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海底に眠るカキツバタ貝が形成する 海丘の正体を追う

熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター 准教授 理学博士 秋元 和實

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目次
  1. はじめに
  2. きっかけは、少年時代に見つけた貝の化石だった
  3. 世界的にも希少な八代海のカキ礁に挑む
  4. 日本は教育のソフト面の充実を

はじめに

はじめに

熊本県八代海の海底には、昔からドーム状の不思議な地形がいくつも広がっています。その正体は、浅海に棲息するカキツバタというカキが形成するカキ礁です。その海底を調査することで、どのような謎が解明されるのでしょうか。八代海のカキ礁研究をリードする、熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター 准教授の秋元和實氏に話を聞きました。

きっかけは、少年時代に見つけた貝の化石だった

― 現在、先生は海洋環境や海洋地質についての研究を専門とされていますが、こうした分野に興味を抱いたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

最初のきっかけとなったのは、小学6年生の時に遠足で行った多摩丘陵での化石採集ですね。その時は、貝の化石を見つけることができ、とても嬉しかったのを覚えています。これが、私にとって最初に自分の手で見つけた記念すべき化石となりました。それから漠然と地球科学に興味を抱くようになって、中学1 年生の時、新宿の小田急デパートで開催されていた「日本列島展」を見に行ったんです。そこでは1フロアすべてを使って当時の最先端と言える地球科学に関する展示がされていて、どのようにして日本列島ができたのかを、化石や岩石を通じて見せるという凝った内容でした。その内容に感銘を受けて、化石採集に関する本を購入したのですが、持ち合わせのお小遣いを使い切ってしまい4kmほどの帰り道のバス代を節約して歩いて帰りました(笑)。この展示会が、真剣に地球科学に取り組みたいと思った最初のきっかけですね。この経験が後に大学を選ぶ基準になりました。

秋元 和實

― 百貨店の展示会が見事に一人の少年の心を捉えたわけですね。

そうですね、それからその本を持って銚子や成田へ化石採集に通うようになりましたから。受験直前の中学3 年生の冬休みにも出かけるほど夢中で、高校時代も同様でした。なので、そのまま大学では当たり前のように地球科学を専攻することとなったのです。

大学入学当初の興味は大型化石だったのですが、その後、自分はあまり大型化石研究には向いていないと感じたのと、新潟大学でしたのでせっかく石油が採れる環境が身近にあるわけですから、どうせなら石油に関係の深い化石を扱いたいと考えて手掛けたのが、原生生物の一種である有孔虫の化石だったのです。そのまま石油資源開発などもテーマとして手掛けるようになり、東北大学の博士課程に進むと有孔虫の研究に本腰を入れることとなりました。当時の研究のスタイルに従い、毎日のように山歩きをしながら、化石の分布を学びましたね。フォッサマグナと呼ばれる地域は、ちょうどユーラシアプレートとフィリピン海プレート、北米プレートが交わるポイントに当たっていて、さらにもう少し東に行けば太平洋プレートともぶつかるという、地質学的に見ると世界的にも稀有な地域なんです。ですので、そこの地層から採取した有孔虫の化石を解析することで、過去のプレート境界の海底地形の移り変わりなんかも見えてきます。

そして、ここから現在の研究領域である海洋環境や海洋地質につながってくるわけです。現代、有孔虫が生息している海において、どれぐらいの水深にどの種類の有孔虫が居るのかという情報が得られれば、過去の状況も見えてくるはずです。また、過去の環境を示す化石を示相化石と呼びますが、以前は暖流系の深海堆積物で示相化石になるような分布図が存在していませんでした。そこで、現世の暖流系有孔虫の生息分布を追求しようとした結果、海洋地質学の世界に本腰を入れることとなったのです。

世界的にも希少な八代海のカキ礁に挑む

― 八代海海底のカキ礁の群生状況を把握するための研究とその成果は国内外で話題となり、NHK のさかなクンが出演する番組でも取り上げられましたが、この研究について簡単に紹介していただけますか。

昔から八代海の海底には、直径50m、高さ5mほどのマウンドと言われるドーム状の地形がいくつも広がっていました。それは、海上保安庁によって「謎の海丘群」と言われ、その海丘は実は浅海に棲んでいるカキツバタというカキが形成するカキ礁(カキの群生地)だということが分かりました。

しかし、この海丘群がどのようにできたのかは不明でした。これまでの音波探査データは、地下深部の断層調査を目的としていたため、海丘を含む海底直下の状態が見えなかったためです。このため、海底堆積物の上を、カキ礁が覆うようなイメージで捉えられていました。

大規模なドーム状のカキ礁は、世界的にも珍しいです。このため、いつできたのか、どのくらいの大きさなのか、どうしてドーム状になったのか、などが謎でした。これらの謎を解明するために、カキ礁の詳細な調査に取り掛かりました。まず、礁全体がカキで構成されているのかの目視を試みましたが、水深が30mを超えるため、ダイバーによる確認は諦め、ROV(遠隔操縦機)を潜航させてハイビジョンカメラで観察しました。すると麓から頂上まで、礁の表面はカキで覆われていることが分かりました。次に、パラメトリック地層探査機で、海底直下の地層を詳細に観察しました。すると、ドーム状のカキ礁の基底は、海底下の音響基盤(周辺より密度が高い地層)の上にあり、互いにつながって巨大な塊になっていることが分かりました。つまり、基盤が堆積した後、カキの群集が海底を広く覆い、堆積物の累重とともに上方に成長して生き残ったレリック1)であると考えられるようになりました。

カキツバタは暖海に棲息するので、音響基盤の形成年代は縄文海進終期の8,000 年前、巨大な塊が急激に小さくなって独立したドームになったのは弥生時代以降に泥の堆積がカキの成長を上回ったためと仮定しました。

NHKの「潜れ!さかなクン」では、熊本大学の調査船「ドルフィンスーパーチャレンジャー号」での調査が紹介されました。海底地形の調査や、地層やカキ礁内部から試料を採集して14C 年代を測定しました。これによって、カキ礁の始まりの年代や、小さくなった時の環境変化について、仮説が正しかったことが証明されると期待しています。

採集した試料からは1 万年前のカキツバタの破片が見つかっています。少なくとも、この時代に起源を持つレリックである可能性が高まりました。

八代海北部の大曽根の一部(ドームの密集)

図1:八代海北部の大曽根の一部(ドームの密集)

― 八代海のカキ礁の正体を追うことで、どのような成果が期待できるのでしょうか。

これは私自身も半分は「妄想」と言っているのですが、とても大きな期待があります。それは、もしも生きているカキ礁が日本では八代海にしか存在しないのだとしたら、あの海丘は国が天然記念物に指定しておかしくないほどの貴重なものであるはずだ、という期待です。日本で発見されているもう一つのカキ礁は千葉県館山市にあって、これは縄文海進で彼の地がまだ海だった頃に形成されたものなので、当然、今は死に絶えています。そこで問題になるのが、地理的に考えて当然あるべきの、伊勢湾や大阪湾をはじめとした、館山と八代海の間のどこかの海にも、生きているカキ礁があるのかどうかです。ただし、現在ではそれはわかっていません。それを調査して、他の海域には見つからなかったとなれば、先にも言ったように八代海のカキ礁は特別中の特別なものなのだと確信が持てるようになるでしょう。もっとも現状であっても、あれだけいつでもカキツバタの生態が観察できるカキ礁とい うのは世界的にも例がないのですが。

― そうした国内のさまざまな海域でカキ礁を発見するための調査も今後の先生の研究の一つとなりそうですね。

はい、これからはもっと他の場所も探さないといけないと考えています。どう考えても、館山と八代海の間に他のカキ礁が存在しないというのはおかしなことですからね。そうしてもしも新たなカキ礁を発見できたときに、先に述べた生きているのか死んでいるのかが非常に重要になっています。館山と八代海の間でも生きているカキ礁があってひっそりと棲息してきたのであれば、それはそれで大きな意味を持ってくるでしょう。そして既に死滅しているのだとしたら、八代海のカキ礁はまさに天然記念物級であると言えるわけです。ただし、八代海と同様にドーム状の海丘を前提に探していたら絶対に見つからないと見ています。それだけ八代海のあの形状は特殊過ぎるのです。なので、より一般的なフラット状のカキ礁を探すわけですが、これはこれで岩盤もフラットなので、その上に薄く存在しているのを見つけるのはとても難しくハードルは高いです。

― カキ礁の研究に当社のマルチビーム測深器や地層探査装置を採用いただいていますが、それぞれどのように使われているのでしょうか。

簡単に言うと、マルチビーム測深器は海底の地形を把握し、むき出しとなっているカキ礁を発見するのに用いており、地層探査装置は海底下でのカキ礁の状態を把握するために使っています。現在の海洋環境調査では、水質調査と地層調査の双方を行うのが一般的ですが、最もクリティカルに環境が変わるのは潮目の下で、そこには陸上から流れてきた有機物が集積しているため、大量の酸素が消費され低酸素状態となり、青潮などが発生しています。

ここを研究するには、地形を調べるとともに潮の流れを調べて、有機物の供給源が何で、どのように分布されているのか、それがどこからどうやって移動して溜まるのかなどについてトータルに把握しなければいけません。そこで、地形/地質調査用のソーナーや自律型/遠隔操作式水中ロボットが必要になって、今のシステムが出来上がったのです。

マルチビームで捉えた八代海の海丘(カキ礁)

図2:マルチビームで捉えた八代海の海丘(カキ礁)

図3:地層探査装置で捉えたカキ礁の断面図

図3:地層探査装置で捉えたカキ礁の断面図

日本は教育のソフト面の充実を

― これからも日本が科学立国であり続けるためには、どのような教育を行うべきだと考えますか。

まず私の専門領域について言えば、日本の研究レベルは高いほうに属すると見ていますが、残念なことが一つあって、海洋について真面目に教育している大学がほとんど存在しないんですね。今回の八代海のカキ礁にまつわる研究でも、化石の研究と原生生物の研究の両方を行うわけですが、お互いの垣根が結構高くて、それぞれの専門家が相手の領域についてよく知らないんです。それは「海洋」という広い括りできちんと教育が行われていないからだと考えています。

このことは、日本には高度な技術もあるし、やるとなれば徹底してやれる環境もあるのに、教育ソフトが充実していない現状を示していると言えるのではないでしょうか。ここを伸ばさなければ、日本が科学立国として将来も成果を上げ続けることは難しいと思いますね。

日本はモノをつくるところまではできるのですが、それをどう使うかというソフトの部分がまだ弱いと見ています。ここを克服できるかどうかというのは高等教育にかかる部分が大きいでしょう。しかし今はソフトを伸ばせるようなシステムが高等教育の世界にありませんので、そこに携わる私自身も含めて、もっと貢献していかねばならないと自らを戒めている次第です。

― 日本が誇る美しい海をフィールドに研究を続けられている先生だからこそ、さらに重みのある言葉ですね。ありがとうございました。

1) 遺存種。残存生物。過去に栄えていた生物が現在でも何らかの形で生き残っているもの。

著者紹介

秋元 和實

熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター 准教授 理学博士

秋元 和實

東北大学大学院理学研究科地学専攻博士課程後 期修了。
名古屋自由学院短期大学講師・准教授、熊本大学理学部講師、熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター助教授、同センター准教授を経て2017年から現職となる。海域環境への人為的影響を評価するために、地層の放射年代と微化石群集を基に、環境の歴史的変遷を解析している。