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脱炭素社会実現における全固体電池の社会的役割

国立研究開発法人物質・材料研究機構 エネルギー・環境材料研究拠点 拠点長
高田 和典 氏

本記事の内容は、発行日現在の情報です。
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目次
  1. 全固体電池とは
  2. 車載向け全固体電池実用化への期待
  3. NIMSでの研究について
  4. 今後の展望

車両の電動化や、脱炭素社会実現のキーデバイスである全固体電池。固体電池研究の第一人者である、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS) エネルギー・環境研究拠点 拠点長の高田和典氏に全固体電池実用化に向けた課題、今後の展望についてお伺いしました。

【インタビュアー】
池田 勝紀
(株式会社東陽テクニカ 理化学計測部 部長)

全固体電池とは

全固体電池とはどのような電池なのか教えてください。

皆さんにも馴染みのあるリチウムイオン電池では構成部材として液体の電解質が使用されています。この液体の電解質を固体に置き換えた電池を“全固体電池”と呼んでいます。固体電池が実用化されたのは心臓ペースメーカー用途だけですが、現在研究が進められているものとして固体電解質に“硫化物”または“酸化物”を使用した全固体電池があります。

現時点では硫化物の固体電解質が酸化物に比べてイオン伝導度が一桁程高く、高性能と言えます。さらに硫化物の固体電解質は柔らかい物質であり、力を加えたときに変形しやすく粒子同士がタイトに密着するため電極と接合することが容易になります。イオン伝導度と電極との接合性により高い性能が達成され、車載向けの全固体電池の本命として研究開発が進んでいます。

対して酸化物の固体電解質はイオン伝導度が硫化物より一桁程低く性能は劣りますが、それでもリチウムイオン電池に使われている非水溶媒電解質と比べて遜色はありません。しかし、酸化物の固体電解質は硬い材料で粒子同士の接合が難しく、結果として固体電解質のイオン伝導度に見合うだけの性能を発揮できていません。現在、数社からサンプル出荷されている酸化物型の全固体電池はチップ型などの小型のものにとどまっており、IoT用途として搭載を目指している段階です。

図1:リチウムイオン電池(左)と全固体電池(右)の違い(高田氏提供)

全固体電池の長所および短所を教えてください。

固体電池研究の歴史は1950年くらいまでさかのぼり、「固体の中をイオンが動くというのは面白い、じゃあ電池で使えるね」という話から研究が始まりました。その後1990年代に民生用のリチウムイオン電池が誕生し、電解質が水溶液から有機溶媒になりました。そのあたりから、固体電池は有機溶媒のような可燃性物質を使用していないので“燃えないリチウムイオン電池”ができることが特長として言われるようになりました。

固体電解質の広義としては1990年代に流行ったポリマー電解質がありますが、セラミックスの固体電解質に限定してお話ししますと、セラミックスの電解質では特定のイオンしか動きません。一般に固体の中のイオンは動きにくく室温で動くのは一価のイオンに限られます。つまり、リチウムイオン電池を固体化した場合はリチウムイオンしか動かずマイナスイオンは動きません。よって、固体電解質内では液体電解質で見られるような塩濃度の偏りが起きにくく、大きな電流を流してもリチウムイオンがない領域ができにくいため高出力が可能と考えられています。

もう一つの長所は副反応を引き起こす反応種の拡散がないこと。例えば正極表面で電解質が酸化分解されるというプロセスを考えた際、酸化される反応種が正極表面まで輸送されるプロセスが必要になります。ところがリチウムイオン以外動かないということは、そういう副反応を起こす物質輸送がないということなので、極めて長寿命で信頼性の高い電池になります。この高入出力と長寿命で信頼性が高いことが、全固体電池が最近世間で注目を集めている大きな理由です。

エネルギー密度が高い全固体電池をどのようにして設計するのですか?

基本的に理論エネルギー密度は電極の材料で決まります。電解質が液体であろうが固体であろうが、同じ活物質の電極材料を使用すれば理論エネルギー密度は同じになります。その上で固体のメリットは、液体電解質の中では副反応が原因で使用できない高エネルギー密度の活物質が使える可能性があるということになります。あるいは、液体の場合、セルやモジュール設計の過程で、液体を収納するために電池ケースを密閉しないといけませんが、電解質の耐熱性が低いため、密閉するために高温プロセスは使えない。そんなことが固体であれば実現できる可能性があり、電池製造プロセスの自由度が上がることで結果としてエネルギー密度を向上することにつながる可能性が考えられます。

電解質が有機電解液の従来のリチウムイオン電池と、電解質が固体の全固体電池では研究のフェーズによりアプローチが似ていることもあれば全く異なることもあります。例えば、物質探索の面では液体の電解質には多数の添加剤が加えられていますが、その効果検証のためには膨大な数の実験が必要になります。その実験を効果的に実施するために、AI技術を活用した材料探索が検討されています。固体電解質の材料探索においてもデータ科学を使う流れが生まれてきています。一方で、電極を液体の電解質の中に浸ければ自動的に両者が接合されるリチウムイオン電池と違って、固体の電解質の場合は固体同士をつなげないといけません。それが酸化物の場合は非常に難しいというのは先ほど説明した通りです。

車載向け全固体電池実用化への期待

日本政府は「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」という政策目標を掲げています。近年の世界的な脱炭素の流れにおいて全固体電池はキーデバイスと考えられますか?

液体電解質を用いたリチウムイオン電池だけではカバーできない用途・産業が脱炭素に向けていろいろと生まれてきています。電気自動車に搭載するためには、現在の民生用リチウムイオン電池よりもエネルギー密度が高く、遥かに長い耐用年数を達成しないといけないため、性能を満足する電池として全固体電池が候補になります。

ほかに、再生可能エネルギーを導入するときに定置用のエネルギー貯蔵が必要ですが、そこでも全固体電池の長寿命は大きな意味を持ちます。電池寿命が長いということは電池の交換頻度を減らすことにもつながるため、全固体電池の普及が社会全体に与える影響は大きいと考えています。また、全固体電池は“ポストリチウムイオン電池”になるポテンシャルはありますが、実用化には大きな苦労が伴います。先ほど硫化物、酸化物の固体電解質のお話をしましたが、硫化物の固体電解質を使用した全固体電池を搭載した実車試験が既に始まっています。また、経済産業省の国家プロジェクトでも各社が実用化に向けた取り組みをしていますが、最終段階での苦労として考えられることは、いかに大型化できるかと、性能のバラつきが少ない品質を達成できるかです。特に大型電池にした際の反応分布は課題です。電池表面は温度が低く、内部は温度が高くなるため、このような状態で電池を適切に作動させるためにはどうすればよいかなどを考えないといけません。一方で、酸化物の固体電解質の場合はまだチップ型しかできておらず、スマートフォンに搭載するような性能すら達成できていません。引き続き基礎的な研究が必要です。

車載用全固体電池の市場規模は2030年に66万台に到達するのではないかと推定されています。社会全体での全固体電池の位置づけはどのようになるとお考えですか?

自動車への搭載は先ほど説明した通りですが、IoTデバイスも一つの用途になりえます。電池の小型化が可能であるのに加え、ここでも全固体電池の長寿命が大きなメリットになります。社会的にどう位置づけられるかはリチウムイオン電池のような競合製品と比べて全固体電池のメリットをどのように出せるか次第と考えています。

NIMSでの研究について

話は変わりますが、所属されている国立研究開発法人物質・材料研究機構(以後、NIMS)についてご紹介をお願いします。

「金属材料技術研究所」と「無機材質研究所」が2001年に統合されてNIMSになりました。一つは金属、もう一つは無機材質、つまりセラミックスの研究所が合併し、ナノ材料から高分子、バイオなど幅広い範囲で材料技術をカバーする研究所になって現在に至ります。NIMSには最先端技術・測定装置がありますが、国の機関としてこのような最先端技術を共用する、皆さんに使っていただく状況で維持管理あるいは開発するミッションがあります。そのような共用設備として、NIMSには「NIMS蓄電池基盤プラットフォーム」があり、こちらには最先端かつ電池開発に特化した設備が多く入っているので、非常に恵まれた環境で研究をしていると感じています。

私自身がNIMSで研究を始めるきっかけについてお話しすると、1999年に独立行政法人化先導プログラムがあり、旧国立研究所のときにはできなかった“企業との共同研究”を独立行政法人化する前に試行するという施策がありました。そのなかで電池材料をテーマにしたものがあることを知り応募しました。1999年なので地球が滅亡すると言われていたときですよね(笑)。だからあまり考えてもしょうがないし、面白そうだからということで1999年7月にNIMSに来たのです。

NIMS蓄電池基盤プラットフォーム内のスーパードライルーム(NIMS提供)

高田先生は全固体リチウム二次電池の正極-固体電解質界面、界面抵抗の起源を明らかにし、緩衝層を導入することで界面抵抗の低下を実現されました。この技術について教えていただけますか。

硫化物の固体電解質では非常に高いイオン伝導度を持つにもかかわらず、電池にすると固体電解質のイオン伝導度に見合った出力が出ない。その理由として思いついたのが、正極と固体電解質の界面が高抵抗になっているのではないか、ということ。そして、どうやらそうみたいだ、となりました。界面抵抗が上がる理由を考えたとき、正極の高い酸化力が接触した固体電解質のリチウムイオンの濃度を極端に下げてしまい、リチウムイオンがほとんどない状態にしてしまうのではないかと考えました。そうであるなら、その酸化力を接触する固体電解質が受けないように遮蔽する膜を入れてみようということで、酸化物の固体電解質を数ナノメートルでつけた結果、界面抵抗を一桁から二桁下げることができ、固体電池でもリチウムイオン電池と同等の出力が出るようになりました。いまや、リチウムイオン電池よりも全固体電池の出力が高いと言われるようになってきた所以ですね。

緩衝層にニオブ酸リチウムを使用したきっかけを教えてください。

原理から考えると、まず酸化力を遮蔽するのですから絶縁体を使わないといけません。ただし、リチウムイオンはその層を通らないと電池が動かないですから、電子に対して絶縁性、イオンに対しては導電性を持つ材質にする必要があります。もう一つの要件として、正極の高い酸化力をもろに受けてリチウムイオン濃度が下がらないよう、リチウムイオンに対する束縛力、プラスのリチウムイオンとの引力が高いマイナスイオンの物質を入れればよいということを思いつきました。ニオブ酸リチウムの話が出ましたが、最初に使ったのはチタン酸リチウムで、その後、もう少し伝導度が高くなる物質としてニオブ酸リチウムを使いました。その理由はよく聞かれますが深い理由はありません。NIMSの前身の一つは無機材質研究所であったため、ニオブ酸リチウムを専門にしている部署がありました。これがニオブ酸リチウムを使用したきっかけです。

図2:緩衝層介在前後における全固体電池の性能比較(高田氏提供)

今後の展望

学生時代はどのような研究テーマに取り組まれていましたか?また、固体イオニクスの研究に従事するきっかけを教えてください。

大阪大学4回生のときにはサイクロトロンで実験をしていました。修士課程では磁性の研究室に入り、当時は強磁場の施設でよく実験をしていました。修士課程までは固体イオニクスに縁はありませんでしたが、大学を卒業して民間会社に就職し、当時配属された研究グループが固体電解質のテーマで研究していました。100%自分の意思ではないというと語弊がありますが、巡り合わせで固体電池の研究に携わることになりました。大学時代に異なる分野で研究をしていたため、材料系・化学系の研究者と一緒に仕事をすると学問そのものではなく、モノの見方が周囲と違うかなと感じることはあります。

研究者として大事にしていることを教えてください。

自然科学に対する興味ですね。蓄電池では先ほどのカーボン・ニュートラルの話で実用化を目指すために“どれだけのモチベーションでできるか”が重要ですが、私の場合は自然科学に対する興味が非常に大事な要素です。また、現在はNIMSで拠点長としてマネジメントにも携わっていますが、研究組織として大事なのは人材です。研究を進める上では“いかに人を育てるか”が一番大事であり一番難しいところです。

休日はどのようにお過ごしになっていますか?

つくばはスポーツが盛んです。例えば、私の息子は小学校のときにサッカーをやっていたのですが、筑波大学の体育会のサッカー部メンバーが教えに来てくれていました。この間までは、私もサッカーでシニアリーグに出ていましたけどね。ただ、研究は趣味みたいなものですから、常に頭から離れることはありません。天職と言うと大げさかもしれませんが、好きなことを仕事にできて幸せな状況というのは確かです。少しでも“物の理”がわかれば楽しいし、そういう場面にいくつ出会えるかなぁということしか考えていないですね。

今後の展望についてコメントをお願いします。

我々は、早く固体電池を実用化したいという気持ちの中で材料技術の研究に従事しています。ただ、その材料技術が“到達したレベルでの商品化”というのは民間企業に期待することで、次の明確な目標あるいは課題に一緒に取り組んでいきたいと思います。我々だけでやっていても技術的な課題は把握できますが、実用化に向けて特定の用途で「これだけ解決すればできる」ということはわからないことなので。的確な課題を投げかけていただければありがたいですね。

プロフィール

国立研究開発法人物質・材料研究機構
エネルギー・環境材料研究拠点 拠点長

高田 和典 氏

経歴
1986年 大阪大学大学院理学研究科 物理学専攻 博士前期課程修了
1986年 松下電器産業株式会社
1991年 大阪市立大学 博士(工学)取得
1999年 無機材料研究所(現 物質・材料研究機構)
2018年 物質・材料研究機構 エネルギー・環境材料研究拠点 拠点長、現在に至る