市場

「より安全な車のために」 ―Euro NCAPの取り組みとバーチャル試験の動き

はじめに

自動運転(AD)や先進運転支援システム(ADAS)に関する技術開発が進み、世界各地で自動車の安全性能に関する規制や法律が定められています。自動車メーカーにとっても消費者にとってもAD/ADAS機能は重要なものになりつつあります。欧州で実施されているEuro NCAPの試験も、車両の機能を評価する一つの重要な指標となっています。

そこで、Euro NCAPの認定試験所であり、試験の具体的な内容の決定にもかかわる、イタリアCSI S.p.A(IMQグループ会社)の自動車ビジネスユニットでセールスディレクターを務めるAndrea Tesio氏に、近年、自動車の開発試験にも多く取り入れられているバーチャルでの試験がEuro NCAPにどのように導入されていくか、お聞きしました。

csi

【インタビュアー】
浅原亮平
(株式会社東陽テクニカ 機械計測部 係長)

Euro NCAPの認定試験所 CSI社について

本日はご来社くださり、どうもありがとうございます。まずはCSI社の事業について教えてください。

Andrea Tesio氏

CSI社は、材料、製品、管理システム、事業コンプライアンスなどの領域で、幅広い試験・認証サービスを提供しています。さまざまな研究機関との応用研究を経験したエンジニア、物理学者、微生物学者などを含む約400名のスタッフが集まる、欧州の技術ハブとして知られています。1995年の設立当初は化学分野で事業を行っていましたが、その後自動車分野で、試験所や認証機関としての事業を拡大してきました。

イタリア自動車クラブ(ACI)1)と戦略的パートナーシップの関係にあり、Euro NCAPの理事会メンバー、および試験所として活動しています。CSI社の試験所では、Euro NCAPの認定のもと、Euro NCAPの車両安全性能評価の格付けに必要な試験をすべて実施できます。

1) Automobile Club d'Italia(ACI)は、イタリアの非営利公共団体。イタリアの自動車ユーザーをサポートし、車社会の発展を促進する。

TesioさんのCSI社での役割を教えてください。

私は現在、CSI社の自動車ビジネスユニットのセールスディレクターを務めています。これまで、CSI社の車両検証部門の責任者として、さまざまな試験に携わる約100名を統括してきました。また、FIATグループ、マセラティ、フェラーリなどのエンジニアリングや試験のサポートを、プログラムマネージャーとして担ってきました。

CSI社(CSI社提供)

CSI社(CSI社提供)

欧州の自動車の安全性能を評価するEuro NCAPのミッション

Euro NCAPについて教えてください。

European New Car Assessment Program、通称Euro NCAP(ユーロエヌキャップ)は、欧州の自主的な自動車安全性能評価プログラムです。1996年に設立され、本部はベルギーのルーベンにあります。欧州各国の政府や自動車工業会など16のメンバー、CSI社を含む11の試験機関が加盟しています。1997年に最初の評価結果を公開しました。

Euro NCAPは、どのような目的で活動していますか。

Euro NCAPのスローガン“For Safer Cars”(より安全な車のために)が示す通り、私たちのミッションは、欧州の消費者に対し、乗用車の安全性能に関する、信頼性の高い、タイムリーな情報を提供することです。販売されている新車の安全性能を評価し、その結果をEuro NCAPのWebページで一般公開しています。消費者が新車を購入するときに、安全性の高い車を選ぶ一助となることを期待しています。
https://www.euroncap.com/en/ratings-rewards/latest-safety-ratings/

主に以下の4分野で評価し、総合的な安全性を5つ星で表しています。

・成人乗員の安全性
・子ども乗員の安全性
・歩行者や自転車などの交通弱者の保護
・運転支援技術や衝突回避技術などのセーフティアシスト

Euro NCAPの試験は、車の安全性能を向上させるという点で、自動車メーカーの新車設計にも大きな影響を与えるようになってきています。またEuro NCAPは、Green NCAPという「環境性能」の評価プログラムも運営しており、将来的にはEuro NCAPの一部に組み込んで評価する予定です。

AEB-CPNA(自動緊急ブレーキ:右側からの歩行者横断)シナリオの試験の様子(CSI社提供)

AEB-CPNA(自動緊急ブレーキ:右側からの歩行者横断)シナリオの試験の様子(CSI社提供)

対象車を選ぶ方法、欧州市場の状況を表すための仕組み

Euro NCAPの評価は、欧州の新車設計の基準とは異なるのですか。

自動車メーカーが製品を市場に投入するには、販売する国が定めた基準に適合していなければなりません。これを証明するための一連のプロセスが“Homologation”(認証)です。初期評価から、試験の実施、当局に提出する資料の作成まで、製品を販売する前に必要なすべてのプロセスのことです。

一方、Euro NCAPの評価は、認証を取得した後の車の性能評価です。これを“Validation”(検証)と呼びます。EUの法律・規制の最低要件をクリアし、すでに市場に出回っている車が対象です。

つまり、欧州の基準に適合する認証とEuro NCAPの性能評価は、全くの別物です。Euro NCAPは安全性能の指標となる幅広い試験を行い、点数付けを行っているのです。ある車が5つ星を獲得していたら、それは安全性能の面で最高クラスであることを意味しています。

評価対象となる車種はどのように選定するのですか。

Andrea Tesio氏

Euro NCAPの各メンバーは、毎年少なくとも1車種を選び、評価をして結果を公表することになっています。これによって、欧州の消費者に対してこのプログラムを提供し続けることができますし、自動車メーカーに対しては、新製品を市場に投入するときに、評価を受けたいと思わせる動機付けになります。車種選定の基準には、主に次のようなものがあります。

・欧州市場の特定の市場セグメントで販売されている乗用車の台数
・自動車の安全性能を高めるために必要な新技術を搭載していること

Euro NCAPのメンバーは、どのメーカーの車種を選んでも良いのですか。

はい。各メンバーは、独自の視点で車種を選びます。自国メーカーでも構いません。また、自動車メーカーが自社の車を評価対象として申告し、評価を受けることも可能です。どちらの場合も試験のプロセスは同じです。ただし、安全装置が標準装備されているモデルが評価対象となります。

評価対象の車両はどのように調達するのですか。

評価には、最大で4台の車両が必要です。Euro NCAPは匿名で、一般消費者と同様に販売店から車を購入します。もし、安全装備の変更など、製造上の変更があった場合は、メーカーに対して、その部分を車に装着するように依頼することもあります。これにより、評価結果で、現在生産されている車の状況を正確に表すことができるのです。

ELK oncoming(緊急車線保持:対向車)シナリオの試験の様子。自車両(黒)が車線変更する際に、ADASが対向車を認識し、衝突回避のために強制的に走行車線を維持するもの(CSI社提供)

ELK oncoming(緊急車線保持:対向車)シナリオの試験の様子。自車両(黒)が車線変更する際に、ADASが対向車を認識し、衝突回避のために強制的に走行車線を維持するもの(CSI社提供)

Euro NCAPにもバーチャル試験を導入する動き

ここからは、Euro NCAPの今後についてお伺いします。現在は、基本的に実車を用いて試験が行われていますが、今後はEuro NCAPでもバーチャルで試験を行う動きがあるのでしょうか。

はい。車の認証プロセスと同様に、Euro NCAPもバーチャルでの評価を考えていきます。車両性能の数値シミュレーションをすることによって、信頼できる情報を得ることができるようになってきていますから。実際、バーチャルでの評価は、試験にかかる工数やコストの削減ができることに加え、現在の技術では実現できないことも再現できるため、車両性能を向上させることに大きく貢献します。

Euro NCAPの長期計画「Vision 2030」でも掲げていることですが、将来、Euro NCAPのプロトコルは、新しいシナリオを組み込んで更新される予定です。試験シナリオがより現実の世界に近づくと期待されます。ただし、実現しようとすると、試験自体が複雑になり、プロセス全体としてより高度な技術が必要とされ、コストも高くなります。

これに対応するための新たなアプローチとして、私たちは、バーチャルと実車の試験を組み合わせようとしています。例えば、衝突安全の試験では、性別や年齢、体格の違いによる怪我の状況などを検証しますが、バーチャルで試験をすれば、条件を変えて何度も衝突試験を繰り返す必要はありません。バーチャルと実車の試験をバランスよく組み込むことができれば、試験全体のコストや労力も減らすことができます。これまでの試験・評価から大きく変わると思われます。

バーチャルでの評価が必要とされる理由を教えてください。

バーチャルで評価することによって、自動車エンジニアは、車両を現実世界で走らせたときの挙動を迅速に把握することができます。試作車を繰り返し作る必要はありません。さまざまなシナリオでテストを実施し、組み込みソフトウェアの機能を確認することで、車両の挙動を予測することができるのです。バーチャル試験にも新しいツールが出てきて、シミュレーションが進歩したことで、より速く効率的に実施できるようになり、費用対効果も高くなっています。

Euro NCAPとしては、バーチャルを組み込むことで、点数付けのプロセスを効率化することができます。実車試験では計測したデータを加工する作業も必要となりますが、バーチャルではその工程がなくなります。

自動車メーカーにとっても、信頼性の高いバーチャル設計があることはメリットになります。実車試験を行う前の開発段階で、Euro NCAPの格付けにも対応するようにシナリオを変更し、必要があれば追加で試験ができますから。結果として、自動車の安全性能を向上させる技術がより早く導入されることにつながります。

Euro NCAPは、具体的にどのようにバーチャル試験のプロトコルを開発しますか。

アプローチは、現在の手順と同じようなものになると思います。まず、各自動車メーカーに対して、性能を示す資料の提出を求めることになります。Euro NCAPはその資料をもとに、評価対象となるシナリオのマトリックスを完成させます。

Euro NCAPでは、いつ頃バーチャル試験が導入される見込みですか。現在、何か課題はありますか。

いまプロトコルを更新しているところですが、2026年から2029年の間になる見込みです。2023年内に新たなプロトコルを確認し、2022年に試験をした車両で新たな格付け方法とプロトコルを試してみる予定です。3~4スターか5スターを獲得した車種を対象にすることで、スムーズに対応できると考えています。課題は認識していませんが、新たな手順を導入するために準備を進めているところです。

バーチャル試験はどのようなシステムになるか、どのように導入するか決まっていますか。

Andrea Tesio氏

具体的にはこれから検討していきます。そもそも私たちは、認定試験所として中立的な技術アプローチで車両の性能をテストします。自動車メーカーが実装する技術に関係なく、車両の挙動を評価しているということです。性能測定に特定の手法や技術が必要な場合は、関連するワーキンググループと議論し、実車かバーチャル試験のどちらを適用できるか検討します。

例えば、2026年までに幼児置き去り検知システムの基準を変更する予定です。幼児が息をしているかを検知するセンサーなどの搭載が必要になります。しかし現時点では、この機能を評価する設備がないため、自動車メーカーが提出する資料によって評価することになります。もしくは別の方法で、例えば、車内に幼児が呼吸している動きを模擬するダミーを置いて評価することになるかもしれません。

実車にしてもバーチャルにしても、ワーキンググループから事前に自動車メーカーに対して通知します。私たちは中立的な立場で、信頼のある結果を出す必要がありますので、必要なツールを導入していきます。

Euro NCAPがバーチャル試験を行う場合、実車試験の結果と合致するか、確認しますか。

試験所として、バーチャル試験の正確性を確認することは可能ですが、結果の信頼性については、自動車メーカーが責任を負うものです。バーチャルと実車の試験の相関性は、メーカー側で検証されているもので、問題ないと考えています。

将来的に、実車試験は減っていくものですか。

新たなアプローチでは、実車とバーチャル試験を組み合わせることで、確実に評価にかかる時間や回数は少なくなり、実車試験も減っていくでしょう。現行の基準を超える自動車性能の評価ができるようになり、結果的に、自動車の安全性を向上させることにつながります。

自動運転の実現

ここからは自動運転についてお聞きしたいと思います。完全な自動運転が可能になるのはいつ頃だと思いますか。

自動運転

自動運転は実現可能だと思いますが、適用される範囲によって大きく変わります。現実のシナリオは複雑で、車両やインフラのさらなる開発が必要となります。実現のタイミングや範囲を予想するのはまだまだ難しいことですが、実現に向けて動き始めている、というのは間違いないですね。

ただドライバー目線で言うと、自分で運転したい人にとっては、車が単なる移動手段になってしまうのは、残念なことかもしれないですね。例えば、カーシェアリングであったり、シートに座ってその移動時間を楽しむということであったり、別の種類の「モビリティ」として考えるようなアプローチも必要かもしれないです。

昨年、仕事で初めて日本を訪れましたが、自動運転車を体験してとても不思議な感覚でした。昨日(取材前日)は、無人運転の「ゆりかもめ」にも乗りました。技術は非常に成熟していると思いますし、日本での自動運転は可能だと思います。欧州はさまざまな国が集まり、国によって法律が異なりますから、実現までに時間がかかります。日本はその点ではシンプルです。ただし、まず実現できるのは高速道路、そして徐々に対象範囲を広げていくことになるのではと思います。

全ての自動車が自動運転になれば、交通事故はなくなるものでしょうか。

非常に難しい質問ですね。自動運転のどの段階かで話は異なります。自動運転の初期段階であるアシスト運転の場合、死亡事故を減らすことに役立つと思います。しかし、事故ゼロという目標を達成するには、完全に新しいパラダイムが必要で、特定の領域でのみ可能になると思います。その範囲が定まったら、どのように実行していくか考えることになりますが、技術の問題のみならず、モビリティの新たなコンセプトに沿って、インフラにも寄り添っていく必要があります。

CSI社が考える日本市場

Andrea Tesio氏

東陽テクニカは、CSI社のフリートサービスを日本市場に対して提供しています。東陽テクニカとの協業について、また日本市場についてどのようにお考えですか。

CSI社にとって、日本で信頼できるパートナーの存在は必要で、東陽テクニカとの協業はとても大事だと考えています。日本市場に関する知見を得て、どのようにサービスを展開するかを考えるうえで、東陽テクニカとの協力関係は非常に重要です。また、技術の点で言えば、東陽テクニカは自動車分野とのつながりが深く、日本の顧客に対してコミュニケーションを取りやすいと思っています。また日本市場は、車両の安全面や法律面で、次の方向性を示す重要な市場だと考えています。

本日はどうもありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

プロフィール

Andrea Tesio氏 写真

CSI社
Sales Director, Business Unit Automotive

Andrea Tesio 氏

1971年トリノ出身。トリノ大学で物理学を専攻。FIATの研究開発センターで教育プログラムを受ける。2000年にCSI社に入社。2005年以降、車両検証部門の責任者。2006年以降、FIATグループ、マセラティ、フェラーリのエンジニアリング・試験のサポートで、プログラムマネージャーを担当。2020年より自動車ビジネスユニットのセールスディレクターを務める。

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