特許技術で全固体電池の研究開発を支える
自社開発「高周波インピーダンス測定システム」

株式会社東陽テクニカ 理化学計測部 山口 政紀

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目次
  1. 本システムでできること
  2. 新規開発のきっかけ
  3. 超イオン伝導体
  4. イオン導電率の算出方法
  5. 温度を変えて測定できることのメリット
  6. 世界へ

今回ご紹介する製品は、東陽テクニカの特許技術を活用した「高周波インピーダンス測定システム」です。測定の対象となる電池を破壊することなく内部の様子を見える化する本システムは、次世代のクルマのキーデバイスとして期待されている全固体電池の研究開発を支えます。

本システムでできること

測定対象物のインピーダンススペクトルを測定します。得られた情報を電気化学インピーダンス分光法で解析しイオン導電率を導き出すと、対象物の内部で起きているさまざまな現象を探ることができます。いくつかある用途の中で今最も注目されているのは、全固体電池に使われる固体電解質の分析です。固体電解質の材料に内在する複数の要素について独立したイオン導電率を知ることは電池の性能向上に欠かせません。

インピーダンスとは、ある周波数における交流の電気抵抗のことで、単一周波数における電気回路の特性を複素数で定量的に表現するものです。インピーダンススペクトルとは、ある周波数帯でのインピーダンスの集合、つまりインピーダンスの周波数特性を表すものです。

新規開発のきっかけ

従来のインピーダンススペクトル測定装置にはある問題がありました。測定できる周波数の上限が低いため、高いイオン導電率を示す固体電解質の粒内、粒界、電極界面の各反応抵抗を正確に測ることが困難だったのです。そこで当社は、その問題を克服し20Hz~100MHzの周波数範囲でインピーダンススペクトルを測定する手法を開発しました。それによって固体電解質の材料選択や作製方法を検討する上で必要なデータが取得できるようになったのです。筆者らは本開発に関する発明によって特許権を取得しています(特許第6324648号)。

超イオン伝導体

超イオン伝導体は、固体でありながらよくイオンを通過させる、つまりイオン導電率の高い電解質です。イオンは電気を帯びた原子のことで、電解質の中を移動すると電流となって電気を運びます。身近な例では、食塩水がナトリウムイオンと塩素イオンを含んだ電解質で、電気をよく通すことが知られています。同様に、リチウムイオンをよく通す有機電解質を利用してリチウムイオン電池が作られています。

固体内のイオンは、骨格を形作る原子との静電的な引力や斥力によって移動を抑制されるため動きにくいのが一般的ですが、骨格とイオンの相性が良く移動経路も確保されている場合には、液体物質に匹敵するイオン導電率を示すことがあります。

2016年、東京工業大学の研究グループが世界最高のリチウムイオン導電率を示す超イオン伝導体を発見しました。これを利用すれば高エネルギー密度と高出力、そして難燃性を併せ持つ全固体電池を作ることができると期待されています。

イオン導電率の算出方法

物質における電気伝導のしやすさを表す物性量である「導電率」は抵抗率の逆数です。試料の電気抵抗と厚み、断面積を考慮して抵抗率を計算し、その逆数をとることで求められます。

抵抗の測定法には直流法と交流インピーダンス法の二つがあります。直流法は安価な機材で測定できますが、測定対象となる試料の結晶粒内抵抗と粒界抵抗を分離できません。一方、交流インピーダンス法は各抵抗成分を分離して測定できることから、たとえ測定試料への荷重の強弱によって粒界抵抗が変化するような圧粉成形体であっても粒内抵抗を単独で評価できます。「高周波インピーダンス測定システム」は交流インピーダンス法による測定システムです。この装置で得られたインピーダンススペクトルを各要素に分離する手順を説明しましょう。

例えば固体電解質が圧粉成形体である場合、その標準的な等価回路は、図1のように抵抗成分と静電容量の組み合わせで表すことができます。このような回路の交流インピーダンスの周波数特性を複素平面上にプロットすると、図2のように円弧を組み合わせた特徴的な軌跡を描きます。これらの円弧の直径や円弧の頂点が示す周波数から、等価回路のそれぞれの素子の値を算定できます。このようにして粒内抵抗、粒界抵抗、電極界面抵抗が計算され、イオン導電率を得ることができるのです。

図1:固体電解質における標準的な等価回路

図2:固体電解質のインピーダンススペクトルを複素平面に投影した例

温度を変えて測定できることのメリット

本システムの大きな特長として、温度を変えてインピーダンススペクトルを測定できることが挙げられます。-193℃から200℃という非常に広い温度範囲で測定が可能です。温度を下げる冷媒として液体窒素を、温度の上昇には電熱ヒーターを利用し、冷却と加熱のバランスを取って温度を制御します。では、なぜ温度を変える必要があるのか、二つ理由を紹介します。

まず、試料の測定を可能にするためです。例えば室温では試料のインピーダンスが低過ぎて測定できない場合、温度を低下させるとインピーダンスが高くなり測定レンジ内に入ることがあります。反対にインピーダンスが高過ぎて測定できない場合は、試料の温度を高くするとインピーダンスが低くなり測定しやすくなる傾向があります。また、複数のイオン導電率のシグナルが重複して見分けがつかない場合も、温度を変えて測定することがあります。

次に、活性化エネルギーを算出するためです。活性化エネルギーとは、試料物質が基底状態から遷移状態に励起する、いわばイオンを冬眠から目覚めさせるために必要なエネルギーと言えます。この値は縦軸がイオン導電率・横軸が温度の逆数であるアレニウスプロットの傾きから算出するため、複数の温度で測定する必要があります。

世界へ

本システムは固体電解質、正極、負極、およびそれらを使った全固体電池を扱う大学や研究施設の方々にお使いいただけます。今後、EVが普及していくことが確実と見られる中、全固体電池の研究はますます盛んになると考えられます。東陽テクニカは、本システムを日本国内だけでなく海外のお客様へお届けすることも視野に入れています。

筆者紹介

株式会社東陽テクニカ 理化学計測部

山口 政紀

1993年4月入社以降、高感度電子計測、極低温測定機器のアプリケーション担当、ホール測定システムおよびインピーダンス測定システムの開発に従事。 2014年より計測アドバイザー。