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次世代型太陽電池として注目されるペロブスカイト太陽電池の実力とは

桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授
東京大学先端科学技術研究センター・フェロー 宮坂 力 氏

本記事の内容は、発行日現在の情報です。
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目次
  1. ペロブスカイト太陽電池とは何か
  2. ペロブスカイト太陽電池が発展するために
  3. 研究開発のための測定・評価について
  4. ペロブスカイト太陽電池の研究動向

高性能・高品質の太陽電池は、脱炭素社会の構築に欠かせないものとなりました。なかでも、次世代型として注目されるペロブスカイト太陽電池は、いままでの太陽電池では不可能な場所にも設置可能で、多くの用途が期待されています。

今回はペロブスカイト太陽電池の生みの親で、光エレクトロニクス関連で優れた業績を上げた研究者に贈られる、イギリスのランク財団の賞を2021年9月に受けた、桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授 宮坂力氏に、国内海外を問わず話題の同電池について、お話を伺いました。

【インタビュアー】
吹田 尚久
(株式会社東陽テクニカ 理化学計測部 統括部長)

ペロブスカイト太陽電池とは何か

ペロブスカイト太陽電池を開発された経緯をお聞かせください。

ペロブスカイト結晶を用いた太陽電池を、ペロブスカイト太陽電池といいます。同電池が開発される前の話となりますが、2000年頃から、超電動材料中の鉛酸化物の酸素の部分が、ヨウ素や臭素などのハロゲンに替わったハロゲン化金属ペロブスカイトが研究されており、よく光ることが知られていました。これを光電変換の素子として応用研究し開発したのが、ペロブスカイト太陽電池です。

その頃のペロブスカイトは量子閉じ込め効果によって、光の吸収・放出はともに特定の波長だけでした。そのため、この時点ではまだ誰も発電目的の研究に着手していませんでした。私たちがそのペロブスカイトを担持(電極に付着)させて、電圧・電流の応答に成功したのが2006年のことで、研究成果をアメリカ電気化学会(ECS)で3回発表しています。

2009年に論文誌に発表したペロブスカイト太陽電池は、色素増感太陽電池の色素部分をペロブスカイトに置き換えたもので、太陽光に対するエネルギーの変換効率は約4%でした。材料は金属の鉛、ハロゲン、メチルアンモニウムという有機の+イオン三つ。これらは、ペロブスカイト太陽電池のスタンダード材料とも言えるものです。

図1:ペロブスカイト結晶の構造(宮坂氏提供)

図2:ペロブスカイト太陽電池の断面構造(宮坂氏提供)

ハロゲンを用いるのでイオン性が高く、水などに入れて極性の溶媒を入れると溶けます。これを徹底的に溶かし、塗って乾かせば、溶媒がなくなって結晶ができあがる。この溶液を薄く、穴が開かずデコボコしないよう0.5μ厚で基板上に塗布していけば、ペロブスカイトの太陽電池が作れます。塗って乾かしたイオン結晶は、非常に優れた半導体特性を獲得します。結晶に含まれる原子や電子などの配列が乱れる欠陥ができたとしても、それほど問題にならない欠陥寛容性の優れたものになります。つまり、簡単に作れることを意味するのです。

図3:ペロブスカイト溶液と基板の電極パターン

塗布する基板は、ガラス以外に金属膜やプラスチックフィルムなども使えます。厚さ50μしかない極薄のフィルム上に塗布してペロブスカイトの膜を形成(成膜)し、発電することも可能です。例えば、ペロブスカイトを塗った気球を飛ばして雲上で発電することをJAXAと共同研究しています。

基板を含めて極薄のものを作れることから、曲率の影響を受けにくくなり、自在に曲げることも問題ありません。シリコン太陽電池はシリコンを薄くスライスすることができないので、曲げる用途には不向きです。ペロブスカイト太陽電池は薄くて軽いので、窓や壁に貼って発電させることもできます。使い方に合わせて、ペロブスカイトの濃度を薄くすることや、オレンジから褐色まで波長400~850nmの間で色味を変えて作ることもできます。

一般的なシリコン太陽電池との違いは何ですか?

ペロブスカイトは鉛(2価の陽イオン)、ハロゲン(1価の負イオン)、そして有機や無機の1価の陽イオンのモル比(物質量の比)を変えたものを用意して塗って乾かせば、比較的簡単にいろいろな種類のものができます。ただし、まだシリコン太陽電池の変換効率を凌駕するには、至っていません。

普及しているシリコン太陽電池と比較して、大きな優位点はコストです。ペロブスカイト膜の単価は、原料から塗布工程まで全て含めて、1平方メートル当たり数百円。シリコンのウェハ基板だと2万円前後するはずです。変換効率が少しだけ低いとはいえ、半導体が二桁も安価でできるのであれば用途はたくさんあるはずです。

なぜペロブスカイトが次世代の太陽電池として注目されるのですか?

半導体性能のチャンピオンデータはガリウムヒ素で、電圧は1.12(バンドギャップ1.42の場合)といわれています。差し引きすると0.3ボルトのロスがありますが、非常に小さいものです。シリコンでは多くが0.5ボルトのロス(バンドギャップ1.2、電圧0.7)。ペロブスカイトはバンドギャップからの電圧の損失が少なく、バンドギャップ1.55で電圧が1.2くらい発生します。ガリウムヒ素に迫る性能といっていいでしょう。

電力を表すワットは電流と電圧の掛け合わせですが、実は電流の値はどの太陽電池も優秀で上限値近くにあります。違いは電圧の損失で、電圧損失が一番少なく、ほぼ理論限界に近いのがガリウムヒ素です。そんなガリウムヒ素が使われてこなかった理由は、製品展開が不可能なくらいコストが高いからです。宇宙とかCMOS半導体の中のパーツなど特殊なものを除いて、大きな面積の太陽電池では使うのは無理でしょう。その点、ペロブスカイトは非常に安価です。

なぜペロブスカイトか、と問われると、先ほどお話した通り、化学的に原料の比を調整することができるので、極薄の膜が作れるのです。これが大きな利点ですね。また電圧が高く、厚みに対する光の吸収量をあらわす吸光係数が1センチメートルあたり10の5乗と大きく、いままで実用化してきた薄膜太陽電池とほぼ同等な性能も、注目されているポイントだと考えます。

屋内だと、ペロブスカイト太陽電池にとって厄介な紫外線や赤外線がないので、変換効率は34%にもなります。また、太陽電池のフィルムはハサミで切っても発電できるので、この点でも用途が広がります。綺麗にカットしてワッペンとして胸につければ、ここで発電した電気でポケット内のスマートフォンを充電することもできます。塗布して作るのでプリンターで印刷すれば、文字が太陽電池になるなどということも夢ではありません。パソコン用デバイスに付けて屋内のLED光で発電させたり、窓や壁といった半屋外に貼って使ったりと、注目される点はいくつもあります。

図4:ペロブスカイトの吸光係数(宮坂氏提供)

ペロブスカイト太陽電池が発展するために

実用化に向けて何か問題点などありますか?

ポーランドのベンチャー企業であるサウレ・テクノロジーズが小規模の生産ラインを作って、B to Bのビジネス製品の量産を始めました。

海外ではほかにも、ペロブスカイト太陽電池の量産に向けて準備中の企業がいくつかあります。残念ながら日本は、まだそこまで来ていません。

ペロブスカイト太陽電池がどのような環境下で何年間使えるのか、温度85℃、湿度85%で1,000時間以上稼働させる強制劣化試験をしているところです。晴天時の強い光を何百時間も当てる試験もしています。JIS規格で薄膜太陽電池の耐久性を示す標準規格ですが、海外のものはそのような試験をパスしています。ただ、加速条件下での結果は出ていますが、実際のところ5年~10年使った事例はまだないので、本当か否かはわかりません。ただし、実用レベルに達していることは、間違いないと言えます。

現状では、ほかの蒸着製造する半導体と比べて面積を大きくすると、ペロブスカイト太陽電池の性能低下は大きいと言わざるを得ません。原因として、印刷するように塗布で作る際にムラをなくす技術がまだ完全ではないため、セル間のばらつきが出てきてしまうことがあるからだと考えられます。これによって性能低下が出てしまうのです。

耐久性の面では、屋外では温度の上下動もあり、紫外線の影響も受けて厳しいかもしれません。それよりも、屋内や半屋外で使うのがよいと考えます。屋内であれば、ほぼ100%問題ないはずです。

現在のテーマは何でしょうか?

ここ2年間、ペロブスカイト太陽電池の最高変換効率(屋外での評価の場合)が25.5%から上がっていません。いよいよ飽和してきたかな、という感じがしています。効率をさらに上げていくには、二つの方法が考えられます。一つはシリコンとタンデムにすること。もう一つは、ガリウムヒ素のようにバンドギャップを小さくする(吸収波長域を広くする)ことです。ただ後者のガリウムヒ素を真似るのは現段階では難しい。波長帯域を狭くすることは簡単ですが、それだと電圧が低くなってしまうのです。

極端な例かもしれませんが、効率を上げることを目的とした“新”ペロブスカイト太陽電池の開発を、私たちは考えています。ポイントは材料から鉛をなくすこと。ペロブスカイト太陽電池がもし鉛フリーだとしたら、いまの倍ぐらいのスピードで普及していたはずです。そこで、大学では人間の喉の細胞にペロブスカイトの粉末を加えた毒性試験などを行っています。鉛は人体に悪影響を及ぼすのでなくしてしまいたいのですが、鉛フリーの太陽電池はハードルが高いのが実情です。

図5:ペロブスカイト太陽電池の効率の進歩(宮坂氏提供)

ペロブスカイト太陽電池はどのような用途で今後発展していくのでしょう?

ペロブスカイトの原料は、全て国内で調達できます。材料の一つであるヨウ素は、日本は世界第2位の生産国ですから。海外から原料を輸入しなくてもよいので、輸入時にかかるエネルギー負荷を少なくできます。ペロブスカイト太陽電池の変換効率の上昇も含めて考えると、私たちの試算では1kWhあたりの発電コストを7円くらいに下げられそうです。

シリコン太陽電池が稼働できない曇天・雨天でも活用できるのが、ペロブスカイト太陽電池の強みです。例えば、曇天の日が3割、雨天が1割あるとします。雨天時はいまのシリコン太陽電池は使えませんが、ペロブスカイト太陽電池は光が弱くともなんとか活用することはできます。その効果も考慮すると、年間の発電量はシリコン太陽電池が約1,000kWh、ペロブスカイト太陽電池は1,100kWhくらいと考えられます。試算では、印刷式の工程なので安価で短期に製造できること、変換効率が高いので設置面積が少なく済み設置コストが下がること、天候による稼働で有利なこと、これらを考慮し、割り出したのが7円なのです。

一般に普及してきた結晶シリコン太陽電池の発電コストが、約12円です。ちなみに、一般家庭が電力会社から購入する電気の小売値は25円ほどなので、卸値はその半額くらいでしょうか。ペロブスカイト太陽電池は、現在一番安いとされている石炭火力の卸値とほぼ同等です。このことからもペロブスカイト太陽電池が普及すれば、CO2発生量も減らせる安価なサステナブル・エネルギーができるのではないかと考えています。

普及していく分野としては、自動車のルーフトップなどにペロブスカイト太陽電池を使うことも、有効だといわれています。自動車メーカーが求める低コストに合致し、薄く軽いことと曲面への設置が容易というのがその理由です。ほかにも、自動車は、晴天下で走行していて急にトンネルなど暗所に入ることがありますが、シリコン太陽電池はそういった激しい光量変化に対応が厳しい一方、ペロブスカイト太陽電池は対応可能です。蓄電には電圧が大きく関わっており、電流は上下しても電圧は極力安定させたい。ペロブスカイト太陽電池は電圧が一定であることが、メリットになるのです。

研究開発のための測定・評価について

ペロブスカイト太陽電池の性能評価のためにどのような測定が必要でしょうか?

性能評価では、新しい材料を作ったときに発電の損失が物理的にどのくらい起きているのかを、測らなければなりません。ペロブスカイトは発電させなければよく光るのですが、不純物や欠陥が増えると光らなくなります。ここでは照射した光に反応した発光を測る、蛍光光度計を使います。

電子がどのくらい走るのか、拡散距離を測る計測器も必要になります。また、薄膜なので厚み方向にどれくらい拡散するのか、電子の流れはどうなのかといった物性面の測定も求められます。半導体のエネルギーレベルの測定もします。さらに、デバイスに応じた電流電圧特性を測る装置や、太陽光源関連の測定装置なども使います。最大電力を何百時間もモニターする装置なども同様です。そして比抵抗/ホール効果測定も重要だと思います。P/N判定、キャリア濃度、移動度が評価できれば性能アップにつながると考えます。東陽テクニカさんに手伝っていただいてサンプル測定をしたところ、非常に興味深い結果を得ることができました。近い将来、ぜひ導入したいと思っています。

私たちが設立した大学発ベンチャーでは、光源を照射するソーラーシミュレーターや、外部量子効率を測るEQE測定装置などを販売してきました。パターンを入力して、自動でペロブスカイトを成膜する装置などもあります。これは、同じ食材を使ってレシピを知っていても料理する人によって味が変わるのと同様に、作り手によってペロブスカイトがみな同じとは限らないので、それを解消するために開発した自動装置です。儲けを度外視してペロブスカイト普及の一助になればという思いでラインアップさせた機器です。

ペロブスカイト太陽電池の研究動向

ペロブスカイト太陽電池の海外での研究はどのような状況でしょうか?

ペロブスカイト太陽電池の研究者は、世界に約2万5,000人います。このうち、中国人研究者は1万5,000人程度でしょう。日本国内は500人程度で、研究密度は高いのですが、それでもなかなか厳しい状況です。この状況を打破するには、日本でも若い人の研究を伸ばしていかなければなりません。それには支援する研究資金が必要です。国が支援するのは大前提ですが、アメリカなどを見ても政府の支援は日本とそれほど変わらないようです。アメリカは軍事関連からの研究資金も出ていますが。それよりも大きな違いは、企業や資産を持った個人などが、研究のために何十億円も資金を出す土壌があることだと思います。

海外の学会などに出席して驚かされるのは、1人の教授の元に、ポスドク(博士研究員)が10人程度いること。つまり豊富な資金があるのです。日本では大学の運営資金交付金や科研費だけだと、ポスドクなど若い研究者を抱えることができない。なんらかの外部資金を受けなければ厳しいが、日本はその部分がなかなか進まない状況です。何かしらアクセルを強く踏まないと、世界の研究の先頭集団に日本が居続けるのは難しくなると危惧しています。

日本の若手研究者の方へひと言いただけますか?

人生は1回しかないので、新しいことにチャレンジする時間を一度持ってみるとよい。現実的な話になってしまいますが、会社に入ると勉強する時間がなかなか取れなくなります。一生のうちにいろいろなことをやったほうがよいと思います。特にサイエンスやエンジニアリングを専攻している人は、真の研究というものを一度は経験してみるのもよいのではないかと伝えたいですね。

プロフィール

桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授
東京大学先端科学技術研究センター・フェロー

宮坂 力 氏

1981年、東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。富士写真フィルム株式会社足柄研究所主任研究員を経て、2001年、桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授、2017年より現職。2005年~2010年に東京大学大学院総合文化研究科教授を兼務。2020年より早稲田大学先進理工学研究科客員教授を兼務。受賞は、英ランク賞(2021年)、応用物理学会業績賞(2019年)、日本化学会賞(2017年)、市村学術賞(2020年)、クラリベートアナリティクス引用栄誉賞(2017年)、GSC文部科学大臣賞(2009年)など。