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MIMOアンテナ・端末評価ソリューション
MIMO無線通信とアンテナ伝搬を考える

株式会社東陽テクニカ EMCマイクロウェーブ計測部 衛藤 正悟

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目次
  1. 無線通信の電波伝搬環境
  2. MIMO (Multi Input Multi Output)のデータ伝送
  3. SISOとMIMOのアンテナに対する要求
  4. マルチアンテナの評価
  5. Over The Air (OTA)パフォーマンス評価
  6. 最後に

無線通信の電波伝搬環境

スマートフォンや無線LAN搭載タブレットPCの使用環境は、市街地やオフィスなど、基地局が見通せなかったり、多くの反射が存在するマルチパス伝搬環境です。

電波は、水面の波や音波のように、見たり聞いたりすることはできませんが、「波」の性質をもって、伝搬していきます。壁にぶつかると方向を変えて跳ね返り、元の波に合流し、場所や時間によって強めあったり弱めあったりします。

このように反射波の合成によって、電波の強弱が起こる現象をフェージングと呼びます。端末のアンテナに電波が到達するまでの経路は、反射の場所や向きによって伝搬する経路の長さが異なるため、反射波毎に時間差が生じます。また、ビルの壁などの反射する面は、厳密には一様ではないため、わずかに反射角度の異なる反射波成分のかたまりとなり、角度広がりの成分を持つ到来波になります。

アナログ方式やデジタル方式の時代には、時間遅れで到来する反射波は妨害波となり、フェージングによる電波の強弱とともに、通信品質を劣化させる要因でした。 CDMAの時代になると、反射して遅れて到来する遅延波も同時に受信し、データの頭を揃えて利用するレイク受信の技術が登場しました。通信するデータと次のデータとの間に空白の時間を設け、遅延波の時間遅れをある程度許容できるようにしており、この間隔をガードインターバルと言います。レイク受信においてもガードインターバルを超える遅延波は、妨害波になってしまいます。

反射波を遅延波としてとらえ、伝搬環境の時間的特性を表すものが遅延プロファイルです。電波環境は、無線通信の品質に大きく影響します。同じ周波数帯を他者が利用していると、妨害を受けるというのは直感的にわかりますが、それ以外にも自身の電波の伝搬特性によるフェージングや遅延波も、通信品質に影響を与えています。

MIMO (Multi Input Multi Output)のデータ伝送

シャノンの伝送容量の式では、最大伝送速度C(ビット/秒)は

C=W・log(1+S/N)

このとき、S;平均信号電力、N;白色ガウス雑音、W;使用する伝送帯域幅(Hz)、ここで対数関数logの底は2

これによると、1秒間に送れるビット量の上限は、帯域幅Wに比例し、またS/Nの対数に比例します。これは、S/Nを倍にしても、伝送容量は、1ビットしか増えないことを意味しています。帯域を増やさずに伝送容量を増やすのは、困難であるということです。では、伝送路が2本になるとどうでしょうか。 SISO (Single Input Single Output)で8ビット送れる伝送路があるとします。各伝送路に均等に電力を分配すると、各伝送路のS/Nが半分になり伝送できるビット数が1つ減り、7ビットになります。しかしながら、この伝送路が2本あるので、2x2 MIMOでは、合計14ビット送れることになります。MIMO伝送は、ある意味RAID (Redundant Arrays of Inexpensive Disks)ストレージシステムに似ています。 RAIDストレージの構成では、2台のHDDに同時にアクセスして転送スピードを倍にすることができます(ストライピング)。また別の構成では、2台のHDDに同じデータを書き込んで欠損を防ぐことができます(ミラーリング)。MIMOの2本の伝送路に、別々のデータを送るマルチストリーム伝送では、伝送容量を大きく増やすことができます。一方、2本の伝送路に同じデータを送って、通信が切れにくい・エラーを起こしにくい伝送をすることもできます。

SISOとMIMOのアンテナに対する要求

複数のアンテナで電波を受信する無線技術を「ダイバーシチ」と呼んでいます。

身近なところでは、昨年まで使われていたアナログ放送受信用の車載TVには、2本もしくは4本のアンテナが取り付けられていました。車載用FMラジオチューナも同様で、選択式のダイバーシチ受信をしています。アナログTVやFM放送のチューナは、もちろんMIMOではありません。

受信アンテナが1つの場合、高速移動体である乗用車では、車の走行に伴って受信電波が強くなったり弱くなったりします。放送鉄塔からの直接波と、ビルや路面からの反射波が合成されて起こるフェージング現象です。ちなみに、アナログ放送時代の家庭のTVでは、反射波が変動しない一定の状態のため、定常的な「ゴースト」となり、映像がダブって見える現象が起きました。

選択式のダイバーシチ受信では、位置の異なる複数のアンテナのうち、最も受信電波の強い信号を選んで受信するもので、なるべく弱い電波を受けないで済むように、フェージング対策として考えられた技術でした。

1つのアンテナで受信する場合、別の観点で、アンテナの指向性の影響を受けます。家庭用TVアンテナの多くは、指向性アンテナを使用しています。放送鉄塔や放送・通信衛星の向きに、アンテナの方向を向けて強い電波を受信できるように調整しています。そうすることで、アンテナの最大利得で強い到来波を受信し、他の方向からの反射波をなるべく抑圧できるようにしていました。乗用車では、走行する方向が放送鉄塔の向きと無関係になるため、使用する受信アンテナは、無指向性である方が都合が良くなります。また、反射波を利用できるレイク受信でも同様に、無指向性が好まれます。しかしながら、アンテナの取り付け位置により、鉄板である車のボディの影響を受け、無指向性を得ることが難しくなります。特にボディにブロッキングされる方向の受信レベルは低くなってしまいます。

アンテナの取り付け位置とともに、それぞれのアンテナブランチの受け持つ向きを変えて、複数のアンテナを使用する選択式ダイバーシチ受信を行えば、無指向性のアンテナでなくても、全ての方向をカバーすることができます。

従来のSISOでは、主にアンテナに対して、指向性や利得(固定受信アンテナの場合)もしくは、均一受信特性(つまり放射パターンにディップの無いこと)や効率(移動体アンテナの場合)のいずれかが要求されてきました。

複数アンテナの使用がベースとなるMIMOでは、アンテナは、電波を電気信号に変換する受信機への入力デバイスとしてよりも、むしろ、電波伝搬路の出口としての役割が大きくなります。

MIMOの十分な伝送性能を得るには、複数の独立した伝搬路を得ることが重要です。いくらアンテナ単体の性能が優れていても、それぞれのアンテナから似かよった信号が受信されてしまえば、独立した伝搬路は得られていません。つまりアンテナブランチ間の特性である、相関係数が重要となります。相関が低いほど、独立した信号を受信していることになります。

また、アンテナエレメント同士が近くにあると、相互に影響を受け(カップリング)、アンテナの効率が低下します。MIMOでのアンテナ要求は、単体の性能よりも、それぞれのブランチの位置関係や実装周辺環境の考慮が必要となります。

マルチアンテナの評価

従来、アンテナの評価といえば、反射波の無い自由空間を模擬した電波暗室内で、アンテナの放射パターンや利得を測定していました。

では、マルチアンテナを使う場合は、どのような評価をすれば良いでしょう。受信ダイバーシチにしろMIMOにしろ、反射波の存在するマルチパス環境での動作を前提としたアンテナシステムですので、やはりそれに近い環境が望ましいのでしょう。

直接波がなく、反射した到来波の数が十分に大きい伝搬路では、複素受信信号のI、 Q成分は、正規分布になります(振幅変動と位相変動がランダム)。このとき受信信号の振幅はレイリー分布になっています。受信信号の振幅がRとなる確率p(R)が、

p(R)=(R/σ^2)exp[-R^2/2σ^2]となるとき、この確率密度関数をレイリー分布と呼びます。

これは、レベルがほぼ等しい多くの散乱波の合成によってできる環境と考えられます。レイリー分布したフェージング環境下にアンテナを置き、十分な時間、受信レベルを観測すると、ある確率で受信レベルの低い状態(フェージング・ディップ)になります。受信レベルデータの累積確率分布をグラフ化して比較することによって、受信レベルの低い状態がどの程度改善されるかを定量的に評価することができます。

同じアンテナの組を、配置を変えて測定すると、ダイバーシチの効果が評価できました。つまり、アンテナ単体の性能が同じでも、配置によってダイバーシチ効果は大きく変わるということです。このことは、マルチアンテナシステムにおいては、アンテナ素子の実装が、受信性能に大きく影響するということを意味しています。

Bluetest社のリバブレーションチャンバは、レイリー・フェージングとなる等方性反射環境を作ります。これはちょうど、無反射環境の自由空間をつくる電波暗室と対極の環境条件ということができます。

しばしば、電波暗室とリバブレーションチャンバのどちらがいいかといった議論がありますが、そもそも模擬する環境が異なりますので、それぞれ利用できることが違います。アンテナ評価の定番である放射パターンは、電波暗室でなければ測定できませんし、また、レイリー・フェージング下での累積確率分布評価は、電波暗室では困難です。

Over The Air (OTA)パフォーマンス評価

携帯電話端末の総合性能評価の手法として、通話状態(Active Mode)での送受信性能(Over the Air Performance)を評価する方法が、3GPPやCITAで規格化されています。また、各国の携帯通信事業者(携帯網オペレータ)が、OTA評価法に基づく端末の受入れ評価を採用し始め、世界的な標準評価手法として、広まってきました。

OTA評価の優位点は、実際に使用するユーザの体感に近い評価ができることと、アンテナからのカップリングで妨害を受ける内部EMC問題による感度劣化や通信品質劣化を評価できることです。

スマートフォンの普及に伴い、Wi-Fiの通信品質評価が注目され始めました。

LTE端末の登場から、本格的にスループットによって通信品質評価を行うトレンドになってきています。

通信品質はモジュールの送受信性能、実装状態のアンテナ性能だけでなく、前述のように、電波伝搬環境にも依存します。端末の置かれる周囲の電波環境を把握することが、再現性のあるOTA評価結果を得るために、重要です。

電波環境を把握するためのパラメータとしては、

○搬送波の電波強度の空間分布
○搬送波の電波強度の時間的変動
○搬送波の遅延プロファイル
○搬送波の到来方向プロファイル
○妨害波の周波数分布

などが挙げられます。これらの電波環境特性は、スペクトラムアナライザ、ベクトルネットワークアナライザ、ベクトルシグナルアナライザなどの高周波計測器を使用して、測定することができます。

リバブレーションチャンバでは、内部での多重反射が長く続くため、指数減衰的な遅延プロファイルになります。安定した接続性を得るには、ガードインターバルに対して、遅延特性が悪く影響しないように適当な電波吸収体を内部に入れて、遅延スプレッドの値を調整します。

LTE端末のOTAパフォーマンス評価のために、電波暗室内に複数のプローブアンテナを配置しチャンネルエミュレータによって信号合成する、MIMO OTA測定システムを開発しました。これは、当社とNTT docomo、Spirentとの協調により実現したものです。

端末の置かれる空間に、MIMO伝送特性に影響を及ぼす電波伝搬環境を作り出すことができます。時間軸での遅延波の分布とともに、各遅延波の到来角度・角度広がりを任意にコントロールすることができます。当社の開発したソフトウェアでは、パフォーマンス評価のスループット測定だけでなく、再現性のある伝搬環境を作る上で重要な各RFパスの校正機能や、遅延プロファイル対角度を測定する伝搬環境検証機能を実装しています。

最後に

今後、802.11acの超高速無線LANの登場により、ますますMIMO無線通信技術が重要になってきます。当社の提供するマルチアンテナ評価・MIMO OTA評価のためのソリューションが、新たな無線技術搭載製品の開発に役立つことを願っています。

筆者紹介

株式会社東陽テクニカ EMCマイクロウェーブ計測部

衛藤 正悟

1984年入社、アンテナ測定システム、地上局アンテナ、OTA測定システム、リバブレーションチャンバなどを担当。