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経営をIT戦略で支えるCIOに聞く!
金融×ITの品質を高めるために、今そして未来に必要なこと

株式会社あおぞら銀行 インフラストラクチャーマネジメント部長 田中 暁 氏
株式会社東陽テクニカ 取締役 小野寺 充

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目次
  1. サービスの種類によって異なる、システムインフラに求められる品質の違い
  2. 経営戦略をサポートする長期的なライフサイクルを見据えたIT投資とは
  3. 定量的に状況を把握することが、リスクを極小化するための判断材料となる
  4. 技術者として、個人とチームのレベルアップを実現するための取り組み
  5. 求められるのは、「業務知識」と「システム知識」のバランス

サービスの種類によって異なる、システムインフラに求められる品質の違い

小野寺 充(以下、小野寺):田中様はあおぞら銀行様の社内インフラを統括するお立場と伺っております。

金融系システムでは、高い可用性が求められると思うのですが、貴行ではどのように可用性を担保されているのでしょうか。

田中 暁氏(以下、田中):仰る通り、金融系のシステムでは、まずシステムやネットワークがダウンしないことが求められます。外資系企業のように本国からベースとなる見本やフレームワークが提供される場合は良いのですが、国内企業の場合はゼロからシステムを組み上げていかなければなりません。そのため、要件定義や基本設計に手間と時間がかかります。しかも、いくら準備に手間をかけても、実際に動かしてみないと分からないという側面もあり、事前の調査や情報収集がとても重要になります。

小野寺:田中様は以前、大手証券会社で社内インフラの構築・運用に関わっていらしたとお聞きしておりますが、証券会社と銀行のシステムインフラを比較すると何か異なる点はありますか。

田中:証券会社と銀行では「低遅延(Low Latency)」に対する意識の違いはあるかもしれません。分かりやすく言えば、銀行では振り込んだお金が振込先に反映されるまでの時間にあまり神経質になる必要はありませんが、一方、証券会社の場合は取引に関わるデータの転送はmsec(ミリ秒)やμmsec(マイクロ秒)、さらにはnsec(ナノ秒)といった単位での「遅延」が問題視されることもあります。

小野寺:同じ金融系でもサービスの種類によって、システムインフラに求められる品質が変わってくるということですね。

経営戦略をサポートする長期的なライフサイクルを見据えたIT投資とは

小野寺:企業の経営戦略を考える上で、システムインフラの構築は非常に重要な要素だと言えるわけですが、経営戦略とIT戦略の整合性についてはどのように捉えられていますか。

田中:当行では、おかげさまで平成27年6月に公的資金を前倒しで一括返済いたしました。今後は、当行の特長を活かしたユニークで専門性の高い金融サービスを提供することにより、“進化する「頼れる、もうひとつのパートナーバンク」”を目指し、社会的責任と公共的使命を果たしていく方針です。そのためには、先程、高い可用性を維持することは重要だという話をしましたが、手堅いだけのシステムではダメです。「更なるTCOの削減」と「個別最適要件への対応」、その両立を図れるシステムインフラでなければなりません。その一例として、現在、勘定系システムの全面刷新プロジェクトを進めており、平成28年度には新しい勘定系システムの稼働を開始する予定です。

小野寺:クラウド型への全面刷新となると、かなり大がかりなプロジェクトですね。プロジェクトを進める上で、ポイントがあれば教えてください。

田中:長期的なライフサイクルを見据えたIT投資は、財務政策にも影響します。例えば機器の更改をしようとしたとき、システムの減価償却が終わっていれば残存価値は1円となり問題はありませんが、これが数千万の残存価値があるような状況だと、適切な投資ができていないと評価されてしまいます。

小野寺:経営戦略とIT戦略のマッチングはもちろんのこと、ROI(投資利益率)を含めた財務政策まで考えなければならないということですね。

田中:その通りです。ハードウェアやソフトウェアは償却の仕方も異なりますので、それらを含めたITライフサイクル全体を考えないと、IT投資の最適化は図れません。

定量的に状況を把握することが、リスクを極小化するための判断材料となる

小野寺:そのように諸条件がある中で、システムを設計していくとなると迷うことも多いかと思うのですが、どのように決断を下されているのでしょうか。

田中:まずはグランドデザインを決め、それを実現するためのITポートフォリオを作り、最適な組み合わせを見極めていきます。ポートフォリオとは、資産運用などで使われる手法の一つですが、リスクが低くリターンも低いものと、リスクは高いがリターンが高いものを複数組み合わせることで、リスクとリターンをバランス良く取ることができます。最近、当行でも仮想化環境を導入する際、 ITポートフォリオを作って仮想化ソリューションとストレージ機器、ネットワーク機器の最適な組み合わせを検討しました。ただし、少しでも判断を誤ると可用性はもちろん、パフォーマンスや使い勝手なども失われてしまいますので、判断を下すためにはやはり、広範囲な知識だけでなく泥臭い経験の積み重ねが必要となります。

小野寺:東陽テクニカではさまざまな種類の測定器を取り扱っておりますが、そのようなIT投資を見極める上で「測る」という行為が役に立つことはありますか。

田中:投資をするにあたって不確実性を排除するためにも、「測る」という行為はとても重要ですね。システムやネットワークの状況を定量的に把握することこそが、リスクを極小化するための判断材料となるからです。また、品質を担保する、もしくは向上させるという場面でも重要です。例えば証券会社に在職中、あるヘッジファンドから他の証券会社と比べてネットワークが8μsec遅いと指摘されたことがありました。「8μsecの遅延ぐらいで?」と考える方もいるかもしれませんが、その間に何回もの取引が可能ですので、ヘッジファンド側から見れば利益を左右する大きな問題となります。また、証券会社としても機会損失、すなわち手数料収入が減る要因ともなりますので、経営陣から早急な解決が求められました。しかし、ネットワーク全体を見てその遅延の発生原因を突き止めるのは容易ではありませんでした。そこで、ネットワークを細かく区切ってパフォーマンスを繰り返し測定・分析したところ、最終的にはロードバランサの設定に原因があることが分かり、測定器の重要性を再認識したことを覚えています。

技術者として、個人とチームのレベルアップを実現するための取り組み

小野寺:経営戦略と適合した、可用性の高いシステムインフラを構築するには、技術者のスキルも重要になってくると思います。貴行では、個人のスキルを高めるため、さらにはチームとしてレベルアップを図るため、どのような取り組みをされていますか。

田中:日進月歩でテクノロジーは進化していきますので、それについていくためには愚直に学び、そしてノウハウを共有していくという姿勢が、まずは大事なのではないでしょうか。私個人の話をすれば、今年に入ってあるベンダーの認定資格を取得したばかりです。もちろん、資格を取ることが目的ではありません。再来年本店ビルを移転することになっているのですが、新サーバールーム構築の準備として、知識を得るために挑戦したものです。

また、組織としては毎週1回、半日を費やして情報や経験を共有する時間を作っています。メールやWeb会議では伝わらないことも多いので、メンバーが顔をつきあわせてその1週間に取り組んだことについてヒアリングをしたり、情報を交換したりしています。さらには、私が自ら教材を作成し、メンバーへの勉強会を主宰することもあります。地味ですがそういう積み重ねこそがメンバーのスキル向上に欠かせません。

小野寺:通常の業務も多忙な中で、なぜ、そこまで時間と手間をかけて取り組んでおられるのでしょうか。

田中:2011年、私があおぞら銀行に入行したとき、最初に個人個人のスキルを高めようと思いました。役割を分担し、チームとして一緒に一つのものを作り上げていくというプロセスを実感してもらい、一緒に成功体験を共有するという取り組みは、個人のモチベーションやパフォーマンスを高める上で大事なことです。

また、将来、あおぞら銀行を担う技術者を育てることも自分の重要な役割でもあります。もちろん、自分自身も負けないよう勉強しています(笑)。

小野寺:ただ業務や学習を促すのではなく雰囲気作りも重要で、このような活動が貴行の高品質なサービスを支えているのですね。

求められるのは、「業務知識」と「システム知識」のバランス

小野寺:社内システムの開発や運用に関わる若い技術者へのアドバイスなどがあれば教えてください。

田中:「自社の業務に特化した知識」と「優れたシステムを構築するための知識」をバランス良く高めていくことが重要です。さらに、「プロ意識」という要素が加われば理想的ですね。

マネジメントする側から見ても、業務に詳しい人間にITを教えた方がいいのか、ITができる人間に業務を教えた方がいいのかという議論がありますが、当然、双方向のアプローチが重要です。

小野寺:技術者として生き残っていくためには、エンドユーザーの課題や要望を理解し、技術を駆使して具現化していく能力が必要だということについて、同感です。一部で「2020年問題」と言われるソフトウェア技術者不足も取り沙汰されていますが。

田中:過度にパッケージ依存した体質からの脱却を図り、どのようなプラットフォームでも稼働する互換性の高いソフトウェアを開発するためのアーキテクチャを確立する必要があると思います。

特に、個別最適でシステムを構築していくと、維持コストも高コスト化しがちなので、エンタープライズアーキテクチャを確立してシステム全体を最適にする必要があり、それを迅速に実現するためには、現場が舵取りをして自分たちでシステムを作っていくようにならなければなりません。

小野寺:最後に、あおぞら銀行様には、当社が提供しているパケットキャプチャ/解析システムを導入いただいておりますが、どのように利用されていますか。

田中:キャプチャしたパケットを解析して得られた情報をメンバー全員が同じ視点で共有しながら、過去1週間の動向を分析しています。また、これから発生する可能性のある事象に対してどのように対処していくのか、どこを重点的に監視していくのかを議論するための基礎データ収集にも活用しています。

小野寺:当社の提供する測定器が少しでもお役に立てていると伺うと、とても嬉しく思います。今後、こういう測定ツールがあれば、というのはありますか。

田中:これはよくある話ですが「、ネットワーク」は正常稼働している「、サーバー」も問題ない、でも「サービス」が正常に稼働していない、ということがありますが、その「サービス」の稼働状況を可視化できるものがあればすぐに導入を検討します(笑)。

経営者層にとって、システムインフラが業務を効率化する、もしくはスピードアップするパフォーマンスを発揮できているかどうかは気になるところですから、その状況をダッシュボードで専門知識がなくても一目瞭然に見られるようになれば一番良いですね。

小野寺:本日は、チームマネジメントのコツなど貴重なお話をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。

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プロフィール

株式会社あおぞら銀行 インフラストラクチャーマネジメント部長

田中 暁

2011年、あおぞら銀行に入行。当時老朽化していた物理サーバー群・物理ネットワーク基盤を廃止し、新規構築した「Virtualized Converged Infra」へと業務システムを移行する「P2Vプロジェクト」などを手掛け、2012年、インフラストラクチャーマネジメント部長に就任。
2013年より「勘定系システム更改プロジェクト」に携わり、システム移行は2016年5月を予定。