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医療法施行規則の改正から知る、医療放射線被ばくの現状

医療法人社団 愛友会 上尾中央総合病院 放射線技術科係長 佐々木 健

本記事の内容は、発行日現在の情報です。
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目次
  1. はじめに
  2. 放射線被ばくの種類
  3. 放射線について
  4. 放射線による影響
  5. 放射線防護の3原則
  6. おわりに

胸部X線検査は、健康診断などで一度は受けたことがあると思いますが、この検査で受ける放射線被ばく量が、飛行機で東京とニューヨークを往復したときに受ける被ばく量より小さいことをご存知でしょうか。放射線被ばくに対する世間の意識は年々高まっており、診断のために必要な検査で被ばくすることを心配する方も増えています。不安なく放射線検査を受けることができるよう、医療放射線被ばくの現状をご紹介します。

はじめに

放射線利用は、現代の医療になくてはならないものとなっています。しかし、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の報告によると、医療被ばく線量の世界平均は、2000 年は年間0.4mSv(ミリシーベルト)であるのに対し、2008 年は年間0.6mSvと増加傾向にあります。また、2008 年の日本の平均は、年間3.87mSvであり、世界平均に比べ非常に高くなっています。

図1:年間当たりの被ばく線量の比較
(出典:環境省 放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(平成28年度版))

我が国では、医療分野の放射線管理は、ICRP(国際放射線防護委員会)勧告に基づき、医療法(昭和23 年法律第205号)体系および労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)体系において構造・設備に係る基準、被ばく線量限度等が規定されてきた一方で、医療被ばく線量については、正当化および最適化が担保される限りにおいては線量限度が設定されないことから、明確な規制は導入されていませんでした。しかし、近年の医療被ばく線量の増加や医学における放射線の安全利用に対する社会的要求の高まりにより、2019年3月11日に医療法施行規則の一部を改正する省令(平成31年厚生労働省令第21号)が公布、2020 年4月1日より施行され、医療機関における一部の放射線検査の線量管理が義務化されました。

本稿では、放射線についての基本を押さえ、放射線被ばくとその影響について考えていきたいと思います。

放射線被ばくの種類

我々は日常生活の中で、知らず知らずのうちに放射線を受けています。自然界にもともと存在する放射線から受ける被ばくを、自然放射線被ばくと言います。これは宇宙や大地からの自然放射線など体外から受ける外部被ばくと、食品や空気中に存在するラドンが体内に入ることで受ける内部被ばくに分けられます。自然放射線被ばくに対し、X 線単純撮影やCT 検査などで受ける医療放射線や、原子力発電所で生まれる放射線による被ばくを人工放射線被ばくと言います。放射線被ばくは、被ばくする立場によって三つに分けられます(表1)。

表1:人工放射線被ばくの区分

放射線について

放射線とは、高いエネルギーを持つ粒子線や電磁波の総称で、放射線を放出する物質を放射性物質、放射線を放出する能力を放射能といいます。よく「放射能を浴びる」といった表記を目にしますが、正しくは「放射線を浴びる」であり、放射能ではないことに注意が必要です。放射線の単位として「Bq(ベクレル)」、「Gy(グレイ)」、「Sv(シーベルト)」があります。

放射線による影響

放射線による影響は、受けた放射線量に依存し、確定的影響と確率的影響に大別されます。集団の1%に影響が出る線量を「しきい線量」と呼び、しきい線量以上の放射線被ばくで影響が現れることを確定的影響といい、放射線量が多くなるほど重篤度が増します。確定的影響のしきい線量は100mSvを超えるものがほとんどであり、受ける放射線量をしきい線量以下に抑えることで影響を防ぐことが可能です。一方、受けた放射線量が多くなるほど、影響が現れる確率が高くなることを確率的影響といいます。確率的影響の代表は、がんと白血病であり、確定的影響のようにしきい線量は存在せず、100mSv以下では放射線による影響とそれ以外の影響による発生を弁別できません。また、確定的影響と違い、放射線量と重篤度は比例しません(図2)。

図2:確定的影響(上)と確率的影響(下)
(出典:日本原子力文化財団 WEBサイト「エネ百科」より抜粋、加工)

前述のとおり100mSv 以下の放射線被ばくは人体に影響がないと考えられています。医療で受ける放射線被ばく線量は、X 線単純撮影で約0.06mSv、CT 検査で5~30mSv 程度であり、放射線検査で人体に影響が出る可能性は極めて低いとされています。前述のとおり100mSv 以下の放射線被ばくは人体に影響がないと考えられています。医療で受ける放射線被ばく線量は、X 線単純撮影で約0.06mSv、CT 検査で5~30mSv 程度であり、放射線検査で人体に影響が出る可能性は極めて低いとされています。

放射線による影響は、被ばくした本人に影響が出る身体的影響と、本人の子孫に影響が出る遺伝的影響にも分けられます。身体的影響は、被ばくをして数週間以内に影響が出る急性障害と、数ヵ月から数年後に影響が出る晩発性障害に分けられます。遺伝的影響は、生殖腺に被ばくを受けた場合に子孫へ影響する可能性が生じるものであり、ショウジョウバエなどにおける生物実験でのみ確認され、原爆被害者2 世調査などでもヒトに対する影響は今のところ確認されていません。

国際放射線防護委員会の2007 年勧告(ICRP Pub.103)では、人体が受けた放射線量に応じた影響について発出されています(図3)。

図3:放射線を受けたときの人体への影響
(出典:日本原子力文化財団 WEBサイト「エネ百科」)

放射線防護の3原則

放射線に関する安全基準はICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づいており、放射線を利用する行為はもたらされる便益が放射線障害のリスクを上回る場合のみ認められ(行為の正当化)、伴う被ばくは経済的、社会的要因を考慮し合理的に達成できる限り低く保ち(防護の最適化)、個人が受ける被ばく線量はICRPが勧告する線量限度を超えてはならない(個人の線量限度)という原則が示されています。

なお、医療被ばくは、必要な検査や治療を受けられない場合が生じないよう線量限度を設けていませんが、前述したとおり、このたびの法改正により、診療用放射線の安全管理として線量限度を設けない代わりに、「正当化」および「防護の最適化」を適切に担保することが明確化されたのです。

おわりに

冒頭でも述べましたが、日本は世界でも有数の医療被ばく大国です。その背景には、国中どこでも放射線検査が受けられる体制が整っていることがあり、長寿国として医療水準の高さを表していると考えられます。一方で、2011 年の東日本大震災に伴う福島第一原発事故による放射線被ばくの情報錯乱から9 年が経ちましたが、医療現場ではまだまだ放射線検査への不安を持つ方が多く、残念ながら放射線に対する理解が進んだとは言えません。本稿で紹介した内容を理解することが、本当の意味での安全、安心な放射線検査になると考えます。このたびの法改正により、放射線検査を受ける方が放射線被ばくによる余計な不安を抱かなくなるよう願っています。

筆者紹介

医療法人社団 愛友会 上尾中央総合病院 放射線技術科係長

佐々木 健

2002年に城西医療技術専門学校を卒業し、上尾中央総合病院放射線技術科に入職。医療科学修士、X線CT認定技師、放射線管理士、放射線機器管理士など、多くの資格を持つ。日本診療放射線技師会や埼玉県診療放射線技師会、日本放射線公衆安全学会をはじめとする役員も務める。