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残像のない液晶ディスプレイのために
― TFT-LCDパネル評価装置 ―

株式会社東陽テクニカ 営業第1部 井上 勝

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目次
  1. ディスプレイ装置の古くて新しい問題「焼き付き」
  2. 実パネルで焼き付きの原因を確認できない!
  3. TFTが実装された実パネルでの測定を実現
  4. LCM-3型の運用例
  5. 今後の展望
  6. Column TFT-LCDの表示焼き付きとは?
  7. ワンポイント情報 測定原理

ディスプレイ装置の古くて新しい問題「焼き付き」

CRTディスプレイでは、同じ画面を長い時間出したままにしておくと、その後、画面が変わっても前の画像が残像として残る現象がありました。これを「焼き付き」と称していました。この焼き付きが起こらないように、スクリーンセイバーを使われていました。同じ現象がLCDディスプレイでも起こりますし、また、プラズマディスプレイにもあります。この厄介な「焼き付き」から我々は逃れられないのでしょうか?私たちが一般に事務用に使うディスプレイや家庭用テレビであれば、それは大きな問題にはなりません。苦情を言いたくはなるでしょうが。ところが、医療用で微妙な色具合が診断に影響するような場合は大問題です。診断を誤まりかねません。医療用に限らず、特に静止画を長い時間見るような用途では多かれ少なかれ問題となります。

実パネルで焼き付きの原因を確認できない!

現象としては簡単な焼き付きですが、CRTにおける焼き付きは、とうとう解決されないままにCRTの時代は終わりました。CRTにおける焼き付きの主な原因は、蛍光体の劣化だったようですが、遂にそれを解決できる材料が発明されなかったようです。LCDの焼き付きの原因は何でしょう。これは早くから「パネル内の不純物イオン」が原因だろうということは言われていました。しかし、それを測る装置が世の中にありませんでした。液晶メーカーでは、パネルメーカーへ供給する液晶が焼き付き、ちらつきなどの原因とならないようにする研究開発を行なっていました。また、出荷する液晶の品質管理のための装置も必要となっていました。

そこで、当社は、TFT-LCDパネルを構成する部材、製造プロセスを検査するイオン密度測定装置という製品を液晶材料メーカーであるメルク・ジャパン株式会社(現メルク株式会社)と共同開発を始めました。液晶の不純物イオン量を測る為には、数10ピコクーロン(ピコは10のマイナス12乗)というごく微量なイオン量を測る必要があり、当社の技術陣が極限までノイズを無くしたアンプを開発し、実現しました。これにより、信頼性のある不純物イオン量の測定を実現しました。この製品は、日本はもちろんのこと多くの海外のTFT-LCDパネル、部材メーカーに納入しました。この装置によりパネルに注入する液晶自身の不純物を測り、制御することが可能になりました。これにより、焼き付き発生は劇的に減りました。

TFTが実装された実パネルでの測定を実現

ところが、テストサンプルと同じ材料で実パネルを製造しても、焼き付きの起こるパネルが出てきて、市場で問題になるということが頻発しました。パネルに注入した液晶には、不純物イオンがなくとも、パネルを構成するフィルム類などから微量なイオン物質が液晶に出てきていることが疑われました。そこで2005年に開発をスタートした装置は、テストセルではなく完成品のTFT-LCDパネルのイオン密度を測定する装置でした。 LCM-3型が開発される前までは、TFT-LCDパネルのイオン密度の測定はTFT素子が障害になり、液晶中に存在する不純物イオンの検出ができないと考えられていました。この問題に対し、当社と共同開発を行ったTFT-LCDパネルメーカーのエンジニアは、パネルを点灯させるための通常の配線ではなく、TFT素子の影響を受けずに液晶に流れる電流を測定する配線方法を見つけることに成功しました。この配線を用いて、2~3分の測定時間でTFT-LCDパネル内の不純物イオンの測定が行えるようになりました。

この開発した試作機を用いてTFT-LCDパネルメーカーが用意した多くの良品、不良品パネルの不純物イオンの量をパネル完成直後に測定し、その後パネルに数ヶ月に渡る加速試験を行い、発生した残像の程度(目視)と最初に測定したイオン密度に相関があることを確認しました。すなわち、TFT-LCDパネルを作製した直後にイオン密度を測定すれば、長期間に渡る加速試験を行わずに、残像などの表示焼き付きが将来発生するかどうかを判別できるのです。これにより、パネルの仕様に合わせて、液晶種類、その他部材が変わっても、焼き付きが起こらないかどうかを実パネルで検査できるようになりました。この共同開発の成果を元に、当社は2008年3月にLCM-3型TFT-LCDパネル評価装置の製品発表をしました。

図1:LCM-3型

LCM-3型の運用例

当社ではLCM-3型を発表して以来、日本、海外のTFT-LCDパネルメーカー、部材メーカーにLCM-3型を販売してきました。ここでは、TFT-LCDパネルに使用される部材の影響を調べた経験と、LCM-3型のユーザーであるLG Display(韓国)が国際会議で発表した内容について簡単に紹介をします。

カラーフィルタの影響

TFT-LCDパネルには、カラー表示を実現するためにカラーフィルタという材料が使われています。色はR(赤)G(緑)B(青)の3色で、ガラス基板とITO(透明電極)の間という、液晶に直接触れない場所に配置されています。カラーフィルタの色に対応した3ヶ所の液晶層の不純物イオンを別々にLCM-3型で測定したところ、緑のカラーフィルタに対応した場所の不純物イオンの量が一番大きい結果になりました。これは(図2)に示す通り、緑のカラーフィルタ材料から発生した不純物イオンが、ITO、配向膜(液晶分子を並べる膜)という膜を通り抜けて液晶中に入り込んでいることが考えられます。そこで、緑のカラーフィルタ材料のみを別の材料に変えてパネルを作製してもらい測定をしたところ、不純物イオンの量が大幅に減少しました。

このパネルを用意したTFT-LCDパネルメーカーは、信頼性の高い緑のカラーフィルタ材料を使用することが出来るようになり、表示焼き付きが無くなったとの報告が後日ありました。

図2:不純物イオン発生の模式図

不純物イオンの量と表示焼き付きの関係

2010年12月に福岡国際会議場で開催されたIDW(International Display Workshops) 2010国際会議で、韓国のLG Displayの研究者がLCM-3型で測定したデータについて報告しました(講演番号LCT2-1: Analysis of Image Sticking Level on Real TFT-LCD Panels in relation to Ion Density)。当社も測定に協力(図3)し、あらゆる製造条件でLG Displayが作製したTFT-LCDパネルの不純物イオンをまずは測定しました。その後、LG Display内部で長期間に渡る加速試験と目視による表示焼き付き測定を同じパネルで行い、それぞれの測定結果を比較しました。その結果、LCM-3型で測定した不純物イオンの量と表示焼き付きの関係は、相関係数0.8という高い値でした。 LCM-3型で測定される不純物イオンの量が多くなると、将来表示焼き付きが発生することから、TFT-LCDパネル内の不純物イオンの量は少なくする必要があることがこの発表で再認識することができました。

図3:LG Displayとの共同実験風景(当社会議室にて)

今後の展望

LCM-3型は、将来発生するTFT-LCDパネルの表示焼き付きを、不純物イオンの量を測定することによって予測できる画期的な装置ですが、一回の測定に要する時間が2~3分かかるため、パネル全数検査をするには短時間で測定する装置が必要とされています。

そこで、当社では2011年4月にLCM-3VHR型という新しい装置を開発し、発表しました。 LCM-3VHR型は、数 秒でTFT-LCDパネルの電圧保持率(Voltage Holding Ratio)を測定する装置で、一回の測定時間は約数秒です。電圧保持率も不純物イオンの量と相関があることが知られていますので、今後はTFT-LCDパネルの製造工程で不純物イオンの全数検査ができる装置として、パネルメーカーのお役にたてると思っております。

Column TFT-LCDの表示焼き付きとは?

TFT-LCDはThin Film Transistor Liquid Crystal Display(薄膜トランジスタ液晶ディスプレイ)の略で、1980年代に日本のメーカーが世界で初めて量産に成功した液晶パネルです。当時のアプリケーションは携帯用液晶テレビ向けで、表示品質は今のものと比較することはできませんが、パネルの各画素をトランジスタで駆動する技術を確立したのは、当時としては画期的なことでした。

その後、携帯電話のディスプレイ、コンピュータのモニタ、薄型テレビなどTFT-LCDパネルのアプリケーションが飛躍的に増えたため、日本のみならず1990年代に韓国と台湾、2000年代に入りシンガポールと中国のメーカーが参入し、本格的な量産がスタートしました。現在は、どこの国のどのメーカーで生産したパネルかどうか、見た目では判断できないくらい表示品質の差が小さくなっていますが、使用している間に発生するちらつき、残像などの突然発生する表示不良には大きな違いがあります。

右図は、長時間チェッカーパターンを表示した後、駆動信号をオフにしたときのTFT-LCDパネルの写真です。駆動信号をオフにすると、パネル全面均一な明るさになるはずですが、この写真のTFT-LCDパネルは駆動信号がオンのときのイメージが残っています。これがTFT-LCDパネルの焼き付きと呼ばれる表示不良で、パネル作製時では発生せず長時間の使用後に突然発生する現象です。

右図のような表示焼き付きの発生原因は、 TFT-LCDパネル内の不純物イオンの存在であると考えられていましたが、不良パネルを分解して液晶を抽出し、イオン種を調べるガスクロマトグラフィ(以下ガスクロ)と呼ばれる化学分析を行っても、不純物イオンと思われるものは検出されませんでした。当社が開発した超高感度電気測定による不純物イオンの定量化から、表示焼き付きに影響する不純物イオンの量は、ガスクロの検出感度の1000分の1以下であることが明らかになっていますので、今まで調べることができなかったのも当然です。

TFT-LCDパネルの焼き付き

ワンポイント情報 測定原理

LCM-3型システムは、右上図のように三角波信号発生器、DC電圧源、微小電流計、電圧計から構成されています。

TFT液晶パネルのゲート端子にDC電圧を印加しながら、三角波電圧をコモン端子に印加し、データ端子に流れる電流を測定します。

このとき、測定に必要な信号ラインに対しても、 DC電圧を印加します。

典型的な測定波形は右下図のようになります。この波形からTFT液晶パネルについて次に挙げる情報を得ることができます。

①イオン量
②抵抗
③容量(配線を切り替えることができればTFT補助容量(Cst)の測定も可能)
④液晶分子のスイッチング電圧
⑤液晶層の内部DC電圧
⑥TFT素子のリーク電流

筆者紹介

株式会社東陽テクニカ 営業第1部

井上 勝

1988年東陽テクニカ入社。電子計測器販売を行う一方、液晶のオリジナル計測技術を多数提案。日本液晶学会理事。博士(工学)。