複雑化する電磁波ノイズに対応する最新測定手法
―次世代EMI測定ソフトウエアEP7―

株式会社東陽テクニカ EMCマイクロウエーブ計測部 中村 哲也

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目次
  1. 製品の持つ機能が正常に使える世界を作る-EMC
  2. 複雑化するノイズに対応する最新EMI測定手法
  3. 重要度が増すGHz帯のEMI測定
  4. EMI測定の今後

製品の持つ機能が正常に使える世界を作る-EMC

EMCとは、電子機器同士が電磁的な干渉を与えたり受けたりすることなく互いに共存できる性質を言います。今やコンピュータなどの情報処理装置を始め、AV機器、家電製品、自動車、航空機など多くの製造物がこのEMCの能力を備え、世に送り出されています。当たり前のことが普通に使える世界のことですから、世界でEMCの規制が始まって数十年たった今でも一般の人々にとって認識は薄いと思います。しかし、市場に電子機器を搭載した製品を供給する企業はこのEMCに多くの努力がはらわれています。ひとたび問題が生じた場合、市場からの回収、製品の改修に莫大な費用がかかるだけでなく、企業のイメージダウンによる損害は計りしれないからです。EMC試験を行うための設備は、時には体育館のようなスペースの電波無響室が必要であり、そこにわずか数台の被試験機器(製品)が何時間も占有してしまいます。このような設備が企業の敷地内のアクセスの良いところに建てられているところも多く、企業がEMCを重要視していることがわかります。

製品に対するEMCの要求は二つです。

①必要以上に外部に不要な電磁波を出さないこと
②一定レベル以下の電磁的干渉に対しては自身の必要な性能を保つこと

一般的に①を評価するための測定をEMI測定、②を評価するための試験をイミュニティ試験と呼んでいます。

EMC規格ではどちらの要求事項にも許容値を設けており、これを一つのグラフに表すと図1のようになります。

この図で示されているように通常EMI測定の許容値は低く、イミュニティ試験では高く設定されており、この差がマージンとなります。公共放送などに使用されている電波の強さは通常この間にあり、すべての電子機器は公共放送波を妨害せず、また公共放送波によって自身の機能が損なわないようになっています。この例では90dB以上のマージンがあるため、EMC試験時の測定距離より機器同士が近づいた場合でも直ちに障害が起きないように考えられています。

ここではEMI測定を中心にEMCの世界の現状と今後についてご紹介させていただきます。

図1:EMCの世界(空間を伝搬するノイズに対する許容値)

複雑化するノイズに対応する最新EMI測定手法

言うまでもなく電子技術の発展は著しく10年前、20年前の製品に比べて現在の製品は多機能でそれぞれの性能も格段に向上していますが、それに伴ってそれらの機器から発するノイズも以前に比べて複雑な振る舞いをする傾向にあります。

電子機器内部はパルスを扱うデジタル化が進み、効率化を進めるために必要な回路だけ動作させたりします。このことにより、発生するノイズは広帯域信号が増え、狭帯域信号においても時間と共に変動するものが増えています(図2)。

図2:さまざまな時間的変動を示すノイズ

このようなノイズは、測定する際に見逃してしまう可能性を高めてしまいます。

当社はEMC評価システムのご提供を始めて30年以上の歴史があり、これら進化するノイズに常に着目し、ソフトウエアの機能アップ、新ハードウエアの選定などで対応してきました。

図3はある製品から空間に放射されるノイズスペクトラムです。規格の要求する準ピーク検波器が一つのデータを得るのに1秒程度の時間を要するので、EMI測定では応答の速いピーク検波器で図のように非常に広い測定周波数帯域をスキャンし、製品がどのようなノイズを放射しているかを記録します。 EMI測定を短い時間で正確に行うためにはこの結果をどのように得るかが大きなカギとなります。

図3:製品のノイズスペクトラム測定結果

従来は図3のように測定時間内の最大放射レベルを記録するだけでした。しかし、この結果だけでは前に述べたように複雑にレベル変化するノイズの特徴を捉えることはできません。

当社の次世代EMI測定ソフトウエアEP7ではスペクトラムアナライザのスペクトラムデータを高速で収集するエンジンを搭載し、測定時間を増やすことなくすべてのノイズの時間的変化を瞬時に表示させることが可能になりました。このことにより、図4に示すように瞬間的に現れたノイズ、特徴的な変動を繰り返すノイズを瞬時に確認することができ、ノイズ源の特定、時間のかかる準ピーク検波測定の結果予想のための貴重な情報源として利用できるようになります。

図4:ノイズスペクトラムの時間軸表示

このように当社のEMC測定ソフトウエアは単に測定するだけではなく、ノイズの対策、評価する上で有用な情報を提供する機能を豊富に搭載しています。EMI測定の見える化も進めており、入力したファクタのグラフ表示はもちろんのこと製品の放射するノイズのハイトパターンも実測値と理論値と両方を表示させ、測定に誤りがあるかどうかの確認も行うことができます(図5)。

図5:ハイトパターンの理論値表示

さらに取得した大量のデータをもとに製品の放射パターンを3次元的に表示させ、視覚的にイメージさせることも可能です(図6)。

図6:3Dを含む放射パターンの表示例

将来の規格の動向を見込み、不確かさの計算、表示機能も搭載されています。

最近のEMIレシーバにおいても機器自身に個々の周波数の時間的変化が解析表示できる機能が搭載されたもの(アジレント社製MXE)が登場しました(図7)。MXEは、スペクトラム掃引速度、転送スピードが格段に速く、当社ソフトウエアの性能を十分に引き出せる機器と言えます。

(a)周波数変動・間欠ノイズ解析が可能なスペクトログラム

(b)各検波器のレベル変動が記録できるストリップチャート

図7:MXEの時間軸解析機能

重要度が増すGHz帯のEMI測定

市場の製品は高機能化に伴う大量データ処理の必要性から電子機器内部で使用する信号源の高周波化も進んでおり、EMC規制もそれに合わせて試験周波数をGHz帯まで拡張しています。このこともさらにノイズを見逃す可能性を高め、正確な測定を難しくしています。

GHz帯のEMI測定で一番問題になるのが感度の確保です。周波数がGHz帯になりますと、EMIレシーバのノイズフロアが上昇します。さらにケーブルロス、アンテナファクタの値の増加など、まさにロス、ロス、ロス …システム全体の感度が大きく低下します。頼みの綱のプリアンプも環境雑音を含めて増幅してしまうため、一定の水準に達してしまうといくらゲインをあげても感度は改善されず、ダイナミックレンジだけがどんどん狭くなっていきます。そこで登場したのがRF-光コンバータです。この製品は住友大阪セメントが開発したもので当社とEMCアプリケーションに利用するための仕様の協議を重ねて製作された製品です(図8)。

図8:RF-光コンバータ E18000

このRF-光コンバータは特殊な素材を利用して光を高周波信号でアナログ変調することによりその信号をアナログ信号のまま伝送することができます。従って伝送先でEMIレシーバに接続するとアンテナで受信した全スペクトラムをリアルタイムに復元することができます。光ですからRFケーブルのような伝送ロスはありません。どんな大きな暗室で使用しても、アンテナ、プリアンプ、及びEMIレシーバの3台が直接接続されているのと等価な状態で測定が可能です。光伝送ですからマイクロ波の伝送も余裕です。この製品E18000では18GHzまで使用することができます。

GHz帯の電磁波の測定は専門家に任せた方が良いと言われるほど厄介なものです。図8はある試験所で測定したGHz帯のケーブルロスの測定結果ですが、一部の周波数で異常な特性を示しており測定するたびに異なっています。原因は測定経路中の一部のコネクタの性能劣化によるもので、一部の周波数だけが異常になることも多く、簡単なチェックでは見逃してしまうことがあり、不良になったことに気づかず測定することも十分考えられます。不良個所の特定も専用のアナライザがない場合は簡単ではありません。この点においても接続が容易で安定した伝送特性が得られるRF-光コンバータの存在は魅力的なものと言えます。

図9:GHz帯のケーブルロス測定の再現実験例

EMI測定の今後

市場の製品の進歩と共にEMC規格も現実に沿うように進化を続けています。特に評価方法は従来のアナログ放送への影響が主体であったものからデジタル通信への影響を主体に移り変わろうとしています。新しい評価方法としてはRMS-Average検波器、APD(振幅確率分布)など一つの周波数について時間をかけて結果を得るものが主体となりつつあります。このような評価方法は従来の測定方法では今以上の測定時間を必要とします。このような問題を解決する手段としてFFTがあります。 FFTを利用すると一つの周波数の時間軸上の重みづけの処理をしつつ複数の周波数範囲を一度に測定することが可能なので測定時間を大幅に短縮することが可能です。既にEMIレシーバにFFT機能を搭載したものが登場していますが、一度に処理できる周波数幅も限定的で十分とは言えません。しかし、今後処理機能の向上により実用的になることは容易に想像できます。これが実現した時にはEMI測定に大きな変革が来ることでしょう。

当社は10年以上前から主要の工業会のEMC委員会に参加し、積極的にEMC測定の問題点の改善に貢献してまいりました。さらにEMC国際規格を策定、改定しているIEC(国際電気標準会議)SC77B(77B技術委員会内の小委員会)のWG10(ワーキンググループ)に2010年からエキスパートとして参加しています。これからも、より簡単、正確で効率の良いEMCシステム作りを始め、国際EMC規格作り、 EMC規格の最新動向の国内展開に積極的に貢献してまいります。

筆者紹介

株式会社東陽テクニカ EMCマイクロウエーブ計測部

中村 哲也

1981年入社以来、高周波計測部門で、EMCシステムの構築、技術サポートを担当。現在 IEC SC77B国際委員会のエキスパートとして活動中。