電気化学と腐食 概要と手法

1.はじめに


70年代後半から80年代初頭にかけて、腐食専門家により、電気化学(ECHEM)計測器を有益な問題解決手段として活用できることが発見され始めました。各メーカがより小型で使いやすい計測器の製造を開始すると、これらの計測器はさらに広く利用されるようになりました。ECHEM腐食測定のメリットを取り上げた書籍、論文、および記事の相次ぐ発表も、ECHEM計測器が腐食専門家にとって重要なツールになりつつあることを浮き彫りにしています。

このように急速に広まりつつある文献から、新たに腐食に取り組もうとする研究者たちは、多大な時間と労力を要する多くの腐食問題の解決にECHEM計測器が役立つことを学んでいます。また、物質選択のための高速スクリーニング、故障分析、阻害剤の評価や、さらに特殊な用途への活用手法が広く知られ、実践されるようになってきています。NACE (National Association of Corrosion Engineers: 米国腐食技術者協会)およびASTM (American Society for Testing Materials: 米国試験材料協会)がいくつかのECHEM腐食手法を常法として認めたことも、ECHEM手法に対する信頼性に拍車をかけ、評価を高めています。

残念ながら、文献のほとんどでは、基本的な電気化学理論が省略されているために読者が原資料を参照しなければならなかったり、理論が原文献と同じ複雑な数学用語で述べられています。これに対し、Princeton Applied Researchの『アプリケーションノート 腐食測定の基礎』のような文献もあります。

このアプリケーション・ノートでは、非電気化学者を対象に、どのECHEM手法がどのように作業に役立つかを簡単に分かりやすく説明しています。これを読めば、電気化学の研究者でなくても、研究室が抱える腐食問題にこれらの強力なツールがいかに効果的かが分かります。

具体的な腐食手法の説明に進む前に、腐食測定に利用されている電気化学と、それに関連する計測器の概要から始めましょう。
 

2.電気化学 – 活用の理由と方法


腐食は、実際には電気化学的な酸化反応と還元反応が関与する過程です。すなわち、腐食系の研究および測定に電気化学的手法を用いることができるということです。

具体的には、金属を特定の溶液に浸漬すると、その金属-溶液界面に特徴的な電気化学反応が金属表面で起こり、金属が腐食します。これらの反応により、金属-溶液界面で腐食電位または開回路電位(ボルト単位で測定)と呼ばれる電気化学的電位が生じます。腐食電位は、その系における特定の化学反応によって決まることから、金属-溶液系の特性であると言えます。

腐食電位の測定時には、実際的な観点で考えることが重要です。簡単に言うと、金属-溶液界面の腐食電位(ECORR)を直接測定することはできません。どの電圧測定装置でも、測定できるのは電位エネルギーの差異であり、ECORRと既知の参照系(EREF)との比較のみが可能なため、ECORRは間接的に測定するしかありません。図1に、ECORRを簡単に測定する方法を示します。参照電極を金属と同じ溶液中に浸漬した状態で、電位計(電圧測定装置)でECORRを記録できます。各測定で同じ種類の参照電極を使用すれば、任意の金属-溶液系でECORR対EREFの測定を常に再現できるはずです。


   図1: 金属-溶液系におけるECORRの測定

これまでに腐食作用の測定に使用されてきた参照電極は数種類のみです。近年は、多くの腐食専門家がSCE (Saturated Calomel Electrode: 飽和カロメル電極)という1種類の電極を使用しています。また、多様な種類の参照電極間の電位差に関する文書が数多くあることから(1)、別の種類の参照電極を使用してECORRを測定する場合も、測定結果をSCEに対する値に簡単に換算できます。

単純な系で起こる電気化学反応を通してECORRの重要性を理解しておくと役立ちます。ここでは分かりやすくするために、脱気硫酸中の鉄の腐食を例として取り上げます。図2に示すように、2つの反応が同時に起こります。

(1)たとえば、特定の金属-溶液系のECORRがSCEに対して-500mVで、SCEの電位が参照電極「X」の電位より400mV高いことが分かっている場合、このECORRは、Xに対して-100 mVと表されます。



図2: 無酸素の酸性溶液中における鉄の腐食の化学反応

一方の反応では、鉄が金属状態(Fe0)からイオン種(Fe2+)に酸化します。この反応で鉄が酸化されて+2状態になりますが、これは各鉄原子から2個の電子が放出されることを示します。

ただし、電子的中性を保つために、この自然発生系の別の種がこれらの電子を受け取る必要があります。酸性溶液中では、正電荷を持つ水素イオンがこの役割を果たすことができます。すなわち、鉄原子から放出された電子を溶液中の水素イオンが受け取り、水素の中性分子(H2)を形成します。

ECORRでは、酸化過程の速度が還元過程の速度とまったく等しいことを理解しておくことが重要です。すなわち、ECORRでは、系は電子的に中性であり、「平衡状態」にあると言えます。

電位と電流

ECHEM実験では、常に電位と電流が基本的変数となります。一見複雑に見える場合も、あらゆる腐食実験では、結局のところこれらの変数を測定/制御します。

電位は、金属と溶液の自然(すなわち電気化学)反応の産物と考えることができ、実験ではこのECORRを測定することになります。

また、外部ECHEM計測器によって金属に電位をかけることもできます。計測器を使用して電気エネルギーによって金属を自然腐食電位からずらすと、酸化反応または還元反応が起こります。この意味では、通常はECORRで保たれる電子的バランスを崩す駆動力として電位を捉えることができます。外部計測器により電極の電位をECORRからずらした状態を分極と呼びます。

金属表面で酸化反応または還元反応が優位となると、(金属から、または金属へ)電子が流れ、電流が生じます。電流は特定期間に流れる電子数を表す尺度であるため、電気化学反応速度と関連付けることができます。

腐食作用について、測定された電位または電流を酸化反応または還元反応に関連付けるための極性表記法があります。この表記法を図3に示します。ECORRより正側の電位は酸化反応を加速させます。酸化によって生じる電流をアノード電流と呼び、これは正極性として現れます。一方、ECORRより負側の電位は還元反応を加速させます。還元により生じる電流をカソード電流と呼び、これは負極性として現れます。

硫酸液中の鉄の反応では、酸化還元過程が分かりやすく示されます。この場合の開回路電位、すなわちECORRは、SCEに対して約-0.35Vです。SCEに対して0Vの電位がこの系にかかっている場合、酸化反応が優位となり、正(またはアノード)電流が測定されます(0Vが-0.35Vより正側にあることに注意してください)。

以下の式は、鉄試料に正電位を印加したときに起こる酸化過程を表しています。

   

鉄試料(Fe0)は硫酸溶液中で反応し、鉄イオン(Fe2+)と2個の自由電子(2e-)になります。試料に正電位を印加すると、この酸化反応が優位となります。

SCEに対して-0.70Vの電位をこの系にかけると、還元反応が優位となり、負(またはカソード)電流が測定されます(-0.70Vが-0.35Vより正側にないことに注意してください)。

以下の式は、鉄試料に負電位を印加したときに起こる還元過程を表しています。

   

酸性溶液中に存在する水素イオン(2H+)は自由電子(2e-)と反応し、水素ガスになります。試料に負電位を印加すると、この還元反応が優位となります。

 

電位と電流に関する上記の説明から分かるように、どの反応においても、還元電流iREDは還元過程によって生じる電子の流れに関係しています。同様に、酸化電流iOXは、酸化過程によって生じる電子の流れに関係しています。ECORRにおける電子的中性について別の見方をすると、腐食電位ではiRED = iOXとなります。これらの電流はそれぞれ逆方向に流れます。

   

金属試料を流れる電流を測定すると、値は0になります。これは、計測器で直接測定できるのがiTOTALのみだからです。

これは残念な制限です。ECORRでのiOXまたはiREDを直接測定できれば、酸化の自然発生速度(すなわち腐食速度)を簡単に突き止めることができるからです。

後で説明しますが、適切な計測器を介在させることにより、金属-溶液界面の電位をECORRからずらすことができます(これを分極と呼びます)。分極すると、試験試料で酸化反応または還元反応が起こります。体系的な方法で分極させ、それにより生じる電流を測定することにより、ECORRにおけるiOXまたはiREDの値を特定できます。一般に、この電流を腐食電流iCORRと呼びます。この電流は腐食速度に直接関係しています。また、試料に電位を印加することにより、不動態化、孔食、またはゆっくり進行するその他の過程を加速させることも可能です。


図3: 腐食の電位-電流曲線をプロットするための表記法
 

3.試験セルと計測器


図4は、一般的な電気化学的腐食測定に使用される試験セルです。試験セルには、金属試料(一般には作用電極と呼ばれる)と、試験対象の試料を浸漬する溶液が入っています。参照電極は、ブリッジ・チューブを介して溶液と接触します。このブリッジ・チューブは試験溶液で満たされており、参照電極を最適な位置に固定します。また、試験中に作用電極に電流を流すために対電極(場合によっては2個)が使用されます。


   図4: 一般的な電気化学的腐食試験セル

市販されている腐食セルは数種類あり、用途によって特殊な設計のセルが必要になる場合もあります。腐食セルには、ブレーカのように単純な構造のものを使用することも、オートクレーブのように複雑な構造のものを使用することもできます。

ECHEM腐食測定システムの中心にはポテンショスタットがあります。図5に示すように、ポテンショスタットは、主に以下の2つの機能を果たす「ブラック・ボックス」として考えることができます。

1.  参照電極と作用電極の電位差を制御します。すなわち、印加電位(EAPP)をかけます。

2.  作用電極と対電極間を流れる電流を測定します。
  これは、前のセクションで説明したiTOTALの測定です。


      図5: ポテンショスタットの動作

また、ポテンショスタットでは、データを分析するためにEAPPおよびiTOTALの値をコンピュータに転送できます。現代のポテンショスタットには、ECORRの測定機能もあります。
 

4.印加電位の掃印とデータの表示


多くの腐食試験では、測定電流と印加電位の関係を示すグラフを作成すると役立ちます。現代のポテンショスタットでは、この作業を簡単に行えます。作用電極への印加電位を初期電位から最終電位まで連続的に変化させるようにポテンショスタットをプログラムすることが可能です。このように印加電位を徐々に変化させることを掃印と呼び、電位を変化させる速度を掃印速度と呼びます。

図6に、一般的な掃印波形を示します。印加電位が時間とともに線形的に変化しています。一般的な掃印速度の範囲は0.1~10mV/秒です。


        図6: 一般的な掃印波形

ポテンショスタットによる掃印は2通りの方法でプログラムできます。すなわち、波形発生器(外付けまたは組み込み)からの掃印波形を受け入れることも、コンピュータで生成された波形を受け入れることもできます。

印加電位を変化させながら、継続的に電流を測定します。最も一般的なデータの表示方法は、印加電位と電流(場合によっては電流の対数)の関係のプロットです。

図7に、仮定に基づく単純な電位-電流曲線を示します。この種の曲線から、任意の印加電位値における電流(または任意の電流値における印加電位)を特定できます。

    図7: 仮定に基づく電位-電流曲線

データ・プロットが得られたら、そのデータを基に定性的解釈または計算を行うことができます。使用する掃印波形とデータ・プロットに応じて、たとえば不動態化現象の観察、試料の孔食傾向の特定、腐食速度の計算などを行えます。

非補償抵抗

現代の電気化学的セルの設計では、本質的に作用電極と参照電極との間に抵抗が存在します。これを補正しないままにすると、非補償抵抗(RU)によって印加電位に誤差が生じる可能性があります。

電気化学的セルは、作用電極と対電極(測定を行う電極)間で電流が流れるように設計されています。参照電極と呼ばれる3つ目の電極は、印加電位を検知するために作用電極の近くに挿入されます。検知された電位は、その出力を制御するために関連するポテンショスタットにフィードバックされます。

ただし、参照電極と作用電極をどんなに近づけて取り付けても、必ずこの2つの電極間には溶液抵抗が生じます。一般に溶液には大電流が流れるため、作用電極と参照電極間で大きな電圧(iR)降下が起こる可能性があります。

具体的には、試料表面の電位によって目的とする電気化学反応が引き起こされますが、その電位を測定する役割を担うのが参照電極です。ところが、RUにより、参照電極は試料の真の電位を検知できなくなります。代わりに、印加電位よりiR降下分だけ少ない値(EAPP – iR降下)が検知されるため、歪められた有効電位の測定値が制御側のポテンショスタットに伝送され、これが測定誤差の原因になります。

印加電位誤差EERRは、測定時における非補償抵抗を電流値に掛けることにより計算できます(これは、標準単位で表されたオームの法則(アンペア×オーム=ボルト)に従います)。一般に、この誤差をiR誤差またはiR降下と呼びます。

以下に、iR誤差の補償に使用される3つの手法について説明します。

1)掃印後の補正

実験の開始時にRUを測定してから掃印を行う場合、EERRの計算値を使用して、プロット上の各データ点における電位を調整できます。この手法には2つの欠点があります。1つは、掃印中にRUが変化し、これによってEERRの計算に誤差が生じる可能性があることです。もう1つは、測定後に補正を行うと、iR降下によって掃印中に印加電位が変化する可能性があることです。その結果、実際には目的とするEFINALまで掃印されなくなり、試験中に真の掃印速度が変わってしまう可能性があります。

2)正のフィードバック
この手法では、掃印前に、比較的面倒な「フィードバック」調整を制御側ポテンショスタットから行います。フィードバック・レベルを設定すると、ポテンショスタットにより、ポテンショスタットで測定される電流の制御下で出力(印加電位)が自動的に補正されます。このオンザフライ補正によりEFINAL値と掃印速度が補正されるため、前述の方法より改善されます。ただし、この補正によって誤差が完全に排除されるわけではありません。フィードバック・レベルは非補償抵抗の初期値に基づきますが、非補償抵抗は試験中に変化する可能性があるからです。

3)電流の遮断

腐食測定では、この方法がRU 問題に対する最善の解決策です。試験中、多くの測定点で試験を非常に短い時間(0.0002秒未満)中断します。そのたびにEERRの値が新たに特定され、EAPPの値が適切に補正されます。


 

5.電位制御による実験と電流制御による実験

多くの腐食測定では、作用電極の電位を掃印し、それによって生じる電流を測定します。これは、印加電位が連続的に変化することから、電位掃印と呼ばれます。後で説明しますが、電位を一定に保ち、その結果の電流を時間の関数としてプロットすると役立つ場合もあります。これを定電位実験と呼びます。

さらに、作業電極の電流を制御し、それによって生じる電位を測定することも可能です(また、このような方法が望ましい場合もあります)。制御側の計測器で電流を変化させて測定することを電流掃印と呼びます。

電流値を一定に保ち、電位-時間曲線を生成する場合は、定電流実験と呼びます。

このように電流を制御して測定を行うための計測器がガルバノスタットです。市販されている多くのポテンショスタットは、ガルバノスタットとしての機能も備えています。
 

6.一般的な腐食測定手法


6-1)ターフェル曲線

目的

この手法では、腐食速度の計算に使用する腐食電流(iCORR)を測定します。ターフェル曲線から、iCORRを直接求めることができます。または、この曲線からターフェル定数βAおよびβCを求め、このターフェル定数とRP値からiCORRを計算することができます(「分極抵抗」を参照)。

実験手順

ECORRから、ECORRに対して-250mV (カソード・ターフェル曲線の場合) (図9を参照)またはECORRに対して+250mV (アノード・ターフェル曲線の場合)まで掃印することにより、ターフェル曲線を生成できます。
また、ECORRに対して-250mVから、ECORRに対して+250mVまで連続的に掃印して、1回の掃印で両方のターフェル曲線を得ることも可能です。この場合、負側の掃印によって試料表面が変化し、正側の掃印時には試料の特性が変わってしまっているおそれがあります。

一般的な掃印速度は0.1mV/秒です。この手法により、印加電位と測定電流の対数の関係を示すプロットが得られます。

データの解釈

iCORRを求める1つの方法として、アノード曲線またはカソード曲線の線形部に直線を重ね合わせ、この直線をECORRまで外挿します。理想条件下では、ターフェル曲線は一定の電位範囲にわたって線形になります。これは、カソード・ターフェル曲線ではECORRに対して-50~-250mVの範囲に該当し、アノード・ターフェル曲線ではECORRに対して-50~+250 mVの範囲に該当します。ベストフィットな直線をECORRまで外挿し、ECORRと交差した点の電流値がiCORRです。

1つのプロットにアノードおよびカソードの両方のターフェル領域が含まれている場合、2本の直線を外挿すると、ECORRで交差します(図10を参照)。このようなプロットが得られない場合は、アノード反応またはカソード反応が、この手法の基となっている単純なモデルに適合していません。より複雑なその他のメカニズムがいずれかの反応に影響を与えている可能性があります。その場合は、最も線形的なターフェル曲線を使用してiCORRを求めることができます。


       図9: 一般的なカソード・ターフェル曲線
 


   図10: アノードおよびカソード・ターフェル曲線を組み合わせたもの


ターフェル・データに一致する直線の勾配をターフェル定数(β)と呼びます。アノード・ターフェル係数(βA)はアノード曲線の線形領域から、またカソード・ターフェル定数(βC)はカソード曲線の線形領域から求めます。

iCORRを特定したら、式に当てはめて腐食速度を計算できます(「分極抵抗」セクションの式(3)を参照)。

以下の3つの条件に従うことにより、最も正確なiCORR測定値を得ることができます。

1.  βA、βC、およびRPの値を別々の測定によって求める(「6-2)分極抵抗」を参照)

2.  測定ごとに新しい試料と溶液を使用する

3.  「6-2)分極抵抗」セクションに示す式を使用する
 

6-2)分極抵抗

目的

この手法では、分極抵抗(RP)を測定します。分極抵抗は、外部電位を印加したときの試料の酸化に対する抵抗として定義されています。腐食速度はRPに直接関係しているため、RP値から計算することができます。

実験手順

分極抵抗実験では、ECORR (開回路電位)から±20mVの範囲を掃印してデータを取得します。一般には、ECORRに対して-20mVから、ECORRに対して+20mVまでの電位範囲を掃印します。一般的な掃印速度は0.1mV/秒です。この曲線には、印加電位と測定電流の関係をプロットします。

データの解釈

RPの測定は、腐食速度の計算に最も役立ちます。RPの基本理論に関する以下の概要では、これをどのように行うかについて説明します。

RPは、プロットの線形領域の勾配を計算することにより求めます(図11を参照)。この勾配は抵抗の単位を持つことから、分極抵抗と呼ばれます。
 


         図11: 一般的な分極抵抗曲線


腐食速度を計算するには、最初に腐食電流(iCORR)を特定する必要があります。分極抵抗曲線から腐食電流を求めるには、ターフェル定数(曲線のアノードおよびカソードの線形領域の勾配)も必要です。ターフェル定数は、作成したターフェル曲線から測定することも、既知の値または推定値を使用することもできます。以下の式は、RP値、ターフェル定数、および腐食電流の関係を表しています。

   

       ΔE/Δi = RP = 線形領域の勾配
       ΔEの単位はボルト(V)です。
       Δiの単位はマイクロアンペア(μA)です。
       βA = アノード・ターフェル定数(単位は、電流10倍ごとのボルト数)
       βC = カソード・ターフェル定数(単位は、電流10倍ごとのボルト数)
       2.3 = 10の自然対数
       iCORR = 腐食電流(μA)
       (式(1)の導出については、PARの『アプリケーションノート腐食測定の基礎』を参照)

式(1)より、腐食電流の計算に必要な式を導き出すことができます。

   

iCORRを求めたら、以下の式から腐食速度(ミリインチ/年)を計算できます。

   

       E.W. = 当量(g/eq.)
       A = 面積(cm2)
       d = 密度(g/cm3)
       0.13 = メートルおよび時間の換算係数

RP値は、腐食電流や腐食速度などの定量的情報を与えるだけでなく、物質の腐食に対する相対的な抵抗能力の評価にも役立ちます。分極抵抗は腐食電流に反比例するため、多数の物質をそのRP値に基づいて簡単にランク付けできます。すべての試料の表面積が等しいと仮定すると、RPが最も高い(すなわち腐食電流が最も低い)物質は、その腐食抵抗が(他の物質に比べて)最も高くなります。

分極抵抗曲線がターフェル曲線より優れている点が2つあります。1つは、RPの測定時間の方が大幅に短いこと、もう1つは、RP手法の方が試料にかかる電圧が低いため、試料表面が大きく変化することがないことです。

6-3)アノード分極

目的

この手法では、特定の金属-溶液系の活性態/不動態特性を特定します。

実験手順

アノード分極手法では、通常はECORR (開回路電位)から正の方向に、一般には試験溶液の酸化に十分な正の電位まで電位を掃印します。一般的な掃印速度は0.1~5mV/秒です。一般に、掃印速度が低いほど、信頼性の高いデータが得られます。このグラフには、印加電位と測定電流の対数の関係をプロットします。

データの解釈

多くの場合、一連の試料に対して電位掃印を行い、相対的差異を観察します。以下に、電位曲線の最も有益な機能について説明します。

全体的な形状: 曲線の全体的な形状は、試験溶液中の試料の腐食挙動を示します。この形状から、試料が試験溶液中で不動態化するかどうかを素早く判断できます。また、不動態化が自然に起こるのか、不動態化を引き起こすために分極が必要なのかが簡単に分かります。さらに、金属-溶液系が不動態から活性態への挙動変化を自然に引き起こすことができるかどうかを特定できます(詳細については、PARの『アプリケーションノート 腐食測定の基礎』を参照)。

Eおよびiの臨界値: 電位曲線の臨界点における電位と電流の値から、試料の不動態化傾向について多くの情報が得られます。図12の曲線に示す、ピーク状の活性態から不動態への遷移について考えてみましょう。この曲線のピークにおける臨界アノード電流の低さは、試料がどの程度素早く不動態化するかを示します。また、一次不動態化電位がどの程度ECORRに近いかは、不動態化傾向を示します。


    図12: 一般的なアノード分極曲線

不動態域の電流と過不動態域の電位: 不動態域の電流と過不動態域の電位を観察することにより、不動態化の度合いと不動態化膜の安定性を評価することができます。不動態域の電流が低いほど、不動態化の度合いが高いことを示します。また、過不動態域の電位が正側にあるほど、不動態化膜の安定性が高いことを示します。

初期電位を変更することにより、電位曲線のデータを基にカソード・ターフェル曲線および分極抵抗曲線を作成することができます。その後、この曲線の適切な部分を使用して、ターフェル実験および分極抵抗実験と同じ計算を行うことができます。これを図13に示します。

6-4)周期分極

目的

この手法では、特定の金属-溶液系における試料の孔食傾向を測定します。

実験手順

孔食実験では、ECORR (開回路電位)から正(アノード)の方向に、電流が大きく上昇するまで連続的に電位を掃印します。ユーザがプログラムした電流密度値まで掃印したら折り返し、負(カソード)の方向に掃印を開始します。一般的なしきい電流密度は1mA/cm2です。掃印の最終電位は、一次掃印で特定したEPRO (「データの解釈」を参照)より負側でなければなりません。結果のグラフには、印加電位と測定電流の対数の関係をプロットします。

図13: カソード・ターフェル領域を含む一般的なアノード分極曲線
 

データの解釈

図14に示すように、電流が急上昇する電位は孔食電位(EPIT)として定義されます。順方向の掃印で孔食が起こる場合、逆方向の掃印はヒステリシス・ループをたどります。逆方向の掃印によりループが閉じた位置の電位が防食(または再不動態化)電位(EPRO)です。ループが閉じない場合は、逆方向の掃印を電流0まで外挿することによりEPROを推定できます。

     図14: 一般的な周期分極曲線
 

孔食電位と防食電位が同じ場合、孔食傾向はほとんどありません。防食電位が孔食電位より正(アノード)側にある場合、孔食傾向はありません。

防食電位が孔食電位より負側にある場合は、孔食が起こる可能性があります。一般に、逆方向の掃印の電流レベルは、順方向の掃印より高くなります。孔食ループのサイズは、孔食傾向をおおまかに表し、ループが大きいほど孔食傾向は高くなります。

孔食実験を使用して、孔食腐食だけでなく隙間腐食を予測することもできます。一般に、防食電位は、孔食腐食も隙間腐食も起こらない電位の上限値です。また、孔食電位は、孔食腐食と隙間腐食の両方が起こる電位の下限値です。

孔食電位と防食電位の間の電位では、孔食腐食または隙間腐食が進行しますが、新しい孔食は現れません。そのため、再現性のある孔食研究を行うには、隙間または「遮蔽」領域のある試料を用いないように注意する必要があります。

一方、隙間腐食に関する情報が必要な場合は、人工的に隙間を作ることができます。これらの測定が定性的な性質を持つことに注意してください。「孔食速度」に関する定量的データは得られません。

お分かりのように、孔食実験の解釈は単純ではなく、EPROおよびEPITの測定に最適な手順が議論されてきました。PARで使用されているコンピュータ・ベースの装置は、前述の周期分極実験用にプログラムされています。防食電位を特定するためのその他の手法も提唱されています。これには、電位ステップ階段状動電流実験、試料の活性態化に続く電位ステップおよび孔食伝播速度(PPR)実験などがあります。これらの手法に関心がある場合、詳細については文献を参照してください。

6-5)定電位

目的

この手法では、金属と溶液の界面に一定の電位を印加し、その電気化学的挙動を時間の関数として測定します。定電位実験により、溶液中に溶解している物質の拡散係数の特定、不動態化または再不動態化の電位および速度の測定、アノード防食法およびカソード防食法の評価を行えます。これ以外にも、腐食メカニズム研究への多くの応用例が文献で報告されています。

実験手順

定電位掃印は、プログラムされた初期電位から開始し、所定の初期遅延後に、プログラムされた最終電位までステップ状に電位を変化させます。また、最終的な印加電位を所定の期間にわたって維持します。印加電位により流れる電流を時間の関数としてプロットします。

また、測定電流または電流密度が既定のしきい値を超えるように、初期電位から最終電位まで電位をステップ状に変化させるように計測器をプログラムすることもできます。データは、電流または電流密度を時間の関数としてプロットします。

データの解釈

定電位曲線は、初期電位および最終電位における物質の物理的特性や化学的挙動に応じて、多様な解釈を行えます。

図15に示すデータはその一例です。防食(カソード)電位から不動態化(アノード)電位まで電位をステップ状に変化させた場合、安定した低電流値が得られるまでの時間は、その実験条件下での不動態化速度に直接関係します。

 

   図15: 不動態化を示す一般的な定電位曲線

図16は、別の種類の定電位実験です。このプロットは、初期電位により孔食腐食を引き起こし、最終電位により初期孔食の再不動態化を生じさせる実験を表しています。最終電位を体系的に変化させる一連の実験では、再不動態化を起こした電位と起こさなかった電位を分離することで、再不動態化電位を正確に測定します。


図16: 孔食の再不動態化を示す、仮定に基づく定電位曲線
 

6-6)定電流

目的

この手法では、金属と溶液の界面に一定の電流を印加し、その電気化学的挙動を時間の関数として測定します。

定電流実験により、不動態化速度の測定、カソード防食法またはアノード防食法の評価、不動態化膜や電気めっき層の厚さの測定を行えます。これ以外にも、腐食メカニズム研究への定電流手法の多くの応用例が文献で報告されています。

実験手順

定電流手法では、一般に、所定の初期遅延後に印加電流または電流密度を初期値から最終値へとステップ状に変化させます。また、最終電流を所定の期間にわたって維持します。この過程の間、試料の電位を連続的に監視します。
または、試料の電位があらかじめプログラムされた値に達する最終電位まで、ステップ状に電流を変化させます。その結果、電位と時間の関係を示すプロットが得られます。

データの解釈

定電流曲線は、初期電流レベルおよび最終電流レベルにおける試料の物理的挙動や化学的挙動に応じて、多様な解釈が可能です。
たとえば、図17に示すデータが所定のステップ時間でのアノード電流レベルからカソード電流レベルへのステップ状変化を表している場合、以下の仮説を立てることができます。

1.  初期状態では、金属は不動態化されていなかった

2.  アノード電流を印加することで不動態化膜が形成された

3.  カソード電流へのステップ状変化により不動態化膜が破壊された


図17: カソードでの不動態化膜の破壊を示す、仮定に基づく定電流曲線

この仮定は、新しい(不動態化されていない)試料を前の実験と同じカソード電流密度下に置くことにより確認できます。図17の最後のステップで観察されたものと同様の電位が観察されれば、この仮説は正しいことになります。

6-7)ガルバノダイナミック (電流掃引)

目的

制御電流手法が有益な場合、電流掃引手法により腐食速度を測定し、試料の一般的な腐食挙動を明らかにすることができます。電流掃印は、それに対応する制御電位手法(分極抵抗、ターフェル曲線、電位掃引、および周期分極掃印)の代わりに使用できます。電流掃引手法は、急変化するECORRのドリフトが長期間にわたって生じる系に適しています。

実験手順

周期的な電流掃印をプログラムするには、初期電流、頂点電流、および最終電流を指定します。開回路電位(ECORR)から掃印を開始する場合は、初期電流を0に指定します。

頂点を電流またはしきい電位値のいずれかに指定して、周期電流掃印を行うこともできます。

データの解釈

電流掃印では、対応する電位掃引手法のものと同様のデータ・プロットが得られます。データの解釈については、制御電位手法の説明を参照してください。

6-8)再活性化

目的

再活性化実験では、熱処理によるステンレス鋼の鋭敏化の度合いを特定します。この鋭敏化は、炭化クロムの形成により粒界構造中にクロム欠乏域が生じることにより起こります。

実験手順

再活性化実験では、SCEに対して+200mVから負の方向に、ECORR (開回路電位)より50mV低い電位まで電位を掃印します。

掃印を開始する前に、参照電極に対して+200mVの電位を2分間維持して試料を不動態化させる必要があります。掃印速度は1.66mV/秒にプログラムし、0.5MのH2SO4 + 0.01MのKSCNの電解液を使用してください。印加電位を測定電流の対数に対してプロットします。

データの解釈

再活性化手法では、特有のデータ解釈方法を使用します。初期電位からECORRまで電流を積分し、電荷(Q)をクーロン単位で求めます(図18を参照)。また、ASTM E112規格「Standard Method for Estimating the Average Grain Size of Metals (金属の平均結晶粒度判定のための標準試験方法)」に従って、粒界面積(GBA)を測定する必要があります。

これらの電荷とGBAを使用して、以下の式から粒界面積あたりの正規化電荷(Pa)を計算できます。

   

非鋭敏化金属の一般的な許容基準は、Pa が2.0クーロン/cm2です。Pa値がこれより高い場合、許容できない程度にまで鋭敏化が起こっていることを示します。必要に応じて、Paと、使用中に観察された故障を関連付けることにより、追加の許容基準を独自に決定することもできます。
 


            図18: 一般的な再活性化曲線
 

7.用語集

電気化学的腐食手法でよく使用される用語の定義を以下に示します。

ブリッジ・チューブ – 試験溶液へのイオン伝導路を確保しながら、電解液の大部分から電極を物理的に分離するための化学的試験セルの要素。

腐食電流 – それぞれ独立して起こる酸化反応または還元反応の結果として生じる、開回路電位(ECORR)における電流。iCORRで表されます。腐食速度の関係は以下の式で表されます。

   

     MPY = ミリインチ/年
     0.13 = メートルおよび時間の換算係数

     E.W. = 種の当量

     d = 種の密度

     A = 試料の表面積

腐食電位 – 開回路(電流0)において試料が帯びる平衡電位。ECORRで表されます。

腐食速度 – 均一酸化による試料の消費速度の計算値。ミリインチ/年またはミリメートル/年の単位で表されます。

対電極 – 電流測定を可能にするために電荷のソース(放出体)またはシンク(受容体)として機能する不活性導電性電極。

電解液 – 電気化学的測定において媒体として使用されるイオン伝導液。腐食実験によって、腐食環境自体が電解液である場合と、溶液によって腐食環境をシミュレートする場合(大気腐食など)があります。

孔食掃印 – 試料の電位を周期的に掃印しながら電位と電流の対数の関係を記録する実験。結果のプロットから、試料の孔食傾向に関する定性的情報とおおまかな定量的情報が得られます。

分極抵抗 – 1. 試料の電位をECORRより10~20mV低い電位から、ECORRより10~20mV高い電位まで掃印しながら、電位と電流の関係を記録する実験。これによって得られる曲線を基に、腐食速度を求めることができます。線形分極とも呼びます。2. オーム単位で与えられる、分極抵抗曲線の勾配。Rpで表されます。分極抵抗と腐食電流(iCORR)の関係は以下の式で表されます。

   

       βAおよびβC = アノード・ターフェル定数およびカソード・ターフェル定数

iCORRと腐食速度の関係については、「腐食電流」を参照してください。

アノード分極掃印 – 電位を正の方向にゆっくり掃印しながら、電位と電流の対数の関係を記録する実験。これによって得られるデータは、一般的な腐食および不動態化挙動の評価に役立ちます。

ポテンショスタット – 試料に制御電位を印加しながら試料の電流を測定する電子計測器。現代のポテンショスタットには、ガルバノスタットとしても機能する、制御電流を印加可能なものもあります。

参照電極 – 電気化学的半電池。多くの場合は飽和カロメル系です。安定電位を供給し、試料への印加電位に対する基準となります。

ターフェル定数 – アノードまたはカソード・ターフェル曲線の線形部の勾配(単位は、電流10倍あたりのボルト数)。βAまたはATC (アノード・ターフェル定数)、βCまたはCTC (カソード・ターフェル定数)で表されます。

ターフェル曲線 – 試料を開回路電位(ECORR)から、ECORRに対して±250mVの値まで掃印しながら、電位と電流の対数の関係を記録する実験。これによって得られる曲線からターフェル係数を求め、腐食速度の計算に使用することができます。

非補償抵抗 – 試料と試験セル中の参照電極間の電気抵抗。計測器により補償が行われない場合、iR誤差が生じます。

頂点電位 – 周期動電位掃印の「折り返し」電位。

作用電極 – 試料を表す電気化学用語。